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ep6.王族と神子
3 泣くな
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帰りの馬車で一人になった時、俺は泣いた。声を殺して泣いたはずなのにアルには気づかれていたらしい。神殿に着いた時、有無を言わさず部屋に入ってきた。
「何があった⁉︎」
「だ、大丈夫……何もされてないよ」
「じゃあ何で泣いてる」
「緊張が解けただけ」
「本当か?」
「ちょっと、腕とか触られたくらいだから大丈夫」
「あのジジイ……」
「そんな事、誰かに聞かれたら大変だから言わないで」
アルはそれ以上何も言わなかったけど、俺をぎゅっと抱きしめて背中を撫でてくれた。部屋には神官がいなかったから、俺もアルを抱きしめ返す。
アルには言えなかったけど、絵のモデルをすることになって呼ばれた画家は裸体を専門に描く男だった。必死に抵抗したからなんとか全裸になることは許してもらえたけど、女性みたいな服を着崩して、ベッドでポーズをとっている自分が惨めに思えて涙が止められなかった。こんなことをするために神子になったわけじゃない。でも、神子の役割って俺が違うと思っていただけで、この程度のことなのかもしれない。
あんな絵が飾られると思うと嫌すぎる。
「嫌なことはちゃんと断れ。お前は神子だから危害は加えられないはずだ」
「でも、代わりに他の人が酷い目にあうよ」
「他人のことは割り切れ。後で回復してやればいい」
「……うん」
絵は、描いてもらう間だけなんとか耐えて、完成しても飾られないように王様に頼んでみよう。王様にはお妃や愛妾がたくさんいるから、そのうち俺に興味がなくなるはず。
幸いそれからすぐ王様は新しい踊り子を気に入ったとかで、あまり頻繁に呼ばれなくなり、しばらくの間俺にとって平穏な日々が続いた。
それでも絵のモデルとして時々王宮に足を運び、王様の視線に耐えながらポーズをとったり、回復魔法を唱えたり、マッサージをおこなったりした。それ以上を要求されなかったから油断していたのかもしれない。その日は突然訪れた。
「神子よ、そなたは随分護衛の男と親密らしいな」
「えっ?」
それは王様の足に回復魔法を唱えていた時のことだった。
「神官がそう話していたぞ」
「ご、護衛なので……神官と同じように頼りにしています」
「そうか。名門ではないが貴族出身という話だったな。剣の腕もたつし、護衛としても才覚があるとか。まだ独身であったな」
「はい……」
嫌な予感で背中に冷や汗が伝う。
一体誰がアルのことを王様に話したんだ。
「将来有望な独身の男なら、ちょうどいい娘がいる。王族の一員で気は強いが、夫に先立たれたばかりで寂しがっている。神子の護衛なら身分も釣り合うだろう」
「……」
「心配するな。神子にはまた新しい護衛を見つけてやる」
「あの、護衛は彼が……」
そこまで言いかけた時、王様は起き上がって俺の顎に手をかけた。ぐいっと上を向かされて鋭い目で見つめられる。口調は優しくても目は全然笑っていない。
「神子は国と王家のものだ。一介の護衛兵が独占するのは好ましくない。護衛も結婚をして家庭を持つ方が、非業の死をとげるより良いとは思わぬか?」
「……はい」
王様は俺を脅している。この結婚を認めなければ、アルを殺すと言っているんだ。俺にはアルが世界の全てなのに。
アルの政略結婚は異例のスピードで決まり、アルは神殿を離れることになった。後から聞いた話では、アルの妻になる人にはすでに子供が複数いて、アルにもこの結婚にも不満があったそうだ。アルが弱小貴族の養子だから卑しい血だと蔑んでいた。
不満があるなら俺から奪わないでほしかった。誰にもぶつけられない苦しい思いを抱えて、俺は毎晩ベッドで泣いた。辛くても、アルが殺されるよりずっといいと思うようにした。
神殿を離れる最後の夜、アルが俺の部屋にやってきた。神官たちは全員下がらせて誰もいない。
アルは俺を抱きしめて「泣くな」と言った。
「辛いよ。アルと離れたくない」
「カナ、守ってやれなくてすまない」
「ずっと一緒にいて。エルトリアなんてどうでもいい。アルが好きなんだ。二人で逃げよう」
「お前に死んでほしくない。ずっと生きていて欲しいんだ」
「アル……!」
アルは俺のわがままを聞いてくれなかった。その代わりに、両手で俺の涙を拭う。それからゆっくりと顔を近づけて、唇がそっと重ねられた。
