Rain

ゆか

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「そうか──思い出したんだね」



どこか神妙な面持ちのラニーは私の言葉を聞くとそう言った。

ベッドから半身を起こそうとすると、ラニーは手を添え介助してくれた。


「まだ、全部では無いのですけれど」


記憶が呼び起こされる度に彼のことを思い出した。私は彼に好意を持っていたのは確かだけど、今は何の感情も湧かない。


無くなった鍵はすぐに元の場所戻っていたと思う。

その後その鍵が使われたのかは思い出せていないし、だからなのか彼に対して思ったほどの嫌悪感はない。


あえて言うならば、大して興味のない恋愛小説を読んでいるような感覚か。


「……」


ラニーは何も言わず聞かなかった。


「私は、何故仕事を辞めたのかしら」


知っているのでは無いだろうか。知っていて触れない。


戸惑う色を浮かべた瞳を見つめて問うと、僅かな間を置いて優しく笑んだ。


「焦る必要はない。いつか思い出すことが出来る」


そう言って優しく私を抱き寄せる。

その手が心地よく暖かいから、聞き出したりできないし、したくない。


「まだ全てを思い出した訳では無いけれど、あなたの事は思い出したわ」


あなたは彼とは違う。

思い出させようとも、以前の様に研究室で働かせようともしない。

何も無い私を引き取り、居場所を与えてくれた。ただ、私を欲しいと言ってくれた。

それはあまりにも私に都合のいい事ばかりで怖くなるくらい。


「私、ラニーを愛しているわ。何か大きなことを成し遂げることは出来ないかもしれないけれど、あなたのためならもう一度研究に携わってもいいと思ってる」



まだ記憶は曖昧な部分があるけれど働くには支障はないはずだから。

私が返せるものはこれくらいしかないから、ラニーの仕事の役には少しは立てるはず。



「……レイ」

「私は、それくらいしか返せるものを持っていないから」


ラニーは大きく目を開き、そして悲しそうに眉を下げた。



「私は見返りが欲しくて君を愛したのでも手を差しのべた訳でも無い」

「分かっています。でも、何かを返したいんです」

「私は、君を利用するような愚かな男ではないよ」


今度は私が目を見開く番だった。

ラニーは知っている? 私と彼との関係を。



記憶の中のラニーは彼の話題なな触れることがなかった。私も彼と男女の仲と言う意味で親しかった訳じゃない。だからもしかしたら知らないのかもしれないと、都合良く考えてしまう。

社会的地位のあるラニーが、そばに置く私のことを調べないわけは無いのに、自分から口にして今を壊したくなかった。


「ラニー、あなたは」


あの人とは違う。そう言おうか迷って口を噤んだ。


「レイ、話はこれくらいにしてもう少し休もうか。食事を運ばせる」


ラニーは彼とのことを知っていて触れないのか。それとも本当に知らないのか。


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