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夢の中で私は学生だった。
まるでひとつの街のような大きな施設、大きな温室や様々な研究所が隣接する学び舎。いつもひとりで講義を聞き、終わると足早に教室を出て勤務先へ向かう。大きな商会の事務作業が終わるとレストランの給仕。深夜帰宅し机に向かい授業の復習や予習を。
多少違いはあっても大して変わり映えしない毎日を送る。
いつからかポツリポツリと金色の髪の男が私の近くにあらわれ、私は嬉しそうに顔を緩ませていた。
それに気が付いたのはブルック教授だった。
教授には何度も相談し意見を貰っていたから、彼が発表したものが私のものであると知っていた。
数度、彼は私の入っていた寮を訪ねてきていた。浮かれた私は食事の支度までしたほどだった。
普段誰かが訪ねてくることなどない場所、机の上に置いたままのレポートは直ぐに目に付いただろう。
恋人になれるかもなんて思った自分が恥ずかしい。
教授は抗議してくれたが彼は学長を味方につけていた。
『たまたま同じテーマだったのだろう』『彼の研究については私も相談を受けていた』『彼の研究の完成度は彼女のものより高い。盗作など有り得ない。それに彼はゲイル・アンダーソンの息子だ』
『寧ろその子の方が……』
兎に角、彼は盗んでなどいないと。彼が私の研究を盗んた証拠はなく、彼が私を尋ねてきたという事も信じない。騒ぎ立てるなら処罰も考えると言われ、私はブルック教授を止めた。
たかが学生の論文。
納得はしなかったけど引くしかなかった。
卒業後私はブルック教授の元で助手を務めることになる。
厳しくとも優しい教授に仲間たち。時間はあっという間に過ぎて行き、ラニーと出会った。
ラニアス・アンダーソン。教授の研究の出資者で、あの人の兄。弟とは違い軽さのない話し方で、彼のように必要以上に距離を詰めようとはしなかった。
教授が何度か口にした名。清潔に整えられた短い髪に固く結ばれた唇、誠実そうな目をした人だった。
ラニーは私と少しづつ距離を詰めるように近ずいてきた。あの人から聞いているのかもしれないと、私は警戒しながら様子を見た。
そんなラニーとの距離が縮まった頃、彼は再び私の前にあらわれた。
あの頃の事などまるで無かったかのように柔らかい笑顔で。
レイニーと呼ばれた時、私はとても動揺した。
まだ私の中にはあの頃の気持ちが燻っていたのを感じ、酷く惨めな気持ちが込み上げる。
もしかしたら。
そんな私の甘さを読んでか、彼は以前の様に気安い態度で接した。
会わない方がいいと、あれほど教授から言われたのに。
また同じ過ちを繰り返した。
共同研究のために教授から与えられた、小さな一間の部屋の鍵が消えるまで大した時間はかからなかった。
柔らかな日差しにふっと目を開ける。
いつの間にか眠ってしまっていたのか、柔らかな枕が心地よかった。
私はこれまでの事を思い起こした。
雨の音と匂いに、頭痛と共に引きずられるように思い出した。
消えていた部分の記憶は、ある程度戻ってきた。
頭の中にはまだ靄がかかる。それどころか酷く頭と体が重い。
あの日も、雨が降っていた。
あの日、とは?
