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分裂のトルコネ編
第118話 託された者
しおりを挟む岩場の陰で簡単な寝床を用意し、焚き火を囲んだ。
リキッドは手慣れた様子で迅速かつ優雅に動き、戸惑うツグルへと的確な指示をした。
おそらく、野宿の経験が豊富なのだろう。
リキッド「さて、話の続きをしようか」
ツグル「俺を怪物にした理由を聞きたい」
リキッド「そうだな、それを話す前にマイケルの過去を知る必要がある。ツグルはマイケルをどこまで知っている?」
ツグルは幼少期の記憶を慎重に蘇らせた。
ツグル「父さんは旅商人で、セレスティア様からも気に入られていた。俺と父さんはよくグレイス城に出入りしていた。父さんは仕入れのためによくいなくなった。だから父さんとの思い出はあまり多くはないんだ」
リキッド「そうか、旅商人か。真実を教えよう、マイケルは無の神に雇われていた科学者だった」
ツグル「、、、、もう何も驚かないことにするよ、続けてくれ」
リキッド「ふっ、その方が身のためだな。無の空間には何人もの優秀な科学者達がいる、もちろん彼らは色んな大陸からかき集められた者達だ。彼らは無の神の魔力を使って、魔法や魔器具を開発しているらしい。マイケルもその一人だった」
ツグル「そんなこと、聞いたことがない」
リキッド「俺以外、誰も知らない事実だからな。ツグル、お前は母親を見たことがあるか?」
ツグルは首を横に振った。
リキッド「お前の母親も、無の空間にいる科学者だったそうだ」
ツグル「もはや何を言われても驚かないよ、続けてくれ」
リキッド「そうか、遠慮なく続けさせてもらうよ」
リキッドはコーヒーを飲み、一呼吸おいて話し始めた。
リキッド「二人は恋に落ち、子宝に恵まれた、それがお前だ、ツグル」
ツグル「、、、まぁ、そうだろうね」
リキッド「無の神に仕えている者達だ、帰る場所はあれど、普通の生活など出来るわけがなかった。ツグルの存在は無の神に隠しながら育てた。ある時、無の神が科学者達の能力の低さに苛立ち、有能な者以外を虐殺したそうだ。その時に、お前の母親は殺されてしまったらしい。。。残された科学者達は無の神に怯え、より一層開発に励んだ。だがマイケルだけは違った。そもそも無の神に協力していたのは戦争が絶えないこの世界をより良くするためだった。しかし逆だったんだ、こんなモンスターを野放しにしてはいけない、マイケルはそう思った。だが、相手は神だ。神を倒すことなんて出来るのだろうか、それからマイケルは、まず無の神に認めてもらうことで多少の自由を手にし、お前との時間を作った。ツグルの記憶にある父との時間は、マイケルが妻の死を悲しみながらも必死に作った、貴重な時間なんだ」
ツグル「、、、、、、そうだったのか」
確かに、父との思い出はほとんどなかった。
足速な父の後ろをついていくのが精一杯だったことをよく覚えている。
あの時間は、父が無の神からもぎ取った、僅かながらも最高のプレゼントだったことを知り、ツグルは目頭が熱くなった。
リキッド「ようやく本題に入れる。お前を怪物にした理由だが、それは、お前を助けるためだ」
ツグル「詳しく聞かせてくれ」
リキッド「助けると言ったが、そこには二つの意味がある。一つはお前は虚弱体質だった、生きるには身体が弱く、特に心臓が悪かったらしい。移植することは不可能で、その生命はもって十五年と言われていたそうだ」
ツグル「身体が弱かったとは聞いていたが、そこまで深刻だったことは知らなかった」
リキッド「今お前が二十歳になり健康でいられるのは、マイケルが無の神から心臓を抜き取り、お前に移植したからだ」
ツグル「え!?、、、、、なんだって!?、、、流石に聞き流せないぞ」
ツグルは立ち上がり、即席のテーブルをひっくり返してしまった。
リキッド「驚くのも無理はないが、いちいち驚いてちゃ心臓がもたないぞ?」
リキッドは溢れてしまったコーヒーを惜しみながらも新たなコーヒーを注いだ。
ツグル「どういうことだ?心臓を、抜き取った?」
リキッド「ああ、マイケルは相当優秀な科学者だった。スティールという技術を編み出し、あの無の神からバレずに心臓を抜き取ったんだ。抜き取られてからの無の神の能力は著しく低下している」
ツグル「、、、、、とりあえず、聞こう」
ツグルは座り直し、心を落ち着かせた。
この高鳴る心臓が、無の神のもの、、、、
とても信じ難かった。
リキッド「正確には無の神が現在憑依しているヤオウ大司教の心臓だ。全ての大陸の中でもトップレベルの魔術師だったらしい。だからこそ、魔力が低下してもすぐには乗り換えないこともマイケルは分かっていたんだ。心臓を移植されたツグルは生命を維持することは出来たが、無の神の闇の魔力に支配され、人として生きるのは難しかった。そんな時、相談に乗ってくれたのがセリアの母である、セレスティア様だった」
ツグル「セレスティア様も俺に絡んでいるのか?」
リキッド「ああ、大きく絡んでいる。お前が欠かさずに飲んでいる魔法瓶、あれはセレスティア様の声帯から作られている」
ツグル「、、、ごめん、、、、なんだか意識が朦朧としてきたよ」
ツグルは今聞いている話は、どこか遠い国のお伽噺のような感覚だった。
でも事実として自分の話なのだ。
リキッド「再生の女神は、その声帯に聖属性を宿して歌う。その音が全ての物体を再生させるらしい。マイケルはツグルを人として育てるために、セレスティア様から声を奪ったんだ。もちろん、セレスティア様の了解を経て」
ツグル「この魔法瓶を飲むことで、意志を持った人間として生きることが出来ているのか、、、、」
物心ついた頃から飲むことが習慣となっている魔法瓶。
ただの液体と石のようなものが入った瓶に、そんな歴史があることを知らなかった。
リキッド「ちなみにその石のようなものが、セレスティア様の声帯の加工物らしい」
ツグル「、、、、、、、、」
リキッド「セレスティア様は声を失い、そのせいで俺たちにグレイスを奪われた。リバイバルボイスが健在であれば、おそらく俺たち六人でもグレイスを落とすことは出来なかっただろうな」
ツグル「そんな、、、、モモの父親やフルネス将軍の父親が殺されたのは、俺のせいみたいなもんじゃないか、、」
リキッドは新たにコーヒーを注ぎながら答えた。
リキッド「確かにそこだけを切り取って見ればそうかもしれない。だが本質はもっと深い。セレスティア様がどうして声帯を渡したと思う?」
ツグル「、、、、分からない」
リキッド「セレスティア様もまた、娘を救いたかったんだ。そもそも子供を産めば、その子供に聖属性は移行する、子供の成長と共に親の聖属性は失われていくんだ。だから自分の代では無の神を倒すことが出来ないことを知っていた。ある意味、マイケルと共作してツグルという怪物を作った。無の神を倒すために。お前は託されたんだよ、ツグル」
ツグル「色んな犠牲を払って、勝手に託されても、こっちも困るんだよ、、、、流石に重い、背負いきれない」
リキッドがコーヒーを置いた。
リキッド「ああ、重いだろうな。俺たち六人が故郷を潰されたのも、命を落としたのも、全てお前という存在に絡んでいるのだから」
ツグル「!!!!」
言葉が出なかった。何も、出なかった。
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