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「ラニー、どうしてあんなことを」
「レイ、君こそどうしてブラウンを名乗っているんだ」
ラニーにヘイリーさんへのやり取りについて問うて、逆に指摘を受けた。
ブラウンと名乗ったのはわざとではなかった、ただ名を聞かれた時に、名乗り慣れていないアンダーソンではなく、なのに慣れていたブラウンの名が口をついて出てしまったのだ。そう伝えてもラニーは目を吊り上げたままむっとしている。
私がアンダーソンを名乗っていないことにおこっていたのだ。
「ブルック教授はこの町では有名人だ、その共同研究者である君も知られているかもしれない。私たちの結婚は新聞にも載った。教授の研究もだ。君が既婚者だと知られている確率は非常に高いと思うんだが、そんな君が旧姓を名乗っていたら、周りはどう思うんだろう」
「……ごめんなさい」
レイニーからしてみれば、決してわざとではなかった。うっかりブラウンを名乗ってしまったことに気づいたのは、随分後だったのだ。当初は名乗った家名のことよりも、自分のことでいっぱいだったのだ。ラニーもわかってくれてはいるが、ヘイリーのあの態度を見て焦ったようだった。
「彼は君に気があるのではないかと、思ってしまった」
ラニーからすれば、思うではなく、そうだ、と断言されているような気がした。負担をかけないためにあえてそう表現をしてくれたのだろうが、思い当たり、ふっと視線を外した。
「レイ、一緒に帰らないか」
そんな反応を見てか、ラニーは静かな声で言った。
「……君には休息が必要だろうと、迎えに行くのをブルック氏に止められた。私もそれを理解したからこそ、了承したが、ひと月、待った。」
「……わたし」
どう返していいのかわからなかった。
会いたかった。会いたくて怖くて寂しかった。ラニーと、今までよりもずっと分かり合えるような気がする。でも、ここの人達は皆とても優しかった。自分から事情を話さない私に対し、何も聞かずに接してくれた。美味しい食事に暖かいベッド、庭の手入れや果実の収穫、空き家の掃除や家事の手伝い。ここは忘れていた日常を思い出させてくれた。
自分がいなくなったら、エリーさんはどうなるだろうか。足の悪い彼女は1人で生活するには苦労が多い。いくらご近所が助けてくれると言っても手が届かないところも多いはずだ。
いつかは出ていかなければいけない、そう思ってはいたが、いつどのタイミングでと言われれば全くそれは考えていなかったと言えるだろう。
ここはとても居心地が良かったのだ。
何も答えない私をラニーはそっと抱き寄せ一言、すまないと言った。
しばらくそうした後、寂しそうな少し諦めたような、そんな表情で、みんなのところに戻ろうとそっと手を引く。
私は酷く焦った。
夫婦として過ごした時間は、決して長くはない、それでも共に過ごした時間で、互いに信頼関係は築いていったと思っていた。
壊れる、それがひどく恐ろしかった。
「ラニーっ! 違うの、帰りたくない訳じゃないのっ」
びっくりと体を揺らし、立ち止まった背。ゆっくりと振り返ったラニーは、泣きそうな顔でわかっていると言った。
「か、えるから」
「違う。無理強いしたいんじゃないんだ」
「無理なんてしていないから」
「短期間でたくさんのことが変わった。レイ、君に休息が必要だということは、私も分かっているんだ。だから」
ラニーはふっと微笑んで続けた。
「私も今日からここに住むよ」
ここに? いえ、無理だわ。都市部で事業を広げるラニーの仕事は、ここからじゃ離れ過ぎていてこなしきれない。
私はあまり笑えない、珍しいラニーの冗談に、曖昧に笑みを返した。
「レイ、君こそどうしてブラウンを名乗っているんだ」
ラニーにヘイリーさんへのやり取りについて問うて、逆に指摘を受けた。
ブラウンと名乗ったのはわざとではなかった、ただ名を聞かれた時に、名乗り慣れていないアンダーソンではなく、なのに慣れていたブラウンの名が口をついて出てしまったのだ。そう伝えてもラニーは目を吊り上げたままむっとしている。
私がアンダーソンを名乗っていないことにおこっていたのだ。
「ブルック教授はこの町では有名人だ、その共同研究者である君も知られているかもしれない。私たちの結婚は新聞にも載った。教授の研究もだ。君が既婚者だと知られている確率は非常に高いと思うんだが、そんな君が旧姓を名乗っていたら、周りはどう思うんだろう」
「……ごめんなさい」
レイニーからしてみれば、決してわざとではなかった。うっかりブラウンを名乗ってしまったことに気づいたのは、随分後だったのだ。当初は名乗った家名のことよりも、自分のことでいっぱいだったのだ。ラニーもわかってくれてはいるが、ヘイリーのあの態度を見て焦ったようだった。
「彼は君に気があるのではないかと、思ってしまった」
ラニーからすれば、思うではなく、そうだ、と断言されているような気がした。負担をかけないためにあえてそう表現をしてくれたのだろうが、思い当たり、ふっと視線を外した。
「レイ、一緒に帰らないか」
そんな反応を見てか、ラニーは静かな声で言った。
「……君には休息が必要だろうと、迎えに行くのをブルック氏に止められた。私もそれを理解したからこそ、了承したが、ひと月、待った。」
「……わたし」
どう返していいのかわからなかった。
会いたかった。会いたくて怖くて寂しかった。ラニーと、今までよりもずっと分かり合えるような気がする。でも、ここの人達は皆とても優しかった。自分から事情を話さない私に対し、何も聞かずに接してくれた。美味しい食事に暖かいベッド、庭の手入れや果実の収穫、空き家の掃除や家事の手伝い。ここは忘れていた日常を思い出させてくれた。
自分がいなくなったら、エリーさんはどうなるだろうか。足の悪い彼女は1人で生活するには苦労が多い。いくらご近所が助けてくれると言っても手が届かないところも多いはずだ。
いつかは出ていかなければいけない、そう思ってはいたが、いつどのタイミングでと言われれば全くそれは考えていなかったと言えるだろう。
ここはとても居心地が良かったのだ。
何も答えない私をラニーはそっと抱き寄せ一言、すまないと言った。
しばらくそうした後、寂しそうな少し諦めたような、そんな表情で、みんなのところに戻ろうとそっと手を引く。
私は酷く焦った。
夫婦として過ごした時間は、決して長くはない、それでも共に過ごした時間で、互いに信頼関係は築いていったと思っていた。
壊れる、それがひどく恐ろしかった。
「ラニーっ! 違うの、帰りたくない訳じゃないのっ」
びっくりと体を揺らし、立ち止まった背。ゆっくりと振り返ったラニーは、泣きそうな顔でわかっていると言った。
「か、えるから」
「違う。無理強いしたいんじゃないんだ」
「無理なんてしていないから」
「短期間でたくさんのことが変わった。レイ、君に休息が必要だということは、私も分かっているんだ。だから」
ラニーはふっと微笑んで続けた。
「私も今日からここに住むよ」
ここに? いえ、無理だわ。都市部で事業を広げるラニーの仕事は、ここからじゃ離れ過ぎていてこなしきれない。
私はあまり笑えない、珍しいラニーの冗談に、曖昧に笑みを返した。
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