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第二章 夢のために

第9夜 大喧嘩のために

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曲作りに割く時間を増やしたおかげで順調に仕上がっていた。

そんなある日、今日も変わらずに曲作りを行なっていると怪獣の足音が近づいてくる。

二体の怪獣が泣きながら階段を駆け上がって来ている。

ふと時計を見ると20時を回っていた。

「パ~パ~!!ぁああ、、ああ~!!」

扉の向こうから呼び声がする。

灯だけではなく、どうやら風花もいるようだ。

泣き叫びのデュエットが部屋に響き渡っている。

「何、どうしたの?」

扉越しに会話を試みる。

開けたら最後、曲作りの時間が終わってしまうだろう。

風花は泣き叫ぶのみだが、灯はどうにか説明しようと言葉を詰まらせている。

「ママに怒られたのぉ~!!」

怒られるには理由があるはずだ、そう思う徹は灯に問いかける。

「何で怒られたの?」

「ママが~出ていけ!って言ったの!」

自分は悪くないと言いたいのだろう、何故?という質問には答えない。

「何で出ていけって言われたの?」

「あーちゃんとふーちゃんが喧嘩したから」

「仲直りして、仲良く遊びなさい」

さぁ、下の階に行くんだ!

そう願ったが叶わず、二人は尚も扉の前で泣き叫んでいる。

「だって、ママが怒ってるんだもん!!」

「謝れば良いじゃん」

そもそも俺が行ったとて状況は変わらないだろう。
そう思ったが、行かなければ怪獣達が撤退する様子もないので、徹は渋々扉を開けた。

扉が開くなり二人は徹に抱きつき、大泣きした。

様子がおかしい、流石に泣き過ぎだ。
そう思った徹は灯に問いかける。

「何かあったの?」

灯は泣きながらも説明を試みる。

「ママがさ~怒ってるんだもん!」

「それは分かってるんだけど、、まぁとりあえずパパと一緒に下に行くか」

徹は二人を両腕に抱き抱え、下へと降りた。

そこには明らかにイライラしながら掃除機をかける雪乃がいた。

この時間に掃除機をかけている事自体不自然である。

子供達は未だ徹にしがみついている。

「お疲れ様~」

「、、、、、、」

掃除機の音で聞こえないのか、雪乃は無言で掃除機をかけ続けている。

徹は悲鳴をあげる二の腕を休めるためにソファに腰掛け、二人をおろした。

しかし二人は徹から離れようとしない。

掃除機をかけ終えた雪乃に声をかける。

「何かあったかい?」

「、、、別に」

明らかに不機嫌な様子だが、これ以上詮索しない方が良いだろうと思い、ソファから立ち上がった。

「パ~パ~行っちゃダメ!!」

珍しく子供達が二人でパパを引き留める。
自分にやれることは何もない、そう思うとすぐに頭をよぎるのは曲作りのことである。

「パパは仕事に戻るよ」

そう言った瞬間、雪乃が突然口を開いた。

「あなたには父親という仕事はないの?」

遂に言われてしまった、心の中でそう思った。

本当は分かっている、職場の佐藤さんのように毎日子供とどこかへ出掛け、子供達との時間が至福だと言えるような生活をすべきだということを。

でも自分には無理だ。

「毎日仕事をして、給料のほとんどを家族のために消費している。飲みにも行かず、タバコもギャンブルもやらず、自分に全くお金を使わない。それは父親として居続けるためにやってることだけど、それだけでは父親としての仕事が出来ているとは言わないのだろうか?」

今言ってしまった言葉は本心だ、本心だが言わなくても良かったなぁと、言った瞬間に後悔した。

「やっぱりそんな風に思ってるんだ。私は毎日早起きして自分の用意と二人の用意して保育園に送って、その後仕事に行って、仕事が終わったら娘達二人を迎えに行って、帰ってきてから家事やって二人のご飯の用意してお風呂入れて寝かしつけて、、、良いよね、あなたは仕事さえしていれば良いんだから!」

ごもっともだ、返す言葉もない。

もちろん本来ならば、良い父親ならば雪乃が行なっていることを夫である自分も請け負うのが当たり前なのだろう。

だが、それが出来ない、どうしても出来ないんだ。

「要するにこうだ、俺はお金を稼いでそのほとんどを家族のために使い、帰宅後の時間も全て家族のために使い、この先の俺の人生をすべて家族のために使えば良いということだな」

「私は毎日その生活をしてるの!そもそも子供達のためを想ったらそんな言葉は出てこないよ!あなたは子供をなんだと思ってるの?あなたは結局自分のことしか考えてないんでしょ!」

雪乃がこんなに取り乱しているのは初めてのことだ。
旦那としても失格だ、そう思った。

「あなたはあなたの楽な仕事だけしていれば良いと思ってるんだろうけど、こっちは家事も育児も仕事もしてるの!子供達が熱を出したら仕事を早退してるけど、たまにはあなたが早退してくれても良いんじゃないの?」

全面的に自分が悪い、そう思っていたが、こちとら楽な仕事をしているわけじゃない。
役職もつき、日々責任ある仕事を行なっている。
上司と部下の板挟みの中、ストレスを抱えながらも休まずに働いている。
働いて得たお金のほとんどは雪乃に渡している。

楽な仕事だと言われるのであれば、俺は何のために働いているんだ?

そう思うと自然と口が動いていた。

「雪乃はパートだろ、俺は役職がある仕事だ。その時点で同じ仕事ではないだろ。俺が早退するのは会社にとって大きな痛手だ、パート従業員とはわけが違う。この際言わせてもらうけどな、俺は稼ぎを自分に使っていない、コンビニで買い食いすることもないしタバコもギャンブルもやらない、常に節約して生活している。それは何故だと思う?少しでも多く家族にお金を残すためだ。だがお前はどうだ?毎日お菓子やらアイスを買って、休日には既に持っているカバンやら服を買う。気にはなっていたが目を瞑ってきた、家事も育児も大変だろうと分かっていたからだ。でも今の言葉を聞いたからには黙っていられない。俺が稼いで俺が節約して残したお金を無駄遣いするな。全て自分が正しいと思ったら大間違いだぞ」

あーあ、言ってしまった。
そう思ったが言ってしまったものは仕方がない。

「家事も育児も大変だって分かってるなら何で手伝ってくれないの!?私はあんたの家政婦じゃないの!!」

「俺は福祉の仕事以外に音楽も作ってるんだ、お前は俺の仕事を手伝えるのか?お金が発生したからには曲作りも仕事だぞ?そんな時間はないんだよ、そこまで言うんなら俺は福祉の仕事を辞めて家事と育児をやれば良いのか?それで家計は足りるのか?」

「辞めたら良いよ!私が働くからあんたが家事と育児すれば良いじゃん!家事と育児は音楽作りながらでも出来るでしょ?私も働くだけで良いなら楽な毎日になりそうだわ」

「楽な毎日だと?やってみろよ!パートしかやったことがない奴には到底無理だろうけどな」

「家事も育児もやったことない人には無理だろうけどね!」

その時、灯が割って入った。

「喧嘩したらダメ!!」

子供達がいることをすっかり忘れて不毛な喧嘩を繰り広げていたことに気が付いた。

「ごめん、とりあえず分かった。良い父親になれるように努力します」

「お願いします」

この不毛な喧嘩の落とし所は徹が譲る他ないのだろう。

こうして夫婦史上最大の大喧嘩は灯によって終戦した。





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