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決戦のグレイス城編

第170話 胸の炎

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ツグル「本当にトゥールを助けても良いのか?」

カナメル「さぁね」

カナメルは氷塊に手を当て、凍ったトゥールを解凍していた。

ツグル「トゥールを悪人だとは思わない、でも実際にセリアを連れ去った人物であることは間違いない」

カナメル「それはそうだね」

ガラガラガラ

氷塊はバランスを失って一気に崩れた。

中からびしょ濡れのトゥールが出てきた。

トゥール「う、、、うう」

トゥールはゆっくりと立ち上がり、頭を振っている。

トゥール「うう、、寒い、、、ここは、、、」

カナメル「やあ、久しぶりだね」

ツグル「、、、、、」

トゥール「おお!!カナメル!!!それに、、ツグル」

一瞬パッとした明るい表情を見せたがツグルを見て自分の過ちを思い出したようである。

トゥール「ツグル、、、すまなかった」

トゥールは額を地面につけ、深々と謝罪した。

トゥール「望むならば、今ここで腹を切って詫びよう」

トゥールは刀を抜き、脇腹へと忍ばせた。
その顔には覚悟が宿っているように見える。
この闘技場で戦った時とは明らかに違うトゥールの様子を見て、ツグルは驚いた。

ツグル「あんたのしたことは許せない、でも死んでほしいとは思わない。あんたには感謝してる」

複雑な表情を見せるツグルを見て、トゥールは言葉を続ける。

トゥール「俺はとんでもない過ちを犯した。この罪をどうやって償えば良いのか分からないんだ。今俺が差し出せるのはこの命だけだ」

トゥールがセリアを連れ去らなければ事態はこんなにも悪化していなかっただろう。

こうしている間にもセリアはどんな酷い仕打ちを受けているか、考えるだけで辛くなる。

ツグル「本当に、、、許せない。昔の俺ならこの怒りに任せてあんたを殺していたかもしれない。でも今は違う!俺にはすべきことがある、背負うものがある」

トゥール「、、、、、、」

ツグル「、、、、、」

黙り込む二人の男を見て、見兼ねたカナメルが大きなため息をついた。

カナメル「はぁ~、、、死んでスッキリするなら今ここで死ねば良いよ。でもトゥールが死んだからってセリアは帰ってこないし、ツグルの悲しみが消えることはない。そんなことは分かってるよね?」

トゥール「ああ、だが俺には、、、、、人を救う力なんてものはない。本当はセリアを助けたい、そしてそれが一番の罪滅ぼしになるということも分かっている」

カナメル「何があったかは知らないけど、トゥールの言う通りそんな弱気な奴に救える命なんてないだろうし、セリアを助けるなんて無理だね。ずっとここで一人でうずくまっていれば良いよ」

ツグル「もういい、カナメル」

あまりの言いようにツグルはカナメルを制止する。

トゥール「、、、、、、」

カナメル「俺とツグルはたった二人でグレイス城に乗り込む。一度敵側になったトゥールなら分かると思うけど戦力差は圧倒的。それでも行くよ、セリアを助ける」

トゥール「リキッドはどうした?」

トゥールは辺りを見回してツグルと一緒にいるはずのリキッドがいないことに気付いた。

ツグル「分からない、俺達は敵の魔法でここまで飛ばされてしまったから」

トゥール「そうか、、、、他の皆は?」

ツグル「分からない、生きてると信じたいけど、例え生きていたとしても集まるのは不可能だ」

トゥール「、、、、、、、」

状況はトゥールが想像していたよりもずっと悪かった。

カナメル「俺に出来ることはセリアへの道を切り開くことくらいだね。その道を塞ぐ敵がいれば焼き殺すつもりだけど、敵が何人いるのか、どれくらいの強さなのかは分からない。中にはあのゼウスもいるからね」

トゥール「絶望的、ということだな」

カナメル「その通り、でも仕方ない。俺の持ってる手札じゃ出来るのはそれくらいだ。我ながらなかなかに勝算の低い戦いを挑むもんだと内心笑っているところさ」

トゥール「だとしたら、ここで死ぬのは勿体ないな。おこがましいとは思うが、その頭数に俺も入れてくれるか?」

ツグル「当たり前だろ」

ツグルは即答した。
その言葉にトゥールの目は潤み、二人は一緒に笑った。

だがカナメルは未だに表情を変えず、何かを考えているようだ。

カナメル「もちろん、一緒に戦ってくれるなら願ってもないことだけどね。トゥールは自分の力を過小評価してるよ」

トゥール「どういうことだ?」

カナメル「敵を倒すだけなら俺にも出来るってことだよ」

トゥール「ん?」

ツグル「ん?」

トゥールとツグルは顔を見合わせて首を傾げた。

カナメル「トゥールと俺の手札が同じなわけないだろうってこと」

相変わらず二人はポカンと口を開けている。

カナメル「はぁ、、、いいかい?俺はあくまで一人の魔術師であってそれ以外の肩書きはない。でもトゥールはどうだ?今までの旅を思い返してみなよ。皆を導いていたのは誰かってこと」

トゥール「誰も導いてなんていないさ、各々が自分の信念に従って行動して」

ツグル「いや、俺達を導いてくれたのはトゥールだ」

トゥールの言葉を遮り、確信を持ってツグルが言った。

トゥール「いやいや、俺は導いたつもりはないが」

ツグル「トゥールに出会ってからだよ、物語が始まったのは。そして物語の起点となるところにいつもトゥールがいた。そして俺達に進むべき道を与えてくれていた」

カナメル「そういうこと、俺は王の器じゃない。俺は俺の出来ることをするから、トゥールは自分にしか出来ないことをしてくれよって話」

トゥール「なるほどな」

トゥールはフツフツと胸が熱くなるのを感じていた。

トゥール「流石は炎のマント、カナメルだな。心まで燃やせるのかお前は」

カナメルは片方の口角を上げ、生意気に笑った。

カナメル「火種のない心は燃やせないし、時間の無駄だから燃やそうともしないよ。知ってるだろうけど、俺は超合理主義なんだ」

トゥール「俺とは真逆ってわけか。カナメル、ツグル、ありがとう」

ツグル「主にカナメルな」

トゥール「いや、ツグルが受け入れてくれなければこの心の火種が燃えることはなかったさ。きっとこの胸の火は風に乗って誰かの心に引火する。そして集まって大きくなった火は、この夜を照らすだろう」

カナメル「ふん、上手いこと言うね。まぁお互いベストを尽くそう」

カナメルはマントを翻して歩き出した。

ツグル「おい、いいのか?トゥールを置いていくのか?」

カナメル「あとは俺達が突き進むだけだ。勝率は格段に上がった」

ツグル「なんかよく分からないが、、、トゥールが仲間になってくれて良かった」

カナメル「良かったじゃない。なってくれなきゃ困るんだよ」

そう言ったカナメルはなんだか楽しそうだった。

燃やされたのはトゥールだけじゃない、ツグルは自分の胸の炎が大きくなっているのを感じていた。







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