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第六章 大ピンチ! 呪いも運命も蹴散らして
4.ここはどこ?
しおりを挟む気がついた時、私は甘ったるい芥子の香りに包まれていた。
遠くの方から、読経の声が聞こえる。
……寺?
辺りを見回してみれば、真っ暗でよく見えなかったけれど、私は、衾の上に寝かされていた状態らしい。
あの後―――主上から眠り薬をかがされた(と思われる)あと、ここに連れ込まれたと言うことだろう。
ここがどういう場所か解らないけれど、はっきりと読経の声が聞こえると言うことは、塗籠(四方を壁で囲んだ部屋)では無いことは確かだった。
目が慣れるのを待つ。耳を澄まして音を探る。
読経……は一糸乱れていない。おそらく、朝の勤行を行っているのだろうと想像出来た。
夜明け前、という刻限だろう。
私は、自分の装束を触って確かめる。とりあえず、乱れたところはないので、最悪な事態には、なっていないだろう。
とにかく、状況が解るまでは、ここで、落ち着いていた方が良いかもしれない……けど、タイムリミットはあと三日!
三日経ったら、私は呪いで死ぬ。これは、もう間違いない。
最悪、主上に入内する……か?
それは、ちょっとイヤだな……。死ぬのもイヤだけど、呪いを盾に入内を迫ったり、登華殿の女御様に対する酷い仕打ちであったり、ましてや、鬼の君を貶めた主上になんて、絶対にお仕えしたくないわね。
よし、最悪は、死のう!
とりあえず、覚悟が決まったところで、三日間、どう足掻くかだ。
あの主上が、わざわざ、この寺に私を運び込んだのだったら、きっと、この寺に何らかしらの秘密なりヒントなりがあるはずなのだ。
意気込んだ私の耳に、きい、と軋んだ音が聞こえた。
近づいて来る。足音だ。
「お目覚めですか、姫君」
年若い声が聞こえたので、私は、答える。
「女房がおりませぬゆえ、私が直接お返事申し上げますけれど……、ここはどこなのです?」
「済みません、高貴な方が、女房殿をお連れしませんでしたので……。お目覚めのようでしたら、粥をお持ち致します」
そのまま、その者は去って行った。
粥……。朝ご飯を貰えるのは、有り難い。何か食べておかないと、力にならないわ。
程なく、運ばれて来たのは、薄い粥だった。
「お姫様は、貴族の方と聞いております。わたくしたちのたべる粥ですので、お口に合うか解りませんが……」
涙声で差し出したのは、小坊主と言って良いような、年若い僧だった。
次第に明るくなっていったので、部屋の様子がわかるようになる。
部屋は、三方を杉戸で区切られたところで、廊下側だけに御簾が掛かっている。その御簾を押し上げて、年若い僧が粥を出してくれたのだった。
貴族のお姫様、とは言いがたいような立場ですけど、ここは、この小坊主の夢を崩さないように振る舞わなければ!
「まあ、美味しそうなお粥ですね。有り難く頂きます。あなたは、こちらで修行をしていらっしゃるの?」
あらん限りの『にっこり』を振りまいて。
私だって、やる時には、臈長けた姫君ぐらい演じられるのだ!
小坊主は、ぽーっと私に見とれながら(引きつった笑みではなかった)私にいう。
「はい。ここ、昭興院にて、鉉珱さまの弟子となりました」
「鉉珱さま……」
どこかで聞いたことのあるような……と私は記憶を手繰る。大体、私に、坊さんの知り合いなんか……。
私、この流れ、一回やった!
そうそう、関白殿下と、お話ししたんだわ。
鉉珱。
あの日―――私が、首を絞められた日。
宮中に出入りしていた、唯一の、僧侶。
主上の『お気に入り』で、何事にも意見を聞くとかなんとか(それって本当は関白の仕事だけど、関白殿下、仕事してないんじゃ……)言ってた人だ!
ぞっとした。
それに、昭興院にも、聞き覚えがあるわよ。
ここ、鬼の君が『自害』した場所じゃないっ!
私は、鳥肌が止まらなくなった。
ああ、多分、私、今、鬼の君の(ぶちまけた)血で穢れた部屋に居るんだ……。
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