戦う理由

タヌキ

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欲の中

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 時刻は昼前。俺はレストランに向かった。
 混む前に飯を食おうと思ったからだ。でも、考える事は皆同じなようでレストランは既に混んでいた。
(……待たされないだけマシか)
 ウエイターに案内され、席に着いた俺はおすすめされたイタリア料理のコースを注文した。フルコースと言えばフランス料理のイメージが強いが、イタリア料理をおすすめされたのは意外だ。
 それと同時にイタリア料理のボキャブラリーがスパゲティーとピザしかないので、どんな物が出されるか楽しみでもある。
(イタリア料理って何があったかな?)
 真剣に考えてはみたが、浮かび上がってきたのがティラミスしかなかった。
(……まぁ、不味い物は出されないだろ)
 思案を打ち切り、今度は周囲を見渡してみる。客層としては東洋人六割、白人と黒人合わせて四割ぐらいの割合だ。アメリカ船籍にも関わらず、意外とそっちの方の人数が少ない。
(中国の富裕層が主な顧客なのかな?)
 俺が若い時と違って、中国も今や立派な超大国である。海沿いの街には高層ビルが立ち並び、昔雑誌で読んだ未来都市の形相を成している。これで車が空を飛んでいたら完璧だ。
 おそらく、ここにいる中国人の多くは未来都市に住んでいるか、その中で事業を行っている人種だろう。古臭い言い方をすればブルジョワジーというヤツだ。
(凄いもんだ)
 二世でもない限り、成功するには努力した上での実力と運に優れていないといけない。相当の苦労をしているはずだ。そういった人達を俺は単純に凄いと思っている。尊敬しているとも言っていい。
 そんなふうに名も知らぬ中国人へ関心の念を向けていると、料理が運ばれてきた。本来なら食前酒なんかが出てくるらしいが、日中から酒を飲むのはなんとなく憚られたので最初に断っておいた。
 アンティパスト前菜はサーモンのカルパッチョ。
 綺麗に盛り付けられ軽い酸味のするそれは、これから出てくる料理への興味と食欲を駆り立てさせる、前菜の役割をキッチリと果たしてくれた。
 次は第一の皿プリモ・ピアットと呼ばれている主菜。料理は赤海老のトマトスパゲティー。
 メインディッシュである第二の皿セコンド・ピアットには、鯛のアクアパッツァ。ほうれん草がメインのサラダにモッツァレラチーズを頂き、デザートもといドルチェはレモンのパンナコッタだった。
 出された物にプラスして、パンも少し食べたので俺の腹は久しぶりにパンパンになっていた。
(美味かった……)
 シメのコーヒーで余韻を深め、個人的に気に入ったカルパッチョの味を忘れないようにする。
(家に帰ったら、自分でも作ってみよう)
 そんな事も思いながら、俺は席を立った。飯代も料金の内なのは分かっているつもりでも、レジを素通りするのは少し緊張する。レジに付いていたウエイターが俺を止めず、華麗なお辞儀をしてもすぐに緊張はほぐれなかった。
 レストランからそこそこ離れてから俺は肩の力を抜き、これからの予定を考え腹ごなしに少し歩くかこのまま真っ直ぐ部屋に戻るかの二択で、俺は前者を選んだ。

 遠回りになるが、カジノの方へ足を伸ばすことにする。もっともカジノで遊ぶ事はしないが。
 二十代の頃、ギャンブルで痛い目に遭っているので同じ轍を踏む真似はしない。流石に豪華客船のカジノでアコギな事はしていないだろうが、甘い見通して無謀な賭けに出れるほど俺ももう若くはないのだ。
 妙にしんみりとした感情を抱えながら、俺はカジノの門をくぐった。
 カジノに入った途端、先程までいたレストランとは違うベクトルの喧騒が俺を包んだ。
 ディーラーがカードを切る音。ルーレットの中を玉が転がる音。興奮と快感入り混じった客の声。
(欲望に満ちてるなぁ)
 テーブルに積み上げられたチップの山を眺めつつ、奥へと進んで行く。
 奥は奥でスロットマシーンが奏でる電子音が洪水を起こしており、長い間居れば耳が馬鹿になりそうだった。
 早々にスロットエリアから離れ、今度は花札や半丁などのカジノより博打の文字のがお似合いなエリアを見て回る。
 そのコーナーの一角。花札をやっている辺りに人だかりが出来ていた。何事かと思って爪先立ちで背を伸ばし、人垣の内側を覗いて見る。
 着物を着た白人のディーラーが冷や汗を浮かべ、手札と場に出ている札を睨んでいる。
 花札のルールは分からない。でも、彼の表情や口から漏れる呻きから彼が劣勢な事は読み取れた。それに対し、向かい合っている東洋人は一言も発していない。表情こそ分からないが、彼が優勢なのは間違いない。
 こんな所でギャラリーが付くぐらいの真剣勝負をするくらいだから、それなりに財布が分厚い人間なのだろう。
 現に、東洋人の周りには何人かのボディーガードらしき集団が付いている。よほどのVIP、もしくはこんな事にも金を使えるくらいの金持ちか。
(まぁ、俺には関係ないわな)
 その場を俺が立ち去ろうとした瞬間。
「……亮平?」
 歩みを止め、振り返った。名前、それも下の名前を呼ばれたからだ。
 俺が呆然としていると、パンツスーツ姿の女が人垣の中から出てきた。艶のある黒髪に、細い瞳、血色の良い唇。まだ耳に残っている滑らかな声。
「……ヴァンプ?」
「久しぶり」
 そう言って、彼女は笑った。
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