職業が魔王なので勇者の村を追放されたけど、幼馴染が女勇者になったので陰ながら手助けしようと思う

つちねこ

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四十六話目 懐かしい匂い

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 私の好きな匂い。

 ブンボッパ村の畑の匂い。鉄を高熱で叩く鍛冶の匂い。森の湿った感じや川の水の匂い。

 それから、大好きなレックスの匂い。

 土と陽の光の混じったような優しい香り。匂いを嗅ぐと、いつも嫌がられた記憶がよみがえる。


「ちょっと、やめてよー。畑仕事終わったばかりで汗かいてるんだから」


 午前中の畑仕事が終わった頃に合わせて、お昼ごはんを持っていっては、畑を眺めながら食べるほんわかとした時間。

 レックスはワイルドディアの燻製肉と卵のサンドイッチが好きで、村で採れた野菜を挟むと、とても喜んで食べてくれた。一年前までは、それがごく当たり前の日常だった。私とレックスの懐かしい想い出。


「……!? レックス?」

 忘れもしない優しくてあったかい匂い。レックスなの? まだ頭がぼんやりとしている。だけど、少しづつゆっくりと覚醒していく。

 間違いない……ここにレックスがいた。

 ここは、森……?

「う、ううん……」

「シャルロット! だ、大丈夫?」

「エ、エリオさま……こ、ここは……?」

 私たちは確か、ブリューナク男爵の娘さんの治療のためにお屋敷に行ったはず……。無事に治療を終えて、食事のご招待を受けたのだけど、その辺からの記憶がない。

「お気づきになられましたか、勇者様、聖女様」

「あ、あなたは」

 彼は確か、ブリューナク男爵家の警備をしていた者だ。顔に覚えがある。

「ブリューナク男爵家警備隊長をしております、マックスと申します」

「どうして、私たちはここに? あ、あと、私と同じぐらいの歳の男の子がここにいませんでしたか?」

「男の子ですか? 見ていません。何も覚えていらっしゃらないのですね。それだけ激しい戦いでございました。ご無事で何よりでございます」

 ふと、周りを見渡すと、信じられない数のゴブリンの死体が山のように積み上がっていた。

「ふぐっ、す、すごい臭いですわ、エリオ様……」

 さっきまでの懐かしい匂いから、一転、ゴブリンの血生臭さが鼻をつく。

「このゴブリンは誰が?」

「勇者様と聖女様のお二人で倒されました」

「い、いや、それはおかしい」
「こ、こんな数を二人で倒せるわけありません!」

「間もなく、王都の騎士団も到着致します。魔力切れで体調も優れないご様子。今は、ゆっくりお休みくださいませ。私でも、見張りぐらいでしたらお役に立てますでしょう」

 確かに、体からごっそり魔力がなくなっている。これ程に魔力を消費したことはないし、魔力切れによる気持ち悪さのようなものが残っている。記憶がなくなるほど? 私とシャーロットの二人でこの数のゴブリンを本当に倒せるのだろうか。

「エ、エリオ様、あ、あれを……」

「な、なっ!?」

 大量のゴブリンの側に一際目立つ巨体。あ、あれは……。

「ゴブリンキングでございます。さすがに苦戦されておりましたが、最後は勇者様の聖剣で一閃でした」

「あ、あれを、私が倒したというのですか」

「はい、お見事でございました」

「私もシャルロットも記憶があやふやなのですが、一体、何故この場所に」

「何も覚えていらっしゃらないのですか……。わかりました、では最初からお話をしましょう。何か思い出すかもしれません」


 男爵の娘さんを治療した後、食事を頂き、そろそろ大聖堂へ戻ろうとした時に、地下からゴブリンが数体現れたそうだ。どうやら地下から水路を通じて侵入したらしく、念のために地下水門まで様子を見ることになったそうだ。

「すると、数体のゴブリンを倒しながら水門を出たところ、川沿いの森に凄まじい数のゴブリンを発見したと」

「はい。勇者様と聖女様は私たちに応援を呼ぶように伝え、お二人はそのままゴブリンの群れへ」

「と、とても、信じられないですね」

「お二人も、全てのゴブリンを討伐するおつもりはなかったのでしょう。応援が来るまでの間、ゴブリンどもが街へ攻め込まないように、押さえようという気持ちでいっぱいだったのでしょう」

「結果として、二人でこの数プラス、ゴブリンキングまで倒したというのですか……」

「私が証人でございます。お披露目の前に王都を救った正真正銘の英雄でございます。多くの人々から魔王討伐への期待と多大なる賞賛を浴びることになるでしょう」


 いろいろとおかしい。


 そもそも、これだけ大量のゴブリンを倒したのならレベルが上がっていてもおかしくない。しかも、上位種のゴブリンキングまで倒しているのだ。

「シャルロット、レベルは上がってる?」

 同じことを考えていたらしく、シャルロットは静かに首を振る。

「そっかぁ。私もレベルは上がっていない」

 しかしながら、マックスさんが嘘をついているとは思えないし、そんなことをするメリットがない。むしろ、私たちに記憶がないのだから、自分の手柄にすることだって出来るのだから。


「勇者様、聖女様、応援の騎士団が到着されたようです」

 騎士団と思われる馬の足音と砂埃が近づいているのが見える。そのなかには、きっとクリストフにライルもいるのだろう。

 わからないことだらけだけど、ただ一つ私には間違えようのない事実として、レックスの匂いだけが確かなもののように思えた。

 ひょっとしたら、レックスがこのゴブリンを? いや、考えすぎか。

「レックス……」

 レックスからもらった十字架のネックレスを握り締めながら、私は森から抜ける空を見上げた。
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