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第五章 遠征する物語とハッピーエンド
朱雀門の鬼と手ごねパン(その3) ※全4部
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◇◇◇◇
「ああ見えて死体の継ぎ合わせは結構な技術が要るのだ。骨だけでなく、血管や神経のつなぎ合わせが必要なのだが、その太さや相性、血を通わせた時の膨らみを計算に入れてだな……」
朱雀門の鬼さんがゾンビメイキングについて高説を述べていらっしゃいますが、さすがに人間の世界には死体継ぎの競技はありません。
死体を玩ぶという行為はかなりの禁忌なのです。
「まあ、私も死体のパッチワークが得意ではあるが、好きなわけではないな。あんな事をしても称賛を浴びるわけでもないからな」
「そ、そうですか……それは良かったです」
あたしは胸をなでおろす。
でも、ひとつわかった事がある。
朱雀門の鬼さんは”喝采願望”や”承認欲求”が強いんだ。
それも良い方向での。
誰かに褒められる、称賛を受ける、優れた技で人間を魅了する。
そして、その道の猛者に打ち勝って、自らも達成感を得る。
戦や暴力のような誰かが悲しむような方法ではない、負けた方にも充足感があるようなそんな競技を望んでいるスポーツマンや芸術家タイプ。
だけど実力が足りず、勝利が手に入らない……
うーん、そんな朱雀門の鬼さんが勝てそうなゲームなんてあったかしら。
得意技は”死体のパッチワーク”……つまり立体造形系よね。
でも、あたしはゲームは専門外、ここは頼れる友人のアスカに聞いてみましょっと。
あたしはスマホをポチポチと操作し、アスカにメッセージを送る。
『これこれこんなわけで、朱雀門の鬼さんにピッタリのゲームを教えて』っと、送信!
ピコン!
はやっ!? もう返事が返ってきた!
『また難儀な事に巻き込まれているわね。いいわ、そんなあなたにピッタリなゲームは……』
そこに記されていたのは、とあるボドゲとその説明動画。
ふんふん……なるほど! これならバッチリ!
「ありました! 朱雀門の鬼さんにピッタリのゲームが!」
「ほほう! それは何かな娘さん!?」
「これです! ”バルバロッサ”!」
あたしがボドゲの山から取り出したのはベージュ色の箱。
その箱には現代アートにも似たオブジェが描かれていた。
◇◇◇◇
「はーい、それじゃあ、みんなで楽しくボードゲームを始めますよー」
ここは最近流行の兆しが見え始めたボドゲカフェ。
その名の通り、ボードゲームを楽しめるカフェだ。
「今日は、この朱雀お兄さんと一緒に”バルバロッサ”で遊びましょー!」
そして、ボドゲカフェでは子供たちにボドゲの楽しさを知ってもらうイベントもよく開かれる。
あたしと朱雀門の鬼さんもそのインストラクターとして参加させてもらってる。
このお店はアスカから紹介してもらったお店。
『まったく、難儀な事に巻き込まれているわね』
そうアスカは言っていたけど、あたしの作戦を聞くと『なにそれ! 面白そう!』ってノリノリで協力してくれた。
「じゃあ、この”バルバロッサ”のルールはわかったかなー!」
「「「はーい!」」」」
子供たちの無邪気な返事が聞こえる。
”バルバロッサ”は粘土をこねこねして楽しく遊ぶボードゲーム。
相手が粘土作ったオブジェに対し、何を作ったのかを当てるゲームなの。
このゲームのキモは、造形が上手すぎても下手すぎてもダメって所。
見事な出来前で早く当てられてもダメ。
見た目で全然わからないほど正解から遠う物と作ってもダメ。
当てられた順番が全員の中で真ん中くらいが最も勝利点が高い。
普通なら、当てやすくもなく難解過ぎず、ちょうどいいレベルの物を作るのがこのゲームの定石。
だけど、あたしが朱雀門の鬼さんに授けた策は違う。
「うわー、朱雀のお兄ちゃんすごーい!」
「はっはっはっ、どうだすごいだろう」
『死体のパッチワークで鍛えた腕を最大限に発揮して下さい』って頼んだの。
朱雀門の鬼さんはそれに『あいわかった』と返事をした。
バルバロッサには粘土で作る物のルールが2つある。
1つ目は『愛』『哲学』『勝利』といった形の無い物はダメ。
そして2つ目は、『国語辞典に載っている物じゃないとダメ』ってルール。
そりゃ特定の人しか楽しめないキャラクター物を作られても困りますしね。
だけど、今、朱雀門の鬼さんが作ったのは……猿の顔、狸の胴体、虎の足、そして蛇の尾をもつ”あやかし”、鵺。
それもかなり緻密で迫力のある、まるで鵺を見た事があるような生き生きとした姿。
いや、本当に見た事があるのかもしれまません。
そりゃま、鵺は国語辞典に載ってますけど!
