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「こちらが確認書類でございます」
「ああ、いつもすまない」
カールから渡されたのは数枚の書類だが、机にはそれに関する別の書類が積まれている。
時間をかけて、それを確認し、必要な物にサインを入れていく。カールが補佐してくれているおかげで時間は充分空くが、なんせ今の自宅に帰るのには列車でも一日以上かかるため幾ら時間を作っても足りない。
「アレの動向はどうだ?」
「大旦那様へ何度か面会を申し入れていたようですが叶わず、ラニアス様への面会の要求がありました。大分焦っているようでした」
「そうか」
最後の書類の処理を終えると、すぐに暖かいコーヒーが目の前に置かれた。
父は言葉の通りに遺言を書き換え、事業の一部を私に引き継ぎ始めた。幾ら時間を作っても足りない原因のひとつでもある。
そして義弟は焦っている。義理といえ血の繋がった弟であるレニアスは差はあれどアンダーソンの子として金銭面での支援を受けていた。父から纏まった金額を渡されたようだが、今まで受けていた援助は打ち切られたようだ。加えて与えられたのは父が所有する東部の土地と織物工場を譲り受けたようだ。既に義弟の母はそちらに移ったと聞いたが、彼女では管理しきれないだろうから教育を受けていたことのある義弟がやるしかない。が、まだ東部には移っていない。
父と母親が別れた事も、東部に追いやられる事も気に入らないのだろう。
「あの織物工場の収益はそれなりにある。上手くやればそこから広げる事も出来るだらろう」
「今までは好きな研究員として働き、毎月かなりの金額を浪費されていましら」
「工場自体は最初の道筋を作ればアレがいなくとも回る人材が揃っているはずだ。研究を続ける事は可能だろう」
元々好きで始めたものだったはずだ。それがいつの間にか歪んでいった。
「……サンド商会と、あまり上手くいっていないようです」
「アンダーソンから除籍された訳ではないし、父はそこまでするつもりは無いだろう」
「ですが東部に母君が移られた事で大旦那様との不仲を疑っているのではないかと」
「……アレは何と?」
「話したい事があるので早急に時間を取って欲しいと」
ただでさえ時間が惜しいのに、面倒な。
「断って面倒を起こされても困るな。明日は直ぐにティンバーに戻りたい。すまないが次回以降に調整しておいてくれ」
「かしこまりました」
カップの底に少しだけ残ったコーヒーを飲み、次までに目を通しておけなければならない書類をまとめ、時間を確認しコートを羽織る。
「お送りいたします」
「ああ、頼む」
変わらないやりとりはもう数ヶ月続いている。最初こそ時間が遅い、せめて一晩休息をとうるさかったカールは、何か事が起こってからでは遅いと、護衛代わりになる部下をティンバーまで帯同させることを条件に、今は何も言わずに送り出してくれる。
長い道のりを帯同させるのは申し訳ないと思う気持ちはあるが、正直疲れた身体で1人で帰るのは辛い時もあった。眠りこけ、列車の乗り換えに間に合わないということもなくなった。誰も付き添っていなければ、きっと1度は身ぐるみ剥がされていただろう。いや、最悪、命すらなかったかもしれない。
レイの生活に不満はない。だが、このままの生活は負担が大きく、改善しなければならない。中間地点にあるドゥイドの街に拠点を移すことも考えている。
ティンバーの駅からレイと住んでいる家までは少し距離がある。早い時間に到着すれば乗り合い馬車に乗り、遅ければ時間をかけて徒歩で向かう。
今回はギリギリ最終の乗り合い場所に間に合ったため、それに乗り自宅近くまで移動する。
ともに帰路を歩んでくれた部下を労い、ブルック夫人から借り上げている別の家で休息後帰路に着くようにと鍵を渡した。
私が自宅に入るのは確認した後、彼はきっとその家に向かうのだろう。
今まで住んでいた屋敷とは違い、広さも物も少ない。不便であると感じることもある。これほどまでに誰かと近い距離で生活したのは初めてのことで、最初こそ戸惑う事もあったが、今ではそれが当たり前であり、私にとって必要なものだ。
懐から取り出した鍵を回しドアに手を掛けると、引くより先に扉が開く。
「お帰りなさい」
「ただいま」
笑顔で迎えてくれるレイを抱きしめ、後ろ手に扉を閉めて鍵をかけた。
「ああ、いつもすまない」
カールから渡されたのは数枚の書類だが、机にはそれに関する別の書類が積まれている。
時間をかけて、それを確認し、必要な物にサインを入れていく。カールが補佐してくれているおかげで時間は充分空くが、なんせ今の自宅に帰るのには列車でも一日以上かかるため幾ら時間を作っても足りない。
「アレの動向はどうだ?」
「大旦那様へ何度か面会を申し入れていたようですが叶わず、ラニアス様への面会の要求がありました。大分焦っているようでした」
「そうか」
最後の書類の処理を終えると、すぐに暖かいコーヒーが目の前に置かれた。
父は言葉の通りに遺言を書き換え、事業の一部を私に引き継ぎ始めた。幾ら時間を作っても足りない原因のひとつでもある。
そして義弟は焦っている。義理といえ血の繋がった弟であるレニアスは差はあれどアンダーソンの子として金銭面での支援を受けていた。父から纏まった金額を渡されたようだが、今まで受けていた援助は打ち切られたようだ。加えて与えられたのは父が所有する東部の土地と織物工場を譲り受けたようだ。既に義弟の母はそちらに移ったと聞いたが、彼女では管理しきれないだろうから教育を受けていたことのある義弟がやるしかない。が、まだ東部には移っていない。
父と母親が別れた事も、東部に追いやられる事も気に入らないのだろう。
「あの織物工場の収益はそれなりにある。上手くやればそこから広げる事も出来るだらろう」
「今までは好きな研究員として働き、毎月かなりの金額を浪費されていましら」
「工場自体は最初の道筋を作ればアレがいなくとも回る人材が揃っているはずだ。研究を続ける事は可能だろう」
元々好きで始めたものだったはずだ。それがいつの間にか歪んでいった。
「……サンド商会と、あまり上手くいっていないようです」
「アンダーソンから除籍された訳ではないし、父はそこまでするつもりは無いだろう」
「ですが東部に母君が移られた事で大旦那様との不仲を疑っているのではないかと」
「……アレは何と?」
「話したい事があるので早急に時間を取って欲しいと」
ただでさえ時間が惜しいのに、面倒な。
「断って面倒を起こされても困るな。明日は直ぐにティンバーに戻りたい。すまないが次回以降に調整しておいてくれ」
「かしこまりました」
カップの底に少しだけ残ったコーヒーを飲み、次までに目を通しておけなければならない書類をまとめ、時間を確認しコートを羽織る。
「お送りいたします」
「ああ、頼む」
変わらないやりとりはもう数ヶ月続いている。最初こそ時間が遅い、せめて一晩休息をとうるさかったカールは、何か事が起こってからでは遅いと、護衛代わりになる部下をティンバーまで帯同させることを条件に、今は何も言わずに送り出してくれる。
長い道のりを帯同させるのは申し訳ないと思う気持ちはあるが、正直疲れた身体で1人で帰るのは辛い時もあった。眠りこけ、列車の乗り換えに間に合わないということもなくなった。誰も付き添っていなければ、きっと1度は身ぐるみ剥がされていただろう。いや、最悪、命すらなかったかもしれない。
レイの生活に不満はない。だが、このままの生活は負担が大きく、改善しなければならない。中間地点にあるドゥイドの街に拠点を移すことも考えている。
ティンバーの駅からレイと住んでいる家までは少し距離がある。早い時間に到着すれば乗り合い馬車に乗り、遅ければ時間をかけて徒歩で向かう。
今回はギリギリ最終の乗り合い場所に間に合ったため、それに乗り自宅近くまで移動する。
ともに帰路を歩んでくれた部下を労い、ブルック夫人から借り上げている別の家で休息後帰路に着くようにと鍵を渡した。
私が自宅に入るのは確認した後、彼はきっとその家に向かうのだろう。
今まで住んでいた屋敷とは違い、広さも物も少ない。不便であると感じることもある。これほどまでに誰かと近い距離で生活したのは初めてのことで、最初こそ戸惑う事もあったが、今ではそれが当たり前であり、私にとって必要なものだ。
懐から取り出した鍵を回しドアに手を掛けると、引くより先に扉が開く。
「お帰りなさい」
「ただいま」
笑顔で迎えてくれるレイを抱きしめ、後ろ手に扉を閉めて鍵をかけた。
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