戦う理由

タヌキ

文字の大きさ
6 / 70

非日常の中

しおりを挟む
 部屋に荷物を置き、貴重品だけを持って俺は早速船内の散策へ出かけた。焦らない焦らないと念じても、身体を止められないのだ。
 それに身体が自然に動くことが久し振りの事で、止めるのがもったいないと思うのだ。
 俺は海を見る為に上のデッキに出た。プールやら野外ステージがあるデッキで活気にあふれている。
 若い衆がそこかしこで盛り上がっていて、いつもなら俺みたいな老いぼれがいるような場所じゃないと、気後れしそうだが、今はそんな事など気にしていない。
 むしろ、若人達は元気があってよろしい。なんて感想がスラスラと出てくる。
 俺は若者の波を掻き分け、落下防止の柵の所まで進むと眼前に広がる海を見た。海を意識しだした途端、鼻にムワッと潮の香りが飛び込んできた。
 海はとにかく広く、大きい。紺色の絨毯の先は陽炎で揺らいでおり、空との境界線が曖昧になっていて無限の世界がその向こうにあるとすら思わせる。
 世界というものが如何に狭いものかと傭兵時代は常日頃から感じていたものだが、こうして見て見るとこの地球が広大である事を思い知らされる。
 と同時に、人間が狭い世界を巡って狭い範囲で争っているかも思い知らされた。日本に帰って来てから、誰に言われるでもなく俺は何処か疎外感の様な物を抱えていた。
 経験してきた事がどれも重く辛かったせいか、この平和な国での暮らしに気分的に馴染めずにいたのだ。
 でも、この海を見て思った。俺は世界を構成するたった数ピースを組み合わせて、パズルを完成させたと思い込んでいただけなのだ。
 世界は広く、争い事が絶えない場所もあれば平和な場所も多い。
 ……冷静に考えれば当たり前だ。
「来てよかった」
 本日二回目の言葉を今度は声に出す。
 しかし、まだ船は出港していない。これなら、わざわざ高い金を払わなくてもよくて遊覧船でも事足りる。
 なので俺は踵を返し、次は船内をゆったりと探索する事にした。上から順々にデッキを見て回る。
 4D設備の映画館。ミラーボール眩しいディスコ。
 そして、数フロアぶち抜きで造られたショッピングモール。ファッションとかそういった物に疎い俺でも知っている様な有名ブランドが軒を連ねている。
(本当にここ、船の中か?)
 陸の上ですらこんな立派なモールは珍しいというのに、ここは文字通りの別世界だ。
 店先に八百屋のスイカよろしく並ぶ装飾品は、スイカの何百倍もの値札が付けられている。
 しかもそれが平然と売れる訳だ。
(ある所には、あるもんなんだなぁ……)
 傭兵時代の貯金を切り崩して乗った身としては、驚きを通り越して笑えてくる。やれ値上がりだ不況だ円安だと嘆くニュースが流れようと、世界はこうして回っているらしい。
(……平和な訳だ)
 海を見た時の感想を自ら皮肉るような言葉だったが、思ってしまったのだからしょうがない。
 買い物にいそしむマダムや靴を眺めるミドルの姿を見ながら、モールを回る。
 店頭に出ている品物を買えはしないものの、見る分にはタダであり、見てるだけでもなんだかんだ楽しい。
 こうしていると、鞄やら靴やら宝石の類なんかを身に着けずコレクションアイテムにしている奴の気持ちも理解出来る。
 一つ階層を下りると、今度は服屋が軒を連ねるフロアだった。いつも世話になっているファストファッションとは違う、お高級な生地から作ったのがよく分かる物ばかりだ。
 値札を見てみればジャケット一枚で、俺が身に着けている物全ての総額より高い。これでもそれなりの店で買ったものだが。
 これまたぶらりと歩いていると、今度は子供服を扱っている店が目に入った。
(そうか、子供も乗っているんだったな)
 俺はついさっきまでいたプールで、何人かの子供が楽し気に泳いでいたのを思い出した。試しに少し奥の方へ視線を向けてみる。店の隅で女児用水着が何着か売っていた。
(そういえば日本に帰って来てから、一度も泳いで無いなぁ)
 冷静に考えれば、帰国してからは体形維持の為の必要最低限の運動しかしていない。
(せっかくだし、水着でも買って泳いでみるかな)
 水着なら然程高くは無いだろうし。と心の中で付け加え、ここでは考えるだけに留めた。まだまだ船は出港すらしていない。
 時間はたっぷり残っているのだ。心なしか少し速めていた歩をゆっくりに戻す。
 それからジムや図書館を少し覗いていると、出港する旨の船内放送が掛かった。
 せっかくなので船が岸から離れる所を見物する事にした。左舷のデッキに出て桟橋を見下ろす。そこでは作業員が慌ただしく動いており、何人かは手を振っていた。
 近くに居た外国人もそれに気が付くと、笑顔で手を振り返し、中には写真を撮る者もいた。「bye!」や「サヨナラ!」など片言の日本語で別れを告げる人もいる。
 汽笛が鳴り、いよいよ出港の時が訪れた。ここからは見えないが、船尾の方ではタグボートが引っ張っている事だろう。
 船はゆっくりと動き出し、徐々に桟橋からも離れていく。
(ああ……行ってしまうんだ)
 この時俺は、胸に郷愁の念が湧いた事に気が付いた。日本を離れるのはこれが初めてではない。
 なんなら初めて日本から離れた時は、こんな感情は湧かなかったのに。
(不思議な事もあるもんだ)
 俺は遠くにある横浜の街並みを見ながら、深く息を吐いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...