91 / 106
ep6.王族と神子
12 地上
しおりを挟む
王様がテントから歩いて出てきたので、周りにいた兵士たちから歓声が上がった。みんな片膝をついて手を組んでる。これがサデの礼儀作法なのかな。
「王様!」
「イザーク王!」
「サデにもう一度光を!」
歓声を上げているサデの避難民たちを眺めて複雑な気分になる。王様のあの呪いは砂埃みたいに砕けたけど、少しずつ再編しそうな気配がある。完全に取り除けたわけじゃない。継続中の呪いなんじゃないかな。でもずっと治療し続けるのは無理だ。俺は早くエルトリアに帰りたいし、王様は笑顔だけど、王族というだけで怖い。
「かなめ様、馬をご用意いたしました。大丈夫ですか?」
「アル……ちょっと疲れてる。今すぐ倒れて眠りたいくらい」
「もう少しだけ我慢だ。最悪の状況になればおもちや俺を囮にしてお前を逃す」
「アルと一緒がいい。おもちだって……」
アルバートの胸に頭をくっつけて深く息を吐く。地下を出るまでは眠ったら駄目だ。
「何か混ぜたな」
アルバートが小声で呟いた。確かに、お昼すぎなのにこんなに眠くなるなんておかしい気がする。アルバートにしがみついていないと立っていられない。
ヴィカさんが笑顔でこちらに歩いてきたけど、何も手に持っていなかった。宝玉を渡すって言ってなかったかな。正直いらないけど。
「もうしばらくお待ちを。サデの民がエルトリアの神子さまに感謝の言葉を伝えたいと申しております」
「お礼なら大丈夫です」
まずい。本当に眠ってしまいそう。
「そうおっしゃらずに。エルトリアの神子にはサデの王宮にある宝玉をお渡ししたいのです。これから王と共にサデへ参りましょう。あなたの力ならサデの魔物も蹴散らせるでしょう」
ヴィカさんの笑みが歪んで見える。ふと見ると、周りを囲む護衛たちは全員武器を構えていた。感謝の言葉ってどう見ても嘘だな。
「これだから王族は……」
アルバートがいつもより低い声でつぶやいた。すごく怒ってる。
「アルバート殿ももちろんご一緒にどうぞ。エルトリアより良い待遇をお約束いたします」
「俺たちは国に帰る途中なので……」
バシッと勢いよく手のひらで自分の頬を叩いた。アルバートもヴィカさんもぎょっとしてる。目を覚まさないと。
「カナ!」
「サデに行くのはお断りします!」
眠気を振り払って蜘蛛の巣の魔法の糸を、自分の足もとから見える全方位に張り巡らせた。その場にいる全員を拘束し、すぐに魔法を追加する。それまで使ったこともなかったのが嘘のように自然と。
ヴィカさんが目を見開いたあと身体をこわばらせ、その場から動かなくなった。護衛兵もサデの王様も避難民も、全員が立ったまま身動きできずに静かになる。それから気を失うように目を閉じた。
「……眠ってもらったよ。アル、急いで逃げよう」
「お前は……相変わらずすごいな」
アルバートは抜こうとしていた剣を鞘に納め、俺を抱えて馬にまたがった。
「この魔法、いつまでもつ?」
「しばらくは効いてると思う。あまり自信ないけど……」
「分かった。助かったよ」
アルバートが手綱を取って馬は歩き始める。少し振り返って立ち並ぶテント村を見れば、みんな立ったまま眠っていて、まるで昔の王のお墓を守る人形の兵士みたいに見えた。
俺が覚えているのはそれだけ。馬の振動とアルバートの腕の中が心地よくて、すぐに眠ってしまった。
***
鳥の鳴き声で意識が浮上する。これはおもちかな。
「う……ん」
誰かが頬を触ってる。アルバートの大きな手だ。爽やかな香りの風が吹いている。地下とは少し違う匂い。
「カナ、目が覚めたのか?」
「アル?」
目を開くと薄曇りの空が見えた。ピンク色の小鳥が曇り空を自由に飛び回ってる。おもちだ。
「明るい……」
天井がない。曇っているけど地下道とは比べ物にならない明るさだ。イルケデニアスも天井は高くて閉塞感はないと思っていたけど、実際に外に出られたらすごく解放的な気分になるんだな。
「エルトリアだ。やっと戻って来られた」
腕の中から見上げたアルバートの表情は今まで見たことがないもので、こっちまで胸がぎゅっとなる。
「サデの追っ手は?」
「大丈夫だ。あれからエルトリア出口まで休みなしに走り、出口にも目眩しの魔法ををかけておいた。今のところ追っ手の気配はない」
「そっか。良かった……」
「神子さまのおかげだ」
そう言って抱きしめられる。アルバートが喜んでくれるのが一番嬉しい。
「ここ、大神殿から遠いのかな」
見渡しても荒地みたいな丘と草原が続くだけで建物の影が見えない。
「おそらく辺境だと思うが、俺の知っている辺境とは少し景色が違っているな」
「そうなの? 帰れそう?」
「大丈夫だ。グリフォンにだけ聞こえる笛で応援を呼ぶ。それに辺境なら砦か灯台があるはずだ」
「アル、もう少し寝ていてもいい?」
「もちろんです。神子さま、ゆっくりお休みください」
アルバートが俺の手の甲に口付けを落とす。次に目覚めた時には神殿に着いていたらいいな。
「王様!」
「イザーク王!」
「サデにもう一度光を!」
歓声を上げているサデの避難民たちを眺めて複雑な気分になる。王様のあの呪いは砂埃みたいに砕けたけど、少しずつ再編しそうな気配がある。完全に取り除けたわけじゃない。継続中の呪いなんじゃないかな。でもずっと治療し続けるのは無理だ。俺は早くエルトリアに帰りたいし、王様は笑顔だけど、王族というだけで怖い。