一瞬だけの初めての口付け。それが最初で最後だった。
「カナ、離れていても……ずっと愛している」
「何があった⁉︎」
「だ、大丈夫……何もされてないよ」
「じゃあ何で泣いてる」
「緊張が解けただけ」
「本当か?」
「ちょっと、腕とか触られたくらいだから大丈夫」
「あのジジイ……」
「そんな事、誰かに聞かれたら大変だから言わないで」
アルはそれ以上何も言わなかったけど、俺をぎゅっと抱きしめて背中を撫でてくれた。部屋には神官がいなかったから、俺もアルを抱きしめ返す。
アルには言えなかったけど、絵のモデルをすることになって呼ばれた画家は裸体を専門に描く男だった。必死に抵抗したからなんとか全裸になることは許してもらえたけど、女性みたいな服を着崩して、ベッドでポーズをとっている自分が惨めに思えて涙が止められなかった。こんなことをするために神子になったわけじゃない。でも、神子の役割って俺が違うと思っていただけで、この程度のことなのかもしれない。
あんな絵が飾られると思うと嫌すぎる。
「嫌なことはちゃんと断れ。お前は神子だから危害は加えられないはずだ」
「でも、代わりに他の人が酷い目にあうよ」
「他人のことは割り切れ。後で回復してやればいい」
「……うん」
絵は、描いてもらう間だけなんとか耐えて、完成しても飾られないように王様に頼んでみよう。王様にはお妃や愛妾がたくさんいるから、そのうち俺に興味がなくなるはず。
幸いそれからすぐ王様は新しい踊り子を気に入ったとかで、あまり頻繁に呼ばれなくなり、しばらくの間俺にとって平穏な日々が続いた。
それでも絵のモデルとして時々王宮に足を運び、王様の視線に耐えながらポーズをとったり、回復魔法を唱えたり、マッサージをおこなったりした。それ以上を要求されなかったから油断していたのかもしれない。その日は突然訪れた。
「神子よ、そなたは随分護衛の男と親密らしいな」
「えっ?」
それは王様の足に回復魔法を唱えていた時のことだった。
「神官がそう話していたぞ」
「ご、護衛なので……神官と同じように頼りにしています」
「そうか。名門ではないが貴族出身という話だったな。剣の腕もたつし、護衛としても才覚があるとか。まだ独身であったな」
「はい……」
嫌な予感で背中に冷や汗が伝う。
一体誰がアルのことを王様に話したんだ。
「将来有望な独身の男なら、ちょうどいい娘がいる。王族の一員で気は強いが、夫に先立たれたばかりで寂しがっている。神子の護衛なら身分も釣り合うだろう」
「……」
「心配するな。神子にはまた新しい護衛を見つけてやる」
「あの、護衛は彼が……」
そこまで言いかけた時、王様は起き上がって俺の顎に手をかけた。ぐいっと上を向かされて鋭い目で見つめられる。口調は優しくても目は全然笑っていない。
「神子は国と王家のものだ。一介の護衛兵が独占するのは好ましくない。護衛も結婚をして家庭を持つ方が、非業の死をとげるより良いとは思わぬか?」
「……はい」
王様は俺を脅している。この結婚を認めなければ、アルを殺すと言っているんだ。俺にはアルが世界の全てなのに。
アルの政略結婚は異例のスピードで決まり、アルは神殿を離れることになった。後から聞いた話では、アルの妻になる人にはすでに子供が複数いて、アルにもこの結婚にも不満があったそうだ。アルが弱小貴族の養子だから卑しい血だと蔑んでいた。
不満があるなら俺から奪わないでほしかった。誰にもぶつけられない苦しい思いを抱えて、俺は毎晩ベッドで泣いた。辛くても、アルが殺されるよりずっといいと思うようにした。
神殿を離れる最後の夜、アルが俺の部屋にやってきた。神官たちは全員下がらせて誰もいない。
アルは俺を抱きしめて「泣くな」と言った。
「辛いよ。アルと離れたくない」
「カナ、守ってやれなくてすまない」
「ずっと一緒にいて。エルトリアなんてどうでもいい。アルが好きなんだ。二人で逃げよう」
「お前に死んでほしくない。ずっと生きていて欲しいんだ」
「アル……!」
アルは俺のわがままを聞いてくれなかった。その代わりに、両手で俺の涙を拭う。それからゆっくりと顔を近づけて、唇がそっと重ねられた。
一瞬だけの初めての口付け。それが最初で最後だった。
「カナ、離れていても……ずっと愛している」
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