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懐かしさの中
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料理を平らげ、俺はイリナに案内されるがまま件のデッキフロアへやって来た。パッと見の造りは他のフロアと大した違いはなさそうだが、ときたますれ違う客の雰囲気は違う。
イリナはスーツだからまだ馴染んでいるが、安っぽい服装の俺はどことなく浮いていた。
「こんな事になるんだったら、もう少し高い服を買っておくんだったな」
「今更ね」
「うるせぇ」
そんな感じで歩いていると、イリナが急にジャケットを引っぱり動きを止めさせられる。
「なにすんだ」
「アソコの従業員、見て」
少し離れた部屋の前に、ルームサービスを届けに来たであろう従業員が立っていた。
「……パッと見、変な所は無さそうだが」
「立ち振る舞いを見て」
言われるがまま観察をする。すぐに彼は部屋の中へ消えてしまったが、イリナが言わんとすることは理解出来た。
「背筋が伸びてるから、軍事訓練を受けているとか言うんじゃねぇだろうな……」
「まあね」
「……この野郎」
事もなげに言うイリナに、俺は頬を引きつらせる。
「姿勢の悪いウェイターがいてたまるか」
しかも、金持ちを相手にするような連中だ。礼儀作法はそこらへんのウェイターの比ではないだろう。
「それだけじゃないわ。……彼の足元と左腕の時計を見てみて」
そう言い、彼女は俺のジャケットから手を放し、行ってこいと顎で示す。いっぺん彼女を睨みつけてから、俺は歩き出した。丁度ウェイターが部屋から出て来たところだった。
エレベーターホールに向かう彼とは、都合よくすれ違える。なので、まずは彼の靴を見た。一見するとただの革靴の様に思えたが、よく見ると少し不自然な点が見つかった。
靴紐である。靴紐の通し方が他と違っていたのだ。試しに自分の靴紐と見比べてみるが、全く違う。
ウエイターの通し方は軍隊でよく使われる通し方で、俺のは全ての穴に紐を通す普通のやり方だ。
それから腕時計を見てみると、文字盤が内側に向けられていた。その着け方も軍人特有のもの。
ガラスの反射で居場所がバレるのを防いだり、銃を構えながらでも時間が確認出来たり、文字盤の破損を防いだりするために内側にする。だから、ただのウェイターがそうして時計を着けているのは不自然なのだ。
見られているとも露も知らないウェイターが廊下の奥へ消えていくと、ニヤニヤしながらイリナが出てくる。
「流石に分かったでしょ」
「ああ……。確かに、おかしいな」
こればかりは認めざるを負えなかった。
「ガンタコに、軍人風の身に着け方、か……」
更にイリナに連れられて追加で三人のウェイターを観察したが、誰も彼も同じ靴紐と腕時計の着け方をしていた。
ここまでくると、個人の趣味や個性の範疇を超えている。一定の基準が彼等の中にあるとしか思えない。それもそれは銃火を交える事も想定されているのだ。
「一体、何をやってるんだ?」
一度そのデッキフロアから離れ、俺とイリナはロビーで顔を突き合わせていた。
「少なくとも、慈善活動では無さそうね」
「そうだな」
ミネラルウォーターのボトルに口を付けつつ、このロビーにもうろついているウェイターに目を向ける。当然ながら、腕時計の文字盤は外側で革靴の紐はキッチリと全ての穴に通されていた。
「変なのは、あのウェイター達だけか……」
彼等と他のウェイターもとい従業員を分けているのは、一体なんなのか。答えは簡単である。
特定のデッキフロアでの勤務か否か。それだけしかない。
「それにしても何故……」
俺はそう呟き、頭を掻いた。理由が分からない以上、上っ面だけ調べても埒が明かない。深く一気に踏み込まなければ、答えは出やしないのだ。
「……ダメだ。分からん」
「もう、直接当たってみるしかないわね」
案の定、イリナは強硬論を口にする。
「直接……。聞き込みでもするのか?」
「まさか。忍び込むのよ、従業員専用エリアに」
海の上ではどの国や類の法律が通用するのか知らないので、俺が知る日本の法律に当てはめれば、イリナの提案したものは間違いなく不法侵入だ。
犯罪は勘弁願いたい。がしかし彼女の提案を聞いた途端、理性とは別に心の底で何か疼くのを感じた。酷く懐かしい想いが蠢き、胸の内側をざわめかせる。
「……そこまでする必要はあるのか?」
「必要もなにも、面白そうじゃない」
下手すれば逮捕されかねない行為を、イリナは一言で片づけてしまう。
「最近、面白い事がなんにも無くてさ。退屈してたんだよね」
身を寄せ、顔をずいと近づけながら、彼女は言葉を続ける。
「今、凄くワクワクしてるの。こんなになるの、久し振りよ」
そう言う声は、弾んでいた。楽しみにしていた映画を見に行く子供みたいなはしゃぎぶりだ。
「……そうかよ」
適当にあしらうものの俺がまだ戦場にいた頃、似た様なやり取りを腐る程やっていたからだろうか。このやり取りが初めてでない様な気がして、悪い気分はしなかった。
「……とりあえず、考える時間をくれないか。夜も更けてきたし」
船内をうろついている内に、時刻は十一時に近くなっていた。傭兵時代ならいざ知らず、ここ三年の間はこの時間帯には布団に入っている。
「それもそうね。分かったわ」
以外にも、イリナはすぐに引き下がった。それにも関わらず、欲求不満そうな態度や色を一切見せなかったのが気になる所だ。
もしかしたら、俺の心の疼きを読み取ったのかもしれない。もっとも、それでどうこういう話ではないので彼女には訊ねはしないが。
イリナはスーツだからまだ馴染んでいるが、安っぽい服装の俺はどことなく浮いていた。
「こんな事になるんだったら、もう少し高い服を買っておくんだったな」
「今更ね」
「うるせぇ」
そんな感じで歩いていると、イリナが急にジャケットを引っぱり動きを止めさせられる。
「なにすんだ」
「アソコの従業員、見て」
少し離れた部屋の前に、ルームサービスを届けに来たであろう従業員が立っていた。
「……パッと見、変な所は無さそうだが」
「立ち振る舞いを見て」
言われるがまま観察をする。すぐに彼は部屋の中へ消えてしまったが、イリナが言わんとすることは理解出来た。
「背筋が伸びてるから、軍事訓練を受けているとか言うんじゃねぇだろうな……」
「まあね」
「……この野郎」
事もなげに言うイリナに、俺は頬を引きつらせる。
「姿勢の悪いウェイターがいてたまるか」
しかも、金持ちを相手にするような連中だ。礼儀作法はそこらへんのウェイターの比ではないだろう。
「それだけじゃないわ。……彼の足元と左腕の時計を見てみて」
そう言い、彼女は俺のジャケットから手を放し、行ってこいと顎で示す。いっぺん彼女を睨みつけてから、俺は歩き出した。丁度ウェイターが部屋から出て来たところだった。
エレベーターホールに向かう彼とは、都合よくすれ違える。なので、まずは彼の靴を見た。一見するとただの革靴の様に思えたが、よく見ると少し不自然な点が見つかった。
靴紐である。靴紐の通し方が他と違っていたのだ。試しに自分の靴紐と見比べてみるが、全く違う。
ウエイターの通し方は軍隊でよく使われる通し方で、俺のは全ての穴に紐を通す普通のやり方だ。
それから腕時計を見てみると、文字盤が内側に向けられていた。その着け方も軍人特有のもの。
ガラスの反射で居場所がバレるのを防いだり、銃を構えながらでも時間が確認出来たり、文字盤の破損を防いだりするために内側にする。だから、ただのウェイターがそうして時計を着けているのは不自然なのだ。
見られているとも露も知らないウェイターが廊下の奥へ消えていくと、ニヤニヤしながらイリナが出てくる。
「流石に分かったでしょ」
「ああ……。確かに、おかしいな」
こればかりは認めざるを負えなかった。
「ガンタコに、軍人風の身に着け方、か……」
更にイリナに連れられて追加で三人のウェイターを観察したが、誰も彼も同じ靴紐と腕時計の着け方をしていた。
ここまでくると、個人の趣味や個性の範疇を超えている。一定の基準が彼等の中にあるとしか思えない。それもそれは銃火を交える事も想定されているのだ。
「一体、何をやってるんだ?」
一度そのデッキフロアから離れ、俺とイリナはロビーで顔を突き合わせていた。
「少なくとも、慈善活動では無さそうね」
「そうだな」
ミネラルウォーターのボトルに口を付けつつ、このロビーにもうろついているウェイターに目を向ける。当然ながら、腕時計の文字盤は外側で革靴の紐はキッチリと全ての穴に通されていた。
「変なのは、あのウェイター達だけか……」
彼等と他のウェイターもとい従業員を分けているのは、一体なんなのか。答えは簡単である。
特定のデッキフロアでの勤務か否か。それだけしかない。
「それにしても何故……」
俺はそう呟き、頭を掻いた。理由が分からない以上、上っ面だけ調べても埒が明かない。深く一気に踏み込まなければ、答えは出やしないのだ。
「……ダメだ。分からん」
「もう、直接当たってみるしかないわね」
案の定、イリナは強硬論を口にする。
「直接……。聞き込みでもするのか?」
「まさか。忍び込むのよ、従業員専用エリアに」
海の上ではどの国や類の法律が通用するのか知らないので、俺が知る日本の法律に当てはめれば、イリナの提案したものは間違いなく不法侵入だ。
犯罪は勘弁願いたい。がしかし彼女の提案を聞いた途端、理性とは別に心の底で何か疼くのを感じた。酷く懐かしい想いが蠢き、胸の内側をざわめかせる。
「……そこまでする必要はあるのか?」
「必要もなにも、面白そうじゃない」
下手すれば逮捕されかねない行為を、イリナは一言で片づけてしまう。
「最近、面白い事がなんにも無くてさ。退屈してたんだよね」
身を寄せ、顔をずいと近づけながら、彼女は言葉を続ける。
「今、凄くワクワクしてるの。こんなになるの、久し振りよ」
そう言う声は、弾んでいた。楽しみにしていた映画を見に行く子供みたいなはしゃぎぶりだ。
「……そうかよ」
適当にあしらうものの俺がまだ戦場にいた頃、似た様なやり取りを腐る程やっていたからだろうか。このやり取りが初めてでない様な気がして、悪い気分はしなかった。
「……とりあえず、考える時間をくれないか。夜も更けてきたし」
船内をうろついている内に、時刻は十一時に近くなっていた。傭兵時代ならいざ知らず、ここ三年の間はこの時間帯には布団に入っている。
「それもそうね。分かったわ」
以外にも、イリナはすぐに引き下がった。それにも関わらず、欲求不満そうな態度や色を一切見せなかったのが気になる所だ。
もしかしたら、俺の心の疼きを読み取ったのかもしれない。もっとも、それでどうこういう話ではないので彼女には訊ねはしないが。
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