「かなめ様、馬をご用意いたしました。大丈夫ですか?」
「アル……ちょっと疲れてる。今すぐ倒れて眠りたいくらい」
「もう少しだけ我慢だ。最悪の状況になればおもちや俺を囮にしてお前を逃す」
「アルと一緒がいい。おもちだって……」
アルバートの胸に頭をくっつけて深く息を吐く。地下を出るまでは眠ったら駄目だ。
「何か混ぜたな」
アルバートが小声で呟いた。確かに、お昼すぎなのにこんなに眠くなるなんておかしい気がする。アルバートにしがみついていないと立っていられない。
ヴィカさんが笑顔でこちらに歩いてきたけど、何も手に持っていなかった。宝玉を渡すって言ってなかったかな。正直いらないけど。
「もうしばらくお待ちを。サデの民がエルトリアの神子さまに感謝の言葉を伝えたいと申しております」
「お礼なら大丈夫です」
まずい。本当に眠ってしまいそう。
「そうおっしゃらずに。エルトリアの神子にはサデの王宮にある宝玉をお渡ししたいのです。これから王と共にサデへ参りましょう。あなたの力ならサデの魔物も蹴散らせるでしょう」
ヴィカさんの笑みが歪んで見える。ふと見ると、周りを囲む護衛たちは全員武器を構えていた。感謝の言葉ってどう見ても嘘だな。
「これだから王族は……」
アルバートがいつもより低い声でつぶやいた。すごく怒ってる。
「アルバート殿ももちろんご一緒にどうぞ。エルトリアより良い待遇をお約束いたします」
「俺たちは国に帰る途中なので……」
バシッと勢いよく手のひらで自分の頬を叩いた。アルバートもヴィカさんもぎょっとしてる。目を覚まさないと。
「カナ!」
「サデに行くのはお断りします!」
眠気を振り払って蜘蛛の巣の魔法の糸を、自分の足もとから見える全方位に張り巡らせた。その場にいる全員を拘束し、すぐに魔法を追加する。それまで使ったこともなかったのが嘘のように自然と。
ヴィカさんが目を見開いたあと身体をこわばらせ、その場から動かなくなった。護衛兵もサデの王様も避難民も、全員が立ったまま身動きできずに静かになる。それから気を失うように目を閉じた。
「……眠ってもらったよ。アル、急いで逃げよう」
「お前は……相変わらずすごいな」
アルバートは抜こうとしていた剣を鞘に納め、俺を抱えて馬にまたがった。
「この魔法、いつまでもつ?」
「しばらくは効いてると思う。あまり自信ないけど……」
「分かった。助かったよ」
アルバートが手綱を取って馬は歩き始める。少し振り返って立ち並ぶテント村を見れば、みんな立ったまま眠っていて、まるで昔の王のお墓を守る人形の兵士みたいに見えた。
俺が覚えているのはそれだけ。馬の振動とアルバートの腕の中が心地よくて、すぐに眠ってしまった。
***
鳥の鳴き声で意識が浮上する。これはおもちかな。
「う……ん」
誰かが頬を触ってる。アルバートの大きな手だ。爽やかな香りの風が吹いている。地下とは少し違う匂い。
「カナ、目が覚めたのか?」
「アル?」
目を開くと薄曇りの空が見えた。ピンク色の小鳥が曇り空を自由に飛び回ってる。おもちだ。
「明るい……」
天井がない。曇っているけど地下道とは比べ物にならない明るさだ。イルケデニアスも天井は高くて閉塞感はないと思っていたけど、実際に外に出られたらすごく解放的な気分になるんだな。
「エルトリアだ。やっと戻って来られた」
腕の中から見上げたアルバートの表情は今まで見たことがないもので、こっちまで胸がぎゅっとなる。
「サデの追っ手は?」
「大丈夫だ。あれからエルトリア出口まで休みなしに走り、出口にも目眩しの魔法ををかけておいた。今のところ追っ手の気配はない」
「そっか。良かった……」
「神子さまのおかげだ」
そう言って抱きしめられる。アルバートが喜んでくれるのが一番嬉しい。
「ここ、大神殿から遠いのかな」
見渡しても荒地みたいな丘と草原が続くだけで建物の影が見えない。
「おそらく辺境だと思うが、俺の知っている辺境とは少し景色が違っているな」
「そうなの? 帰れそう?」
「大丈夫だ。グリフォンにだけ聞こえる笛で応援を呼ぶ。それに辺境なら砦か灯台があるはずだ」
「アル、もう少し寝ていてもいい?」
「もちろんです。神子さま、ゆっくりお休みください」
アルバートが俺の手の甲に口付けを落とす。次に目覚めた時には神殿に着いていたらいいな。
108
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜
小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」
魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で―――
義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
閉ざされた森の秘宝
はちのす
BL
街外れにある<閉ざされた森>に住むアルベールが拾ったのは、今にも息絶えそうな瘦せこけた子供だった。
保護することになった子供に、残酷な世を生きる手立てを教え込むうちに「師匠」として慕われることになるが、その慕情の形は次第に執着に変わっていく──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる