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第四章 後宮には危険が一杯!
4.虫愛でる姫のお土産
しおりを挟むとにかく、今の帝が、女っ気がないというのは、各人の証言でよく解った。
だとすると、やっぱり、今の状況は、珍しいことで―――女官さんたちも、浮ついているのだと思う。(私にはちっとも有り難くないけれど!)
そんな空気をまるで察せずに、二条の姫さまがのんびりと寛いでおられるのが、私には有り難い。ここで、この姫さまと敵になっても嫌だしね。
「あ、そうだわ! 入内はともかく、私、主上にお渡ししようと思って、持ってきたものがあるのだけれど……大丈夫かしら」
唐突に、姫さまは思い出したらしい。
控えていた女房に、お渡しする品を出させて、私たちにも見せてくれた。それは、小さな桐の小箱で、飾り気も何もなくて、シンプルなものだった。たしかに、この女っ気のない主上ならば、いっそ、こういうシンプルな品を好まれるかも知れないけれど。
―――――シャク、シャク、シャク、シャク……
と、音がするのが、何だか、怖い。
「なにか音がするようだが、アンタそれはなんだ?」
「あ、これですか?」
と姫さまは小箱の蓋を開いた。
蓋の中にあったのは……青々とした桑の葉。そこに居たのは、元気に桑の葉を食べる、五匹の蚕だった。真っ白い蚕が、うねうね、と。あるいは、もにょもにょと。
「ぎゃあーっ!」
この世のものは思えない声を上げたのは、勘解由さんだ。
「アンタ、なんで、そんなものっ!」
「あらー? 勘解由さんは、蚕がお嫌いでした? 芋虫の方が良かったかしら、ねえ、山吹」
いや、そーいう問題じゃないと思います。
「この子達は、とっても大人しいし、噛んだりもしない上に、手箱の中でも飼えるから、とても良いんですよ?」
まあ、蚕は、吠えたりしないよね。
勘解由さんは、畳も敷いていない御簾近くまで下がってしまって、遠い。顔も引きつって、青ざめている。口をぱくぱくさせて、何か言おうとしているみたいだけど……と、察した。私に、なんとかしろと言っているのだ。仕方がないなあ。
「姫さま、折角の蚕ですけど、長々と生きるものではないから、死んでしまったときに主上が悲しまれるのでは? だったら、お渡しするのは控えておいた方が良いかも知れませんよ」
とりあえず、帝が虫をお好みとも思えないので、私はフォローをすると、勘解由さんは、私の意見に、首がもげるんじゃないかという勢いで、首を縦に振り続けた。
「それも、そうかも知れないわね。うん、じゃあ、これは兄君に差し上げましょ」
姫さまは、小箱を閉めて、千種に渡す。
とはいえ、あの関白殿下が、虫好きとも思えないけどなあ。だって、スイーツ男子だよ?
「千種さん、関白殿下って、虫はお好きなの?」
「ええ、それはもう、イイ反応をなさいますよ?」
千種さんは、キラキラした笑顔で言うので、ああ、これは、かなり苦手なのか、と理解した。
どうも、この宮中で、あの関白殿下は、いじられキャラらしい。
「ああ……。この間なんか、清涼殿の廊下の下に狐の親子が現れてな……」
勘解由さんが、なんとか気を取り直して近づきながら言う。
「狐……」
「それで、帝が、関白に狐退治をお命じになったのだが……あの関白、きゃーきゃー女子のように逃げ回って……。全く、下男にでも命じりゃ良いものを」
「それで、狐はどうなったんです?」
清涼殿の廊下の下で、親子仲良く暮らしていたら、結構ほのぼのするなあ。と私の暢気な言葉をかき消すように、勘解由さんは、優美な手を指先までピンと反らして、スッと首の前で横に動かした。
それは、まるで、刀で切りつけたような……。
まさか、ね。
「―――結局、主上は、自ら大刀を抜いて狐の親子もろともに一太刀で切り伏せられた」
「ほ、本当ですか?」
帝なのに、刀を扱えるんだ、とか。宮中で、動物とはいえ殺生をするんだ、とか。いろんな言葉が頭の中にわき上がっては、消えていく。
でも、一番驚いたのは、あの帝が、そういう、凶暴な……一面を持っていると言うことだ。
「あの方は、相手が盗賊だとしても、躊躇なくやるよ」
勘解由さんは、吐き捨てるように言う。
「山吹、やっぱり、帝は、怖い方ね……」
こころなし、姫さまの声が震えている。並の姫なら、こんな話聞いたら、卒倒するわよ!
「だーから、あんたらは気をつけな。二条の姫さんは、関白の妹だし。そっちは、帝の『お気に入り』だしな」
ぞっとした。
なんか、これ、危険地帯に足を踏み入れたんじゃないか? 私。
脂汗が滲んで、化粧がはげたら困るな、とちぐはぐなことを考え始めた時、廊下を駆ける音が近づいてきた。
「なんだい、まったく、廊下は走るなって言ってるのに……、おーい、そこで走ってるヤツ、何事だい!」
勘解由さんが舌打ちしながら言うと、廊下を駆けていた女房が近づいてきた。凄い、息一つ乱れてないぞ、この人!
流石に宮中の女房さんなので、女房装束フルセットで走り回っても、息一つ乱れないのは、おそらく、ひごろから、この職場がこうなんだろうと推測できる。
それって、凄い大変な職場だわね。
「大変でございます、勘解由さま! この先、穢れがありまして、本日の清涼殿への登殿は適いません!」
なんですと?
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