窓の外、急に降り始めた雨。
傘を、持っていかないとと室内にある予備の傘を持ってふたつ向こうの研究棟へと向かった。
「レイっ!」
大きな声で呼ばれびくりと身体が跳ねた。
「」
ラニーと、名を呼ぼうとしたのに声が出ない。
ラニーは私の顔を覗き込むと覆い被さるように私を抱きしめた。
訳も分からずラニーの背中に腕を回すと、更にラニーの腕に力が籠った。
ラニーは水差しで口を濡らしてくれゆっくりと水分を取らせてくれた。聞いたところ私は二日寝たきりだったようだ。
たくさんの手間と迷惑をかけてしまったことを詫びると「手間や迷惑なんかじゃない。心配したんだ」と返ってきた。
胸の奥からじんわりと何かが湧き上がる。
その温かさに目頭が熱くなりつい顔を伏せた。
「ありがとう」
ありがとう。私と居てくれて、心配してくれて。
私自身を見てくれている人が居ると、もっと早くにきがつけばよかった。
もっと早く出会いたかった。
「思い、出したの」
私が誰なのか、あなたを誰と比べていたのかを。
大きく開く瞳を、私はじっと見つめた。
まるでひとつの街のような大きな施設、大きな温室や様々な研究所が隣接する学び舎。いつもひとりで講義を聞き、終わると足早に教室を出て勤務先へ向かう。大きな商会の事務作業が終わるとレストランの給仕。深夜帰宅し机に向かい授業の復習や予習を。
多少違いはあっても大して変わり映えしない毎日を送る。
いつからかポツリポツリと金色の髪の男が私の近くにあらわれ、私は嬉しそうに顔を緩ませていた。
それに気が付いたのはブルック教授だった。
教授には何度も相談し意見を貰っていたから、彼が発表したものが私のものであると知っていた。
数度、彼は私の入っていた寮を訪ねてきていた。浮かれた私は食事の支度までしたほどだった。
普段誰かが訪ねてくることなどない場所、机の上に置いたままのレポートは直ぐに目に付いただろう。
恋人になれるかもなんて思った自分が恥ずかしい。
教授は抗議してくれたが彼は学長を味方につけていた。
『たまたま同じテーマだったのだろう』『彼の研究については私も相談を受けていた』『彼の研究の完成度は彼女のものより高い。盗作など有り得ない。それに彼はゲイル・アンダーソンの息子だ』
『寧ろその子の方が……』
兎に角、彼は盗んでなどいないと。彼が私の研究を盗んた証拠はなく、彼が私を尋ねてきたという事も信じない。騒ぎ立てるなら処罰も考えると言われ、私はブルック教授を止めた。
たかが学生の論文。
納得はしなかったけど引くしかなかった。
卒業後私はブルック教授の元で助手を務めることになる。
厳しくとも優しい教授に仲間たち。時間はあっという間に過ぎて行き、ラニーと出会った。
ラニアス・アンダーソン。教授の研究の出資者で、あの人の兄。弟とは違い軽さのない話し方で、彼のように必要以上に距離を詰めようとはしなかった。
教授が何度か口にした名。清潔に整えられた短い髪に固く結ばれた唇、誠実そうな目をした人だった。
ラニーは私と少しづつ距離を詰めるように近ずいてきた。あの人から聞いているのかもしれないと、私は警戒しながら様子を見た。
そんなラニーとの距離が縮まった頃、彼は再び私の前にあらわれた。
あの頃の事などまるで無かったかのように柔らかい笑顔で。
レイニーと呼ばれた時、私はとても動揺した。
まだ私の中にはあの頃の気持ちが燻っていたのを感じ、酷く惨めな気持ちが込み上げる。
もしかしたら。
そんな私の甘さを読んでか、彼は以前の様に気安い態度で接した。
会わない方がいいと、あれほど教授から言われたのに。
また同じ過ちを繰り返した。
共同研究のために教授から与えられた、小さな一間の部屋の鍵が消えるまで大した時間はかからなかった。
柔らかな日差しにふっと目を開ける。
いつの間にか眠ってしまっていたのか、柔らかな枕が心地よかった。
私はこれまでの事を思い起こした。
雨の音と匂いに、頭痛と共に引きずられるように思い出した。
消えていた部分の記憶は、ある程度戻ってきた。
頭の中にはまだ靄がかかる。それどころか酷く頭と体が重い。
あの日も、雨が降っていた。
あの日、とは?
窓の外、急に降り始めた雨。
傘を、持っていかないとと室内にある予備の傘を持ってふたつ向こうの研究棟へと向かった。
「レイっ!」
大きな声で呼ばれびくりと身体が跳ねた。
「」
ラニーと、名を呼ぼうとしたのに声が出ない。
ラニーは私の顔を覗き込むと覆い被さるように私を抱きしめた。
訳も分からずラニーの背中に腕を回すと、更にラニーの腕に力が籠った。
ラニーは水差しで口を濡らしてくれゆっくりと水分を取らせてくれた。聞いたところ私は二日寝たきりだったようだ。
たくさんの手間と迷惑をかけてしまったことを詫びると「手間や迷惑なんかじゃない。心配したんだ」と返ってきた。
胸の奥からじんわりと何かが湧き上がる。
その温かさに目頭が熱くなりつい顔を伏せた。
「ありがとう」
ありがとう。私と居てくれて、心配してくれて。
私自身を見てくれている人が居ると、もっと早くにきがつけばよかった。
もっと早く出会いたかった。
「思い、出したの」
私が誰なのか、あなたを誰と比べていたのかを。
大きく開く瞳を、私はじっと見つめた。
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