腹ペコ魔王を召喚した話

真咲

文字の大きさ
3 / 6

ジャムバタートースト

しおりを挟む
 恋人にはフラれて、仕事をクビになって、なぜか魔王を召喚してしまって。そんな激動の一日から一夜明けた今、私は割と開き直っていた。
 幸いな事に蓄えはそこそこあったし、両親が遺してくれたこの一軒家があるから、住む所には困らない。
 よく考えたら仕事は半ブラックで、ゆっくり休みも取れなかったし、羽を伸ばすつもりでしばらくはプラプラと好きな事をしてもいいんじゃないかなって。

 呼び出しちゃった魔王について言えば……常識の埒外という事で、深く考えるのをやめた。
 世界を滅ぼす事が出来る存在と、一介のアラサーニート。どうあがいたって太刀打ちできるはずもない。
 それに、今のところ求められているものが食事と寝床という単純なものでもあったから、それだけなら何とかなるのではという気持ちが湧いている。
 部屋もちょうど余ってたし、料理は嫌いじゃないしね。


 でも流石に気になる事が一つだけあって、それだけは魔王に聞いておいた。

「ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」
「ん? なんだ?」
「何で食事を対価に呼ばれてるの?」

 問題はそこだ。その答えによってはちょっと不味い気がする。
 例えば異国の食事を食べることでパワーアップする! とかだとヤバい。今でさえ結構な脅威度がありそうな魔王をさらに強くしちゃったら、私ってばかなりの大罪人になりそうだなーって。

「祖国の食事が不味いからだ。我はグルメでな」
「つまり、美味しいご飯が食べたくて召喚されてると」
「端的に言えばそうなる。この世界の食事が今までで一番だったぞ」

 返ってきたのは、思った以上に切実でくだらない理由だった。グルメな魔王様の舌に昨日の庶民カレーがヒットしたと。ずいぶん安い舌だな、おい。

「そっか……魔王も大変だったんだね」

 あのカレーが一番って。今までの魔王の食生活が、相当ひどい物だったということが窺える。
 呼ばれた先でもっとマシな食事出すところ無かったのかな? それとも、食事を対価に呼ばれる魔王なんて胡散臭くて呼ばれてないだけ?
 まあでも、やっぱり美味しいご飯って偉大だよね。私も半ブラックながらに、いや半ブラックだったからこそかな? 食事だけは美味しいもの食べたくて頑張ってたし。

「じゃあ、朝ごはんにしようか。簡単なものだけど」
「何を作るのだ?」

 朝ごはんにそんなに時間もかけてられないから、いつもはトースト1枚で済ませていた。
 今日は時間はたっぷりあるけれど、いい感じの食材がないから、やっぱりトーストしかできなさそうだ。
 その代わり手作りのいちごジャムがあるから、これを好きなだけ乗せるって事で許してもらおう。

「トーストだよ。ただしバターとジャムたっぷりのやつ!」

 私が台所に向かうと、魔王はちゃぶ台の方に向かって歩き出す。
 手伝ってくれる気は無し、と。いや、簡単だから別に手伝いとかいらないけど。「手伝おうか?」とか聞きもしないし、こういうところはやっぱり王様だよなあ。

 食パンを二枚トースターに乗せて、飲み物を作るためにお湯を沸かす。
 ジャムトーストならコーヒーより紅茶がいいかな。戸棚から茶葉を取り出してポットに入れる。
 それとパンを焼いている間にバターとジャムは先に食卓に出しておこう。


「はい、どうぞ。バターとジャムは好きに使ってね」

 トーストが程よく焼けたところで紅茶と一緒に食卓へ。

「ああ、イタダキマス」
「はい。いただきます」

 ぽんと手を叩いて一緒に食前の挨拶。これだけは律儀だ。

 さて、まずはトーストにバターだけを塗って一口。サクふわのトーストに薄しょっぱいバターの味がたまらない。
 パンはパン屋さんでこだわりの食パンを買ってるから、これだけでも十分に美味しいんだよね。
 そこに、ジャムをたっぷり乗せてからもう一口。バターの塩気と甘いジャムのコンビネーションがたまらない。

「んー。美味し」

 手作りのジャムは、いちごの形をなるべく残す形で作ってあって、コンフィチュール風のやつだ。
 これだけで市販のジャムとはちょっと違って食べ応えがあるし、更にそれを好きなだけパンの上に載せられるのが手作りのいいところ。

「これは……美味いな」

 真似るように食べていた魔王がぽつりとつぶやく。

「でしょう! トーストだけだけど、このジャムのおかげでごちそう朝ごはんだと思うね私は」

 思わず力説してしまう。ジャムバタートーストって単純だけどなんて美味しいんだろう。
 それに朝は甘いもをたっぷり食べても罪悪感が薄いのもいいよね。

「まずこのパンが柔らかくて美味だ」

 パンの食感が気に入ったのか、トーストをかじりながら目を細める魔王。
 私は紅茶を一口飲んで、もう一度トーストのバターだけを塗った部分をかじる。個人的にバターだけとジャムバターの部分を交互に食べるのが好きだ。
 薄しょっぱいのも甘じょっぱいのもどっちも捨てがたいんだよね。
 魔王が言うように土台のパンが美味しいからこそだけどね。そこはパン屋さん様々です。


 魔王? 魔王は遠慮なくたっぷりジャムを乗せたトーストをぱくぱくと食べ進めてますよ。

「それに、このジャムというのも甘くていい」

 甘いものが好きなのか、ジャムを乗せながらうんうんと頷いている。そこまで気に入ってくれて何よりです。

「ふぅ、ごちそうさまでした」
「ゴチソウサマデシタ」

 食後もぎこちなく挨拶を真似てくる。素直だ。
 結局、魔王はトーストをお代わりして、二枚目もぺろりと平らげていた。
 昨日もお代わりしていたけど、よく食べるな魔王。本人も言ってたけど、本当に食に飢えてたんだろうなぁと思ってしまう。

「ホントよく食べるね。魔王」
「なあ、その魔王という呼び方はやめないか。我にも一応名はある」

 不意にそんな事を言われて少し驚いた。魔王は魔王って感じだったからいまいちピンとこない。というか。

「あ、名前で呼んでもいいんだ」

 そう、名前で呼ぶ事を許して貰えるとはと思わなかったのだ。

「急にフランクな口調になっておいて今更だな」
「それは、どうせ一緒に暮らすならって思ったんだけど……。かしこまった口調の方が良かった?」

 確かに口調は砕けたものにしていた。ちょっとだけ怒られるかなとも思ったけど、別に何も言われなかった。一緒に暮らす相手に敬語って息が詰まるし、できればこのままがいい。
 後は、すごい魔王なのはわかってはいても、食事を対価に呼ばれちゃうってところになんか親近感が湧いてしまっていたのだ。食いしん坊だからね、私も。

「別に構わん」
「てか、そんなに簡単に名前で呼ばせていい物なの?」

 そこは気になるところである。よくわかんないけど、名前に縛られる。みたいなやつとかファンタジーでは割とお決まりだし。そもそも魔王だよ? 魔王。そんな偉い人をホイホイ名前で呼しまっていいんだろうか。

「真名でなければ問題はないだろう。そうだな、この世界の言語に合わせるなら……ルイだな。ルイと呼ぶがいい」

 なるほど。呼んではいけない名前もあるらしい。そして、一応呼びやすい名前を考えてくれるみたいだ。てか、考えるほど沢山の名前あるんだ。流石魔王。

「ルイね。わかった」
「で、お前の名は?」

 そこで、私も名乗っていなかったことにやっと気が付く。

「私? 私はユキだよ。今まで通りお前でもいいし、好きに呼んで」

 ま、私の名前なんて割とどうでもいい情報だと思いますけどね。一応教えておこう。

「ああ、よろしくユキ」

 私の名前を呼びながらふっとルイが笑う。
 そのキラキラしい笑顔に私は思わず固まってしまった。美形の笑顔って破壊力がすごい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...