これじゃ、子供たちが当てられないじゃないですか!
最後まで当てられないと勝利点にマイナスが付いちゃいますよ。
「これってあれだよねー」
そう言いながら少年は紙を朱雀門の鬼さんに渡す。
バルバロッサでは紙に正解の予想を書いて渡す、それが正解だったら『正解』と言って、間違ってたら『不正解』というゲーム。
口にして正解を言うのではなく、紙に書いて相手に渡して確認してもらうの。
「あちゃー、当てられたかー」
そう言って、朱雀門の鬼さんが頭を叩く。
当てられた!?
「最近の子は妖怪好きな子が多いからね。あれだけ見事に特徴を捉えていれば、知っている子なら簡単にわかるさ」
あたしの隣でボドゲカフェの店員さんが、あたしの心の疑問に答えてくれた。
そーなのかー、ま、男の子は妖怪が大好きだもんね。
まあ、この段階では勝敗はそんなに重要じゃない。
重要なのは……こっちの方。
「で、撮影の方はどうですか?」
「バッチリです! 子供の顔は後でボカシを入れますね」
あたしはお店の人の許可を取って、この対決を撮影している。
理由は、後で動画サイトにアップするため。
あたしのスマホの中には、そこには朱雀門の鬼さんが作った次のゲームでは壊されてしまうのが惜しいほどの作品が撮影されていた。
「えー、なんでこれが菅原道真なのさー!? 鬼じゃないの!?」
「いやいや、これはあやつが鬼になって藤原のやつを殺した時の姿だぞ。知らんのか!?」
「わかんないよ、そんなのー!」
結局最後まで朱雀門の鬼さんは負けたり勝ったり負けたりしていた。
そりゃ北野天神縁起絵巻に載っているような、菅原道真(鬼Ver)なんて流石にマニアック過ぎると思います。
◇◇◇◇
「お疲れさまでした、いやー、想像以上の技前でしたよ」
死体のパッチワークが得意なら粘土細工も得意じゃないかと思ったけど、朱雀門の鬼さんの腕は想像以上。
鵺だけでなく、羽根の細部までこだわった天狗、雲を駆ける姿までありありと造られた鬼、そのどれもが息を飲む出来栄え。
「ま、これくらいは簡単だ。しかし娘さんや、これでお主の言う猛者が釣れるのか? 今日の私は子供相手に大人げないゲームをしているようにしか見えないぞ」
そう、朱雀門の鬼さんの目的は”その道の猛者”を倒す事。
小学生相手に全力を出してイキがる痛い大人になる事じゃない。
いやまあ、勝ってもいないんですけど。
「そこは大丈夫です。ほら、バッチリ!」
そう言ってあたしはPCの画面を朱雀門の鬼さんに見せる。
それは今日のバルバロッサのプレイと作品の投稿動画。
「見て下さい! このコメントの嵐!」
===========================================
「あの粘土作品を見た? ひとりだけレベルが違くない!?」
「なんだよあの朱雀って親父は!? やっべぇぞ、あの腕」
「あの三味線を弾く猫又のやつとか、毛並みまで見えるようだぜ!」
「安倍晴明とか、偉人系のやつは卑怯だろ、国語辞典に載ってるけど」
「でもあれって、言われてみればあの偉人だってわかるわよ」
「というか、文化財の絵巻物に似せて立体化してるだろ! わかれよ!」
「わっかんねぇよ! レベルたけぇな」
「あいつ、どこかのスーパー造形師じゃね?」
「やべえ……バルバロッサのガチ勢だ」
「おいおい、対戦者募集だってよ」
===========================================
「ほほう、これはこれは、嬉しいのぉ」
朱雀門の鬼さんが顔をにやけさせる。
だって、このコメントの数々は朱雀門の鬼さんの粘土作品を称賛する内容で大半が埋まっているんですもの。
動画の再生回数も”いいね!”も急上昇!
「この分なら、3日後には現れますよ」
「ほほう、それは私の求める猛者か!?」
「ええ、人類の叡智……、いや今回は人類の阿呆がやってきますよ!」
◇◇◇◇
「御免」
「邪魔をする」
「ヒア、カムズア、ニュー、チャレンジャー!」
夏休みボドゲで遊ぼうの会、2日目、その阿呆たちはあたしの予想よりも早く現れました。
「あれは!?」
「知っているのですか? 店員さん」
「ええ、あれは『現代彫刻の豪』『新鋭仏師の翔』『ガレキの該』です。こんな大物造形師が現れるなんて……」
そして、彼らの後ろには付き人がひとり。
ふっふっふっ、あたしの予想通りの展開だわ。
「ここに子供相手の遊戯で大人げない真似をしている男がいると聞いてな」
「いたいけな少年少女を叩きのめすなど鬼の所業」
「我らが天誅を下しに来たというわけよ」
訪れた3人はそう朱雀門の鬼さんに語り掛ける。
付き人さんへのカメラ目線で……
「ほほう、これは中々の猛者たち……よかろう! ならば”バルバロッサ”で勝負だ!」
そして同じく朱雀門の鬼さんもカメラ目線でそれに応える。
そう、あたしたちがやっているのは動画サイトへの投稿。
彼らはその面白い動画を配信して、その広告料でお金を稼ぐ、いわゆる“You Me Tuber(夢チューバ)”と呼ばれる人たちなのです。
子供たちにも大人気! 小学生の将来なりたい職業にもランクイン!
それが新進気鋭の職業”You Me Tuber”!
そして、朱雀門の鬼さんと彼らの造形対決は始まったのです。
「ほほう、この独鈷は……帝釈天!」
「こいつは簡単すぎるな東京タワーとみせかけた大阪タワー!」
「なんと! 八岐大蛇にみせかけたヒュドラであったか!」
「これは……ピカチ〇ウは辞書に載ってないからポケ〇ン!」
あたしたちの目の前でレベルの高い戦いが繰り広げられています。
細微に渡って念入りに作られた仏像もあれば、かつての大阪のシンボル、首が大量にある蛇の”あやかし”、著作権ギリギリを攻めた作品まで、その腕前は見事なもの。
しかも、造形はわかりやすいのに答えはわかりにくいといったゲームへの勝利も皆さん忘れていません。
『すげえ……大人気しかないバルバロッサだ』
生配信中のコメントも驚嘆と称賛のコメント一色。
その実力は伯仲で、4戦しても誰が1位なのかは明確になりません。
「やるではないか、大人げない大人たち」
「ここまでは互角といった所か」
「ならば、次のゲームで勝敗を決めようぞ」
「こういった猛者を倒してこそ私の株も上がるというもの」
そして、ここからがラストゲーム。
「みなさん、スゴイ腕ですね。さて、最後のゲームについて提案ですが、粘土もへたってきましたので、新しい粘土に替えて勝負としませんか? 特製の”こむぎねんど”をご用意しています」
明るい声であたしがカメラにフレームインして言う。
「かまわぬよ」
「一流は素材を選ばぬ」
「どんな粘土でも俺が見事に料理してやるぜ!」
「ほほう、特製の”こむぎねんど”とはどんな物かな?」
「えへへ、それは……これでーす!」
みなさんの賛同を得たので、あたしはうきうきと特製”こむぎねんど”を持ってくる。
「さあみなさん! 手を綺麗に洗ってくださーい」
それは、キラキラと光る金属のボウルの中で、ふんわりまるまるとやわらかいポヨポヨした白い塊。
ラップを取るとイーストを含んだ特徴のある匂いが漂う。
「これは”こむぎねんど”じゃなく、”こむぎそのもの”じゃねーか!」
「そうでーす、これは焼く前のパン生地でーす!」
「ああ見えて死体の継ぎ合わせは結構な技術が要るのだ。骨だけでなく、血管や神経のつなぎ合わせが必要なのだが、その太さや相性、血を通わせた時の膨らみを計算に入れてだな……」
朱雀門の鬼さんがゾンビメイキングについて高説を述べていらっしゃいますが、さすがに人間の世界には死体継ぎの競技はありません。
死体を玩ぶという行為はかなりの禁忌なのです。
「まあ、私も死体のパッチワークが得意ではあるが、好きなわけではないな。あんな事をしても称賛を浴びるわけでもないからな」
「そ、そうですか……それは良かったです」
あたしは胸をなでおろす。
でも、ひとつわかった事がある。
朱雀門の鬼さんは”喝采願望”や”承認欲求”が強いんだ。
それも良い方向での。
誰かに褒められる、称賛を受ける、優れた技で人間を魅了する。
そして、その道の猛者に打ち勝って、自らも達成感を得る。
戦や暴力のような誰かが悲しむような方法ではない、負けた方にも充足感があるようなそんな競技を望んでいるスポーツマンや芸術家タイプ。
だけど実力が足りず、勝利が手に入らない……
うーん、そんな朱雀門の鬼さんが勝てそうなゲームなんてあったかしら。
得意技は”死体のパッチワーク”……つまり立体造形系よね。
でも、あたしはゲームは専門外、ここは頼れる友人のアスカに聞いてみましょっと。
あたしはスマホをポチポチと操作し、アスカにメッセージを送る。
『これこれこんなわけで、朱雀門の鬼さんにピッタリのゲームを教えて』っと、送信!
ピコン!
はやっ!? もう返事が返ってきた!
『また難儀な事に巻き込まれているわね。いいわ、そんなあなたにピッタリなゲームは……』
そこに記されていたのは、とあるボドゲとその説明動画。
ふんふん……なるほど! これならバッチリ!
「ありました! 朱雀門の鬼さんにピッタリのゲームが!」
「ほほう! それは何かな娘さん!?」
「これです! ”バルバロッサ”!」
あたしがボドゲの山から取り出したのはベージュ色の箱。
その箱には現代アートにも似たオブジェが描かれていた。
◇◇◇◇
「はーい、それじゃあ、みんなで楽しくボードゲームを始めますよー」
ここは最近流行の兆しが見え始めたボドゲカフェ。
その名の通り、ボードゲームを楽しめるカフェだ。
「今日は、この朱雀お兄さんと一緒に”バルバロッサ”で遊びましょー!」
そして、ボドゲカフェでは子供たちにボドゲの楽しさを知ってもらうイベントもよく開かれる。
あたしと朱雀門の鬼さんもそのインストラクターとして参加させてもらってる。
このお店はアスカから紹介してもらったお店。
『まったく、難儀な事に巻き込まれているわね』
そうアスカは言っていたけど、あたしの作戦を聞くと『なにそれ! 面白そう!』ってノリノリで協力してくれた。
「じゃあ、この”バルバロッサ”のルールはわかったかなー!」
「「「はーい!」」」」
子供たちの無邪気な返事が聞こえる。
”バルバロッサ”は粘土をこねこねして楽しく遊ぶボードゲーム。
相手が粘土作ったオブジェに対し、何を作ったのかを当てるゲームなの。
このゲームのキモは、造形が上手すぎても下手すぎてもダメって所。
見事な出来前で早く当てられてもダメ。
見た目で全然わからないほど正解から遠う物と作ってもダメ。
当てられた順番が全員の中で真ん中くらいが最も勝利点が高い。
普通なら、当てやすくもなく難解過ぎず、ちょうどいいレベルの物を作るのがこのゲームの定石。
だけど、あたしが朱雀門の鬼さんに授けた策は違う。
「うわー、朱雀のお兄ちゃんすごーい!」
「はっはっはっ、どうだすごいだろう」
『死体のパッチワークで鍛えた腕を最大限に発揮して下さい』って頼んだの。
朱雀門の鬼さんはそれに『あいわかった』と返事をした。
バルバロッサには粘土で作る物のルールが2つある。
1つ目は『愛』『哲学』『勝利』といった形の無い物はダメ。
そして2つ目は、『国語辞典に載っている物じゃないとダメ』ってルール。
そりゃ特定の人しか楽しめないキャラクター物を作られても困りますしね。
だけど、今、朱雀門の鬼さんが作ったのは……猿の顔、狸の胴体、虎の足、そして蛇の尾をもつ”あやかし”、鵺。
それもかなり緻密で迫力のある、まるで鵺を見た事があるような生き生きとした姿。
いや、本当に見た事があるのかもしれまません。
そりゃま、鵺は国語辞典に載ってますけど!
これじゃ、子供たちが当てられないじゃないですか!
最後まで当てられないと勝利点にマイナスが付いちゃいますよ。
「これってあれだよねー」
そう言いながら少年は紙を朱雀門の鬼さんに渡す。
バルバロッサでは紙に正解の予想を書いて渡す、それが正解だったら『正解』と言って、間違ってたら『不正解』というゲーム。
口にして正解を言うのではなく、紙に書いて相手に渡して確認してもらうの。
「あちゃー、当てられたかー」
そう言って、朱雀門の鬼さんが頭を叩く。
当てられた!?
「最近の子は妖怪好きな子が多いからね。あれだけ見事に特徴を捉えていれば、知っている子なら簡単にわかるさ」
あたしの隣でボドゲカフェの店員さんが、あたしの心の疑問に答えてくれた。
そーなのかー、ま、男の子は妖怪が大好きだもんね。
まあ、この段階では勝敗はそんなに重要じゃない。
重要なのは……こっちの方。
「で、撮影の方はどうですか?」
「バッチリです! 子供の顔は後でボカシを入れますね」
あたしはお店の人の許可を取って、この対決を撮影している。
理由は、後で動画サイトにアップするため。
あたしのスマホの中には、そこには朱雀門の鬼さんが作った次のゲームでは壊されてしまうのが惜しいほどの作品が撮影されていた。
「えー、なんでこれが菅原道真なのさー!? 鬼じゃないの!?」
「いやいや、これはあやつが鬼になって藤原のやつを殺した時の姿だぞ。知らんのか!?」
「わかんないよ、そんなのー!」
結局最後まで朱雀門の鬼さんは負けたり勝ったり負けたりしていた。
そりゃ北野天神縁起絵巻に載っているような、菅原道真(鬼Ver)なんて流石にマニアック過ぎると思います。
◇◇◇◇
「お疲れさまでした、いやー、想像以上の技前でしたよ」
死体のパッチワークが得意なら粘土細工も得意じゃないかと思ったけど、朱雀門の鬼さんの腕は想像以上。
鵺だけでなく、羽根の細部までこだわった天狗、雲を駆ける姿までありありと造られた鬼、そのどれもが息を飲む出来栄え。
「ま、これくらいは簡単だ。しかし娘さんや、これでお主の言う猛者が釣れるのか? 今日の私は子供相手に大人げないゲームをしているようにしか見えないぞ」
そう、朱雀門の鬼さんの目的は”その道の猛者”を倒す事。
小学生相手に全力を出してイキがる痛い大人になる事じゃない。
いやまあ、勝ってもいないんですけど。
「そこは大丈夫です。ほら、バッチリ!」
そう言ってあたしはPCの画面を朱雀門の鬼さんに見せる。
それは今日のバルバロッサのプレイと作品の投稿動画。
「見て下さい! このコメントの嵐!」
===========================================
「あの粘土作品を見た? ひとりだけレベルが違くない!?」
「なんだよあの朱雀って親父は!? やっべぇぞ、あの腕」
「あの三味線を弾く猫又のやつとか、毛並みまで見えるようだぜ!」
「安倍晴明とか、偉人系のやつは卑怯だろ、国語辞典に載ってるけど」
「でもあれって、言われてみればあの偉人だってわかるわよ」
「というか、文化財の絵巻物に似せて立体化してるだろ! わかれよ!」
「わっかんねぇよ! レベルたけぇな」
「あいつ、どこかのスーパー造形師じゃね?」
「やべえ……バルバロッサのガチ勢だ」
「おいおい、対戦者募集だってよ」
===========================================
「ほほう、これはこれは、嬉しいのぉ」
朱雀門の鬼さんが顔をにやけさせる。
だって、このコメントの数々は朱雀門の鬼さんの粘土作品を称賛する内容で大半が埋まっているんですもの。
動画の再生回数も”いいね!”も急上昇!
「この分なら、3日後には現れますよ」
「ほほう、それは私の求める猛者か!?」
「ええ、人類の叡智……、いや今回は人類の阿呆がやってきますよ!」
◇◇◇◇
「御免」
「邪魔をする」
「ヒア、カムズア、ニュー、チャレンジャー!」
夏休みボドゲで遊ぼうの会、2日目、その阿呆たちはあたしの予想よりも早く現れました。
「あれは!?」
「知っているのですか? 店員さん」
「ええ、あれは『現代彫刻の豪』『新鋭仏師の翔』『ガレキの該』です。こんな大物造形師が現れるなんて……」
そして、彼らの後ろには付き人がひとり。
ふっふっふっ、あたしの予想通りの展開だわ。
「ここに子供相手の遊戯で大人げない真似をしている男がいると聞いてな」
「いたいけな少年少女を叩きのめすなど鬼の所業」
「我らが天誅を下しに来たというわけよ」
訪れた3人はそう朱雀門の鬼さんに語り掛ける。
付き人さんへのカメラ目線で……
「ほほう、これは中々の猛者たち……よかろう! ならば”バルバロッサ”で勝負だ!」
そして同じく朱雀門の鬼さんもカメラ目線でそれに応える。
そう、あたしたちがやっているのは動画サイトへの投稿。
彼らはその面白い動画を配信して、その広告料でお金を稼ぐ、いわゆる“You Me Tuber(夢チューバ)”と呼ばれる人たちなのです。
子供たちにも大人気! 小学生の将来なりたい職業にもランクイン!
それが新進気鋭の職業”You Me Tuber”!
そして、朱雀門の鬼さんと彼らの造形対決は始まったのです。
「ほほう、この独鈷は……帝釈天!」
「こいつは簡単すぎるな東京タワーとみせかけた大阪タワー!」
「なんと! 八岐大蛇にみせかけたヒュドラであったか!」
「これは……ピカチ〇ウは辞書に載ってないからポケ〇ン!」
あたしたちの目の前でレベルの高い戦いが繰り広げられています。
細微に渡って念入りに作られた仏像もあれば、かつての大阪のシンボル、首が大量にある蛇の”あやかし”、著作権ギリギリを攻めた作品まで、その腕前は見事なもの。
しかも、造形はわかりやすいのに答えはわかりにくいといったゲームへの勝利も皆さん忘れていません。
『すげえ……大人気しかないバルバロッサだ』
生配信中のコメントも驚嘆と称賛のコメント一色。
その実力は伯仲で、4戦しても誰が1位なのかは明確になりません。
「やるではないか、大人げない大人たち」
「ここまでは互角といった所か」
「ならば、次のゲームで勝敗を決めようぞ」
「こういった猛者を倒してこそ私の株も上がるというもの」
そして、ここからがラストゲーム。
「みなさん、スゴイ腕ですね。さて、最後のゲームについて提案ですが、粘土もへたってきましたので、新しい粘土に替えて勝負としませんか? 特製の”こむぎねんど”をご用意しています」
明るい声であたしがカメラにフレームインして言う。
「かまわぬよ」
「一流は素材を選ばぬ」
「どんな粘土でも俺が見事に料理してやるぜ!」
「ほほう、特製の”こむぎねんど”とはどんな物かな?」
「えへへ、それは……これでーす!」
みなさんの賛同を得たので、あたしはうきうきと特製”こむぎねんど”を持ってくる。
「さあみなさん! 手を綺麗に洗ってくださーい」
それは、キラキラと光る金属のボウルの中で、ふんわりまるまるとやわらかいポヨポヨした白い塊。
ラップを取るとイーストを含んだ特徴のある匂いが漂う。
「これは”こむぎねんど”じゃなく、”こむぎそのもの”じゃねーか!」
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