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8.十六夜の月
しおりを挟む「はい、中将さん。これがお約束のものよ」
同僚女房から、賭けていた宸筆の漢籍を受け取った中将は、「なんだか、悪いわね」と、形ばかり謝っておいた。
「本当に、貴女って凄いのねえ。あの堅物を落とすなんて、信じられないわ」
この件については、流石に影にも悪いと思ったので、伝えている。
自分が賭けものになっていたと知れば、気を悪くするだろうと思ったが、影は、気にも止めていないようで、かえって、
「その賭けのお陰で、青女さまが、私に興味を持って下さったのですから、嬉しく思いますよ」
などと、にこやかに言うので、中将は、あきれてしまった。
中将は、影に呼び出されて、源家の曹司へ向かっていた。
一緒に月見をしようということなので、白酒を用意する。
「今宵の月は、名月でもない、十六夜なのにね」
月の形なんて、どうでもよかった。ただ、いまの中将は、影が側にいればよ良い。
どうして、恋など縁遠いものだと思っていたはずなのに、年下の、真面目なばかりの堅物に惹かれてしまったのだろう。
けれど、中将は後悔はしなかった。
「青女さま!」
源家の曹司の前で、待ちきれなかった様子の、影がいた。
曹司の立ち並ぶ、曹司町と呼ばれる一帯なので、影の声は目立つ。何事かと、御簾の隙間から様子を垣間見ているものがいるようだったが、きにしなかった。
「影さま」
「どうぞ、おいでください。十六夜の月が、あんなにも美しいですよ」
手招きされて、近付くと、影に勢い良く抱き締められた。
白酒を落としてしまって、廊下に酒がこぼれて、酒の香がたった。清らかな香りが、月夜を彩るようだ。
「廊下を、汚してしまいましたわ」
「うちのものに、清めさせます」
言い終わらないうちに、影が、中将に口付ける。
こんなところで、分別のないこと……とは思ったが、中将は、ものなれない様子の口付けに、応じる。
懸命にする影が愛しくて、胸の奥に、やわらかな炎が灯ったような心地だった。
十六夜の月が見守るなか、二人は、ながいこと、そうしていた。
了
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