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ep7.神官と聖騎士団
4 魔法の闇
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灯台のある村は、所々壊れかけた石の塀でぐるりと囲まれていた。石の門を出て南東の方角には人の住まない廃墟や樹木がポツポツと続いている。人通りは少ないけど馬車の通る道もある。その道をずっと行けば避難した人たちの住む小さな街もあるから、時々利用されているみたいだ。
なんとなく寂しい風景だけれど、北西よりはずっとましだ。北西の方角は枯れた木が数本、濁った水たまりや変色した岩が転がっているだけで他には何もない。そしてその数十メートル先は嵐の前のような真っ暗な雲で覆われていた。何も見えない。
「あれが魔法の闇?」
「そうです」
あんな暗い雲がずっと存在しているなんて、夜眠るのが怖くなりそうだ。眠っている間にあの闇に飲まれたらと思うと恐ろしい。
「あんなに近いところにあるんだね」
「灯台はエルトリアの西北端にありますので」
「でも大丈夫です。神子さまの防御結界のおかげであの闇がこちらに押し寄せることはありません。結界が狭くなる時も少しずつですので、灯台の者たちが避難する時間はあります」
「そうだね」
八百年前の記憶でも、俺は魔法の闇を直に見たことはなかったと思う。忘れているだけなのかもしれないけど。
昔は神殿から出してもらえなくて、実感も湧かないまま聖水や道具に魔力を注ぎ続ける生活だった。物心ついてから俺が神子になるまでの数年間は、国は荒れていたけど辺境に住んでいたわけじゃないから魔物を見たのはイルケデニアスが初めてだ。だからエルトリアに防御魔法を施して国を作ったのは俺じゃない。俺より何百年も前の初代の神子さまだ。俺は存在する防御結界に魔力を注いでいただけ。
「かなめ様」
「少し遠くに行ってみる」
「足下にお気をつけください。この先は最近まで魔法の闇に閉ざされていました。まだ地面が毒の雨の影響を受けています」
アルバートが手を差し出してくれたので、それに捕まってゆっくり歩いていく。よく目を凝らせば、地面のそこら中に確かに防御結界が輝いているのが見えた。
「綺麗で複雑な模様だね」
俺が言うとアルバートとロジェさんは顔を見合わせた。もしかして二人ともこの防御結界見えてないのかな。
「あ、防御魔法のことなんだけど」
「魔力は感じますが、我々には何も」
「さすがは神子さまです」
俺のイメージでは、防御結界は一人が作ったシンプルな模様の魔法陣だったけど、実際にはそうじゃないみたいだ。無数の模様が折り重なっていて、何重にも広がっている。そこに込められた魔力は魔法の闇に近づくほど薄くなっていて、魔力の量が減ってくるとその場所が闇に飲み込まれる。防御結界自体が壊れているわけじゃなさそう。それなら魔力を込めればもう少し闇を押し返せる。
「防御結界に魔力を込めてみる。待ってて」
アルバートとロジェさんに少し離れてもらい、数十メートル離れた先の魔法の闇に狙いを定めた。八百年前に何度も繰り返した修行、あれを思い出してもう一度やればいいんだ。
目を閉じて、自分の魔力を意識する。両手を交差させて踊るように動かし、最終的には胸の前へ。そして息を吐き、魔力を前方の防御結界に送った。
「……!」
後ろで聖騎士の二人が息を呑む音が聞こえた。目を開くと、俺の送った魔力が数十メートル先の防御結界を光で満たしていくのが見えた。扇状に広がった魔力は闇を押し返し、黒い雲が晴れていく。
「闇が……」
魔法の闇は百メートルくらい後退してその場にとどまった。俺の今の力だとこれくらいが限界なのかな。でも、この魔力はしばらくはもってくれそう。
「思ったより広がらなかったけど……」
照れ隠しに振り向いたら、二人とも呆然とした表情で立ち尽くしていた。
「み、神子さま……私は、神子さまの存在が奇跡そのものだとようやく理解いたしました」
ロジェさんが膝をついて頭を下げたので、慌てて立ってくれとお願いする。その横でアルバートが呟くのが聞こえた。
「あれは……海なのか?」
えっ、海?
振り返って魔法の闇のあった場所を確認すると、確かに白い波が見える。微かだけど、波のような音も聞こえる。
「信じられない……」
俺も信じられない。エルトリアには海がないって聞いていたけど、ずっと海に行くことが夢だったんだ。
なんとなく寂しい風景だけれど、北西よりはずっとましだ。北西の方角は枯れた木が数本、濁った水たまりや変色した岩が転がっているだけで他には何もない。そしてその数十メートル先は嵐の前のような真っ暗な雲で覆われていた。何も見えない。
「あれが魔法の闇?」
「そうです」
あんな暗い雲がずっと存在しているなんて、夜眠るのが怖くなりそうだ。眠っている間にあの闇に飲まれたらと思うと恐ろしい。
「あんなに近いところにあるんだね」
「灯台はエルトリアの西北端にありますので」
「でも大丈夫です。神子さまの防御結界のおかげであの闇がこちらに押し寄せることはありません。結界が狭くなる時も少しずつですので、灯台の者たちが避難する時間はあります」
「そうだね」
八百年前の記憶でも、俺は魔法の闇を直に見たことはなかったと思う。忘れているだけなのかもしれないけど。
昔は神殿から出してもらえなくて、実感も湧かないまま聖水や道具に魔力を注ぎ続ける生活だった。物心ついてから俺が神子になるまでの数年間は、国は荒れていたけど辺境に住んでいたわけじゃないから魔物を見たのはイルケデニアスが初めてだ。だからエルトリアに防御魔法を施して国を作ったのは俺じゃない。俺より何百年も前の初代の神子さまだ。俺は存在する防御結界に魔力を注いでいただけ。
「かなめ様」
「少し遠くに行ってみる」
「足下にお気をつけください。この先は最近まで魔法の闇に閉ざされていました。まだ地面が毒の雨の影響を受けています」
アルバートが手を差し出してくれたので、それに捕まってゆっくり歩いていく。よく目を凝らせば、地面のそこら中に確かに防御結界が輝いているのが見えた。
「綺麗で複雑な模様だね」
俺が言うとアルバートとロジェさんは顔を見合わせた。もしかして二人ともこの防御結界見えてないのかな。
「あ、防御魔法のことなんだけど」
「魔力は感じますが、我々には何も」
「さすがは神子さまです」
俺のイメージでは、防御結界は一人が作ったシンプルな模様の魔法陣だったけど、実際にはそうじゃないみたいだ。無数の模様が折り重なっていて、何重にも広がっている。そこに込められた魔力は魔法の闇に近づくほど薄くなっていて、魔力の量が減ってくるとその場所が闇に飲み込まれる。防御結界自体が壊れているわけじゃなさそう。それなら魔力を込めればもう少し闇を押し返せる。
「防御結界に魔力を込めてみる。待ってて」
アルバートとロジェさんに少し離れてもらい、数十メートル離れた先の魔法の闇に狙いを定めた。八百年前に何度も繰り返した修行、あれを思い出してもう一度やればいいんだ。
目を閉じて、自分の魔力を意識する。両手を交差させて踊るように動かし、最終的には胸の前へ。そして息を吐き、魔力を前方の防御結界に送った。
「……!」
後ろで聖騎士の二人が息を呑む音が聞こえた。目を開くと、俺の送った魔力が数十メートル先の防御結界を光で満たしていくのが見えた。扇状に広がった魔力は闇を押し返し、黒い雲が晴れていく。
「闇が……」
魔法の闇は百メートルくらい後退してその場にとどまった。俺の今の力だとこれくらいが限界なのかな。でも、この魔力はしばらくはもってくれそう。
「思ったより広がらなかったけど……」
照れ隠しに振り向いたら、二人とも呆然とした表情で立ち尽くしていた。
「み、神子さま……私は、神子さまの存在が奇跡そのものだとようやく理解いたしました」
ロジェさんが膝をついて頭を下げたので、慌てて立ってくれとお願いする。その横でアルバートが呟くのが聞こえた。
「あれは……海なのか?」
えっ、海?
振り返って魔法の闇のあった場所を確認すると、確かに白い波が見える。微かだけど、波のような音も聞こえる。
「信じられない……」
俺も信じられない。エルトリアには海がないって聞いていたけど、ずっと海に行くことが夢だったんだ。
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