Rain

ゆか

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「遅かったですね、今日はもう来ないかと思っていましたよ」


私が来ることが分かっていたかのような口ぶりだった。


にっこりと温和の笑みを浮かべるブルック氏は、私を、宿舎のラウンジへと案内をしてくれた。大して広い場所ではないが、遅い時間のためか、人の姿はなく2人だけだった。テーブルにつくとコーヒーを入れてくれ、置かれたマグカップを手に取り、口をつけた。


「遅い時間に申し訳ありません。……お願いが、あるのです」

「ブラウンくんのことですね」

「はい。どうやらティンバーへ向かっているようなのです。明日朝一番の汽車で私も向かいますが、それまでの間に彼女を保護する人が居たらと。ティンバーはあなたに縁深い場所ですから」

「……そうですか」


どこかほっとしたようなブルック氏の表情に、複雑な気持ちになる。


ティンバー。それはあの日、事故に遭ったレイが向かうはずだった場所。今になってなぜその場所に向かおうとしたのか、そこしか行く場所がないからだ。



「彼女と初めて知り合った時、まだとても若かった。十代の終わりなんてまだまだ遊び足りないものでしょう、恋や友情、若い女性ならみんな望むものだ、だが彼女はそれを取らなかった。遅い時間まで図書室にこもり、仕事もいくつか掛け持ちをしているようでした。仕事柄、苦労している学生は沢山見てきましたが、あまりにも不憫だった。友人も作らず、恋人も作らず、いつも1人で。私にはそんな彼女が酷く焦っているように見えたんです。気になり図書室でいくつもの専門書を並べる彼女に声をかけたのですよ、彼女はさまざまな地域の風土病について調べていたのです」

「……」

「限られた地域でしか起こらない病には、その地域にしかない原因があるはずなんですです。彼女はそれを探していた。様々な国の様々様々な病の資料を見ながら。彼女と研究をするようになったのは興味が沸いたからなんです。そういった病は大体が蚊やヒル、 生き物を媒介にしていることが多いのです。もちろんビズマー病の場合もそれらは調べられていましたが、生き物や水を調べても原因が特定できなかったんです」


ブルック氏はずっと黙ってしまう、思い出すように考えるように。


「アンダーソンさん、彼女がいなくなった原因の一端は、私にもあるでしょう。私はあなたに頼まれて、彼女に必要以上のことを教えなかった。そのくせ私は薬の開発の共同研究者の名簿から彼女の名前を外すことができなかった」


「……」


「忙しい日々に、彼女は疲れていたんです。そんな時に、レニアス・ボルドー、あなたの義弟が踏みにじり奪った。私は事前に彼女の論文を読んでいましたから、直ぐに気が付きました。……あなたが彼女と交流を持つようになり不安でした。ですが、期待もした……」




ブルック氏は再び黙り、手元のカップをじっと見つめる。

どれくらいそうしていたか、顔を上げたブルック氏は言った。



「ティンバーに彼女が行った場合の保護先は確保しましょう。ただし、条件があります」








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