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4巻
4-3
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少し落ち着いてからお腹の減った僕らは屋台のある広場に向かうことにした。
「ルーク、このペネロペバーガーっていう料理、信じられないぐらい美味しいよ!」
アイリーンが手に持っているのはドラゴンも大好物だというネスト村の名物料理の一つ、ハンバーガー。片手で気軽に食べられるあたり忙しい冒険者向けとしてよく考えられている。
ちなみに僕はミルクパスタというのを注文した。ネスト村では酪農も盛んに行われているらしく新鮮なミルクやチーズが格安で手に入るそうで、冒険者向けの料理にもふんだんに使用されているのだという。
しかもダンジョン二階層のミノタウロスからドロップするアイテムでもミルクが手に入るそうだ。ネスト村ではミルク料理がかなり研究され始めていると屋台の人が話していた。
「ミルクとチーズが絡んですごく濃厚だ……」
珍しい麺料理であるこのパスタというのもスープと絡んで美味しい。
「私はさっき疾風の射手から情報を仕入れたわ。まずはピザがおすすめらしいわね。この生地にたっぷりトメイトソースを塗って、具材はラリバードの肉と卵にたっぷりのチーズよ」
疾風の射手は王都で僕たちミルキートスの集いと切磋琢磨してきたパーティだ。最近見かけないと思っていたらネスト村に来ていたらしい。ヨルドは頭のキレるリーダーだ。こんな素晴らしい場所を早期から押さえていたとはさすがとしか言いようがない。
「ほらっ、早くピザ窯に入れな。すぐに焼き上がるから待ってろ」
ピザ窯の前には小さな小人がいる。子供ではない……というか、何、この生き物!?
「えっ!?」
「ま、魔物じゃないんだよね?」
「この