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10歳 その3
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「ああ、あまりにも急な話だったかな。ごめんね」
ベッド脇の椅子に腰掛け直しながら、リチャード様――殿下は緩く頭を下げた。
「ただ、婚約の話は既に進んでしまっているから……今から撤回するのは難しいんだ」
「え?」
そんな言葉に私は再びぽかんと口を開けてしまう。はしたないとはわかっていても、あまりの展開にどうしてもそんな表情を取らざるを得ない。
つまりは私が意識を失っている間に、勝手に婚約話が進められていたという事なんだろう。貴族として生まれた以上、嫁ぎ先を自分で決めるのが難しい事はわかっていたが、これはあまりに性急すぎやしないだろうか。
王家としては旨味のない婚約の上、殿下は12歳、私は10歳。本来であれば両家とも利益や相性などを考えた上で、時間をかけて色々な縁談を吟味してから婚約となるのが通常であるはず。
「先ほども告げたと思うが、母上とシュタットフェルト伯爵夫人は私達を結婚させたがっているからね。その傷は君にとっては辛い事だというのに……良い口実が出来たとばかりに根回しを進めているみたいなんだ」
「は、はぁ……」
苦笑しながら事情を説明してくれる殿下に、私は大層間抜けな返事を返すことしかできなかった。
王妃様もお母様も年頃の娘の顔の傷を自分達の望む結婚の口実にしてしまうのって、ちょっとひどいと思うんだけど。
でも、顔に傷跡が残ることにより嫁の貰い手が明らかに減ってしまうのは事実だし、その中で最良の相手――というか傷があってもなくても王子妃というのは最高の立場だろう。を用意してくれているのは、お母様の親心から来るものなのかもしれない。
まあ、どちらかといえば私の子供と幼馴染の子供が結婚したら素敵! という夢に向けて奔走している気がしないでもないけれど。
ただ、どんな思惑があろうとも王妃様とお母様が結託して進めている上に、もっともらしい理由があるとなればこの婚約は無事に成るのだろう。
私と殿下の気持ちが少々置いてけぼりな気もするが、関係性は兄妹のようであれ、仲良くしていることは事実であるし、結婚するにあたって二人の相性には問題がないと取られているに違いない。
つまり、リチャード様への恋心によってぐちゃぐちゃと色々な事を考えた挙句、結局ずるい逃げの手を取ろうとした私の抵抗は全くもって意味をなさなかったという事だ。
これって所謂ゲームの強制力ってやつなのかなぁ……。なんて、そんな取り留めのない事すら考えてしまう。
もしかすると、ライバルキャラの存在が無いとリチャード様とヒロインの関係は上手くいかないのかもしれない。
確かに一度ヒロインを突き放したからこそ、どれだけ深い愛情を持っているかに気が付いた。みたいなエピソードもあったはずだ。
結局のところ、私はリチャード様の婚約者でライバルキャラというポジションに収まる運命なんだろう。
「でも、殿下のせいではありませんのに……」
それでも、本当にこの立場に収まってしまっていいのだろうか。という葛藤は消えない。
私はいい。現世の私も前世の私も殿下の事が大好きだ。
前世の記憶から婚約に関してぐだぐだ悩んでしまっていたけれど、結局は推しの婚約者になれるなんて飛び跳ねたいくらいに嬉しい出来事である事は否定しない。
でも、殿下の好意は私とは違う。あくまで妹のように慈しんでくれているだけなのだ。今までもこれから先も。
それを知っているからこそ、責任を取るようなこの婚約が殿下の幸せに繋がるとはどうしても思えない。
「言っただろう? 傷の事は関係なしに私は君の事を好いているよ。エイミー嬢。だからこの婚約も嬉しく思っている」
互いの視線が合うようにそっと私の頬に手のひらを添えた殿下の瞳は、真っ直ぐにこちらを捉えている。
見つめ合ったまま真摯な表情で告げられたその言葉に、私の顔はあっという間に真っ赤になっていった。
推しに! 推しに好きだって言われた。
しかもゲーム中では見ることの出来ないやや幼い姿で。私だけに向けてそんな事を言われたものだから破壊力は抜群だ。少年時代も素敵ですリチャード様! ああ、もう。尊すぎて泣きそう。
駄目だ。推しからこんな甘いシチュエーションを与えられたら、どうしたって前世の私としての感情が抑えきれなくなるに決まってる。
その上、未だに頬にはリチャード様の手が添えられたままなのだ。これだけだって刺激が強すぎる。あまりのドキドキに心臓が持ちそうにない。
落ち着け、落ち着くのよ私。これはあくまで妹のように好いてくれているという意味だ。そう、妹のように。間違えるな。
「……わかりましたわ、殿下。婚約のお話お受けいたします」
それでも動悸は収まらないし、未だに私の顔は真っ赤なままに違いない。
あまりにも恥ずかしくて、目を合わせ続ける事なんてできなくて。うつむきがちにそんな言葉を返すのが今の私の精一杯だった。
どんな意図であれ、殿下が私と婚約することを嬉しいと思ってくれるなら。私はそれに対して首を横に振る事なんてしたくはない。
大丈夫。いざというときに身を引く覚悟はできている。リチャード様がヒロインと結ばれる事を望むのなら精一杯応援してみせる。
私の願いはあくまでも殿下が幸せになってくれる事。それさえ忘れなければきっと大丈夫だ。
ベッド脇の椅子に腰掛け直しながら、リチャード様――殿下は緩く頭を下げた。
「ただ、婚約の話は既に進んでしまっているから……今から撤回するのは難しいんだ」
「え?」
そんな言葉に私は再びぽかんと口を開けてしまう。はしたないとはわかっていても、あまりの展開にどうしてもそんな表情を取らざるを得ない。
つまりは私が意識を失っている間に、勝手に婚約話が進められていたという事なんだろう。貴族として生まれた以上、嫁ぎ先を自分で決めるのが難しい事はわかっていたが、これはあまりに性急すぎやしないだろうか。
王家としては旨味のない婚約の上、殿下は12歳、私は10歳。本来であれば両家とも利益や相性などを考えた上で、時間をかけて色々な縁談を吟味してから婚約となるのが通常であるはず。
「先ほども告げたと思うが、母上とシュタットフェルト伯爵夫人は私達を結婚させたがっているからね。その傷は君にとっては辛い事だというのに……良い口実が出来たとばかりに根回しを進めているみたいなんだ」
「は、はぁ……」
苦笑しながら事情を説明してくれる殿下に、私は大層間抜けな返事を返すことしかできなかった。
王妃様もお母様も年頃の娘の顔の傷を自分達の望む結婚の口実にしてしまうのって、ちょっとひどいと思うんだけど。
でも、顔に傷跡が残ることにより嫁の貰い手が明らかに減ってしまうのは事実だし、その中で最良の相手――というか傷があってもなくても王子妃というのは最高の立場だろう。を用意してくれているのは、お母様の親心から来るものなのかもしれない。
まあ、どちらかといえば私の子供と幼馴染の子供が結婚したら素敵! という夢に向けて奔走している気がしないでもないけれど。
ただ、どんな思惑があろうとも王妃様とお母様が結託して進めている上に、もっともらしい理由があるとなればこの婚約は無事に成るのだろう。
私と殿下の気持ちが少々置いてけぼりな気もするが、関係性は兄妹のようであれ、仲良くしていることは事実であるし、結婚するにあたって二人の相性には問題がないと取られているに違いない。
つまり、リチャード様への恋心によってぐちゃぐちゃと色々な事を考えた挙句、結局ずるい逃げの手を取ろうとした私の抵抗は全くもって意味をなさなかったという事だ。
これって所謂ゲームの強制力ってやつなのかなぁ……。なんて、そんな取り留めのない事すら考えてしまう。
もしかすると、ライバルキャラの存在が無いとリチャード様とヒロインの関係は上手くいかないのかもしれない。
確かに一度ヒロインを突き放したからこそ、どれだけ深い愛情を持っているかに気が付いた。みたいなエピソードもあったはずだ。
結局のところ、私はリチャード様の婚約者でライバルキャラというポジションに収まる運命なんだろう。
「でも、殿下のせいではありませんのに……」
それでも、本当にこの立場に収まってしまっていいのだろうか。という葛藤は消えない。
私はいい。現世の私も前世の私も殿下の事が大好きだ。
前世の記憶から婚約に関してぐだぐだ悩んでしまっていたけれど、結局は推しの婚約者になれるなんて飛び跳ねたいくらいに嬉しい出来事である事は否定しない。
でも、殿下の好意は私とは違う。あくまで妹のように慈しんでくれているだけなのだ。今までもこれから先も。
それを知っているからこそ、責任を取るようなこの婚約が殿下の幸せに繋がるとはどうしても思えない。
「言っただろう? 傷の事は関係なしに私は君の事を好いているよ。エイミー嬢。だからこの婚約も嬉しく思っている」
互いの視線が合うようにそっと私の頬に手のひらを添えた殿下の瞳は、真っ直ぐにこちらを捉えている。
見つめ合ったまま真摯な表情で告げられたその言葉に、私の顔はあっという間に真っ赤になっていった。
推しに! 推しに好きだって言われた。
しかもゲーム中では見ることの出来ないやや幼い姿で。私だけに向けてそんな事を言われたものだから破壊力は抜群だ。少年時代も素敵ですリチャード様! ああ、もう。尊すぎて泣きそう。
駄目だ。推しからこんな甘いシチュエーションを与えられたら、どうしたって前世の私としての感情が抑えきれなくなるに決まってる。
その上、未だに頬にはリチャード様の手が添えられたままなのだ。これだけだって刺激が強すぎる。あまりのドキドキに心臓が持ちそうにない。
落ち着け、落ち着くのよ私。これはあくまで妹のように好いてくれているという意味だ。そう、妹のように。間違えるな。
「……わかりましたわ、殿下。婚約のお話お受けいたします」
それでも動悸は収まらないし、未だに私の顔は真っ赤なままに違いない。
あまりにも恥ずかしくて、目を合わせ続ける事なんてできなくて。うつむきがちにそんな言葉を返すのが今の私の精一杯だった。
どんな意図であれ、殿下が私と婚約することを嬉しいと思ってくれるなら。私はそれに対して首を横に振る事なんてしたくはない。
大丈夫。いざというときに身を引く覚悟はできている。リチャード様がヒロインと結ばれる事を望むのなら精一杯応援してみせる。
私の願いはあくまでも殿下が幸せになってくれる事。それさえ忘れなければきっと大丈夫だ。
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