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第五章 後宮からの逃走

22.『史実』と随分違う『事実』

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 私は、緊張して、嵯峨野の太閤殿下の言葉を待った。

 これは、おそらく、本当に、秘中の秘なんだろうと思う。

 私が、鬼の君を逃がしたように……。

「……良いでしょう、お話ししますよ。
 実は、瞶子が婚約していたあの東宮は……、他に好きな女が居たのです」

 あ、なんだ、意外にたいした事ない話で良かった~と私が胸をなで下ろしていると、嵯峨野の太閤殿下は、そのまま、続けた。

「相手は、威萬いま内親王―――あの東宮とは、つまり、同母の兄妹でした。実は、この二人が恋仲になって仕舞ったので、なんとか早いうちに、二人を引き離そうとした朱鳥帝が、勅諚で瞶子と東宮を娶せることにしたのです」

 まさかの……、同母兄妹の禁断の恋とは……。

「けれど、二人は結局離れることが出来ず、瞶子の入内が迫ったある日、東宮と威萬内親王は、共に死ぬことを決め、東宮が威萬内親王の喉をカッ切ったところで、なんとか、東宮だけはお救いすることが出来たのです」

 あまりにも壮絶な話に、私は、冷や汗が止まらなかった。

 だって、私の知ってる『史実』と随分違う『事実』なんですもの!

 東宮殿下は、嵯峨野の太閤殿下がシスコン故に『なんか気に入らない』と島流し。威萬内親王と言う方は、それから随分あとになくなった方だったと思ってた。

「山科の姫。あなたが、信じられないという顔をするのも、仕方のないことだ。
 だが、この『現実』を――――我々は、民の前に公にすることが出来ようか。東宮は、実の妹を劣情の上に殺したと誹られることだろう。それならば、この件に関しては、全くうやむやにした方が良い……と、私と、朱鳥帝が計ったのです。
 朱鳥帝としても、弟と妹の『醜聞』が広まることは、望んでおられなかっただろうから」

「それで……、あなたが、酷いシスコンで、妹の婚約者が気に入らないと、因縁を付けたって話に?」

「そうそう。元から、私のシスコンは有名だったしねぇ。それに、ついでに、怪しまれないように政敵を何人か蹴落として」

 くすくすと、愉快そうに嵯峨野の太閤は笑う。

「もう一つついでに言うと、怪しまれないように、『お兄様厳選』のお見合いも、何人か用意したんだよ。それで、瞶子に実際逢わせて……」

「でも、中宮におなりになったのでしょう?」

「そう。瞶子が自発的に中宮に成るように、仕向けたんだよ。―――その為に、あの見合い相手は、正直、バカばかりを集めて置いたし、見合い相手も大体、闇に葬るか、出仕できないようにまではしたかなあ。
 そうしないと、私が『見境無いシスコン』って思われないからねぇ」

 お、怖ろしい……。

「それで、瞶子さまは……中宮に……」

「そ。私が、手出しできないのは、この日本の中で、瞶子と帝だけだからね」

 えーと、流石のシスコンというより、なんか、ここまでするのか! という……。

 皇室の為、ご自分に、不名誉な名を負って……。そして、『真実』を、丁寧に歴史の闇の中に葬ってしまったのだ。

「それで、島流しになった、元東宮様は?」

「どこの島だったかな……忘れたけど、つい最近まで生きておいでだったよ。配流地で、奥方も二人迎えて、子供も出来たと言うしね。孫まで居るのかな」

 なんだ、アフターケアもバッチリだったのか。流石だな。

「そういう事情で、後宮の主になったから、瞶子には敵は居なかった。元々、女御だの更衣だのが数多さぶらってたけど、みんな、なにかしたら、私に族滅されると本気で思っていたらしいからね。
 それでも心配だったから、早苗を無理に妻にして、子供を産ませたんだよ。乳母にするなら、早苗は、裏切らない。
 流石に、早苗にも悪いことをしたとは思ったからさ、うちの二条関白家は、早苗の子供を嫡男にしたんだし」

 それが、今の関白殿下のお父上様なのか……。

 そうか、なんとなく、ここに早蕨が居なくて良かったと思ったわ。なんか、早蕨、純粋に、嵯峨野の太閤殿下と伝説のスーパー乳母『二条のお乳の人』早苗様は、恋愛関係だと思っていただろうし。

 こんなウラなんか、知らない方が良い。私だって、今すぐ、記憶から抹消したいわよ。

「だから……、肝試し、怒ったんですね? 嵯峨野の太閤さま」

 小鬼が聞く。

「あの内親王の霊から、この『事実』を掘り起こされるのは、まずかったのでね。何の為に、ここまで大芝居を打ったのか、解らなくなるだろう?
 だから、君らには、地味な拷問を試してみたよ」

 さらっと、拷問って言いましたよね? 童相手に何してるんだ!

「私はね、天下無双のシスコンだけど、実のところ私の主上が一番なんだよ」

 ふふ、と嵯峨野の太閤は笑った。

「朱鳥帝ですか?」

「そう。……あの、美しく、神々しく、冷酷な方に魅入られて生涯を捧げたんだ。私の一生は、悔いはない。一つだけ悔いがあるとしたら、あの方がお隠れ遊ばした時、お供できなかったことだ」

 殉死を願うほど、敬愛していた帝なのか……と、私は驚いて、一瞬、呼吸を忘れてしまった。

「何で、後追いしなかったのよ、アンタ」

「あの方から、あなたを託されたからですよ。あなたは、あの当時、何者かに命を狙われていた。だから、そんな女房装束を纏った姿でお過ごしになって居る―――まだ、時折刺客が来るのは解っていますよ。
 当家からも、何人か、こちらに人を遣っていますからね」

「ちょっと、聞いてないわよ!」

「ええ、言ってません。……あの方の願いでなかったら、なんで、私の可愛い高紀子を、あなたなんかに……」

「そう、それで、今度は、こっちの話に戻るわよ。
 十年前、高紀子になにがあったの? そろそろ、早良を出しなさい」

 鷹峯院は、びしっと嵯峨野の太閤に檜扇の先を突きつけた。





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