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マイケルの自空間編

第153話 東風のタケル

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トゥール「うーーーーはぁ、、、、昨日は飲み過ぎたなぁ」

少しだけ頭痛を感じながら、小綺麗な木造の個室でトゥールは目覚めた。

ふと窓を開けると、大きな松の木の隙間から心地よい風が吹き抜ける。

二日酔いではあるものの、それにしては清々しい朝である。

コンコンコン

扉がノックされる音がした。

トゥール「はいよ」

扉を開けるとそこには寝癖をつけたキムキムがいた。

キムキム「おはよう、具合はどうだい?」

少しズレたメガネを上げながらキムキムは尋ねた。

トゥール「飲み過ぎさえなければ、最高の朝でしたわ」

キムキム「君もそうかい。さて、二日酔いではあるけども今日からタケルさんに稽古をつけてもらうこととなっている。張り切って、いや、普通に頑張ろう」

トゥール「んだなぁ、普通にやるかぁ」

トゥールは支給された刀を手に廊下へと出た。

廊下には綺麗な着物を着た女性や腰に刀を差している風の刃の者、慌ただしく食材を運ぶ者が行き交っている。

トゥール「おはようございます」

各々に挨拶をするトゥールだが、言葉が返ってくることはなかった。

トゥール「え、なんか挨拶しちゃダメとかいうルールある?」

キムキム「いや、ないけど。挨拶をする人なんて見たことがないね」

トゥール「何でよ」

キムキム「うーん、何でだろう。あんまり気にしたことないかな」

トゥール「つくづく変だなぁ~風の刃、というか花の城は」

キムキムの案内で入り組んだ長い廊下を歩き、辿り着いたのは大きな中庭だった。

砂利で綺麗に整備された池には鯉が泳いでいる。

コン!!

鹿威しの音が響き渡る中、中央で一人の男が刀を振るっていた。

男はすぐにトゥールの存在に気付き、刀を鞘へと収める。

彼の顔はまだ記憶に新しい。
北の村で村人の首を切った風の刃の男だ。

トゥール「初めまして、ではないですよね。トゥールです。先日はどうも、、、」

タケル「よく来た、俺様直々の指導を受けられること。光栄に思え」

顎を少し上げ、見下ろすようにこちらを見ている。

正直、嫌な奴だなとトゥールは思った。

トゥール「あー、、お願いしやす」

きゃーきゃー!!

中庭の廊下を歩く女性達がタケルを見て黄色い歓声を上げているようだ。

トゥール「あいつ人気者なの?」

トゥールは小声でキムキムへと質問を投げかけた。

キムキム「人気者も超人気者。東風のタケル様だからね」

トゥール「東風だか豆腐だか分からんけど、とりあえず凄い人から指導受けられるってことで、喜んで良いんだよね?」

キムキム「そりゃあ、もう。タケルさんが直々に推薦し、直々に指導をされるなんて、前代未聞だよ」

トゥール「そっか~、なんか嫌な奴だけど。すんごいことなんだなぁ」

トゥールはタケルへと近付いた。

トゥール「先日はどうも申し訳ありませんでした!」

嫌な奴ではあるが、きっとこれからお世話になるであろう。
トゥールはそう思い、深々と頭を下げた。

タケル「面をあげよ。いやいや、あの気迫があってこそ、俺様はお前を推薦したんだ。俺様にクワを持って挑んでくるその勇気、そしてクワを粉砕されても勢いの衰えない精神力、身のこなし。お前、足運びの中でもダントツで足が速いだろ?」

トゥール「はい、足の速さだけには自信があります」

タケル「だろうな。お前ならば風の刃の戦い方にすぐに馴染むだろう。お前は俺が唯一持っていないものを持っているんだから」

トゥール「というと?」

タケル「スピードだ。風の刃はスピードが命。さぁ、まずはその命である風迅速を習得してもらおう。お前の力が最も発揮されるかつ基礎である技だ」

トゥール「はい!よろしくお願いします」

タケル「お前にはいずれ、北風として君臨してもらおうと考えている。最近の若い奴等は骨がない、南風のコヘの見定めは厳しいものがあるが、流石に北風としては力不足な者ばかりだ」

トゥール「その、北風や南風ってのは何ですか?」

タケル「ほう、お前は風の刃のことを何も知らないんだな。確か東の村出身と言っていたな、主に東側の妖魔の討伐は東風に任命されている俺様の役割だ」

トゥール「方角ごとに担当があるんですか?」

タケル「そうだ。任命された者とそれに見合う配偶者としての次東風が一人、その下に三十名の風の刃がいる。計三十二名で一つの方角の妖魔を一掃する」

トゥール「そうだったんですか。でも俺の村は東の端にあるんですけど、風の刃の方々を目にしたことはないです」

タケル「風の刃は圧倒的な人員不足だ。この十字の大陸の隅々までを警戒することは不可能。何よりも都への侵入を許してはならないからな」

トゥール「確かに、今思えば都に近づくにつれて風の刃らしき人達を見かけるようになりましたね。ほとんど妖魔の姿はありませんでした」

タケル「都近辺は特に警戒しているからな」

トゥール「それで、北風として君臨するということは北方角を取り仕切るような存在になって欲しいということですよね?」

タケル「その通り、現在北風の座は空席だ。そのせいで北方角は無法地帯となっている。仕方がないから人員を割いて東風である俺様と西風であるカミヤが都付近のみ北側も見張っているというわけだ」

トゥール「どうして北風の座は空席なんですか?とりあえず誰かにやってもらえば良い気がするんですけど」

タケル「北風に任命されるには、各風の推薦が必要なんだ。俺様とカミヤもお前と同じく誰かしらを任命すると同時に風の刃の増員を提案した。だが南風のコヘが推薦を拒む。あいつは特別だからな、巫女様も奴に同意する」

トゥール「その南風のコヘという方は何故推薦を拒むんでしょう?」

タケル「さあな、東と西が対応しているから別に良いと思っているのか。そもそも奴が誰かを認めるなんてことがあり得ない話だ。配偶者である次南風のミドリが南を取り切り、奴はいつも部屋で寝ているだけ、そういう奴なんだ。だからお前には奴も驚くほど強くなってもらう必要がある。そして北方角を任せ、東と西の負担を背負ってもらう」

トゥール「そういうことですか。北方角のためにも、タケルさんとカミヤさんという方のためにも早々に強くならないといけないってことですな」

タケル「ああ、早々に頼む。じゃあ始めようか」

その日から、トゥールの地獄の日々が始まったのであった。。。。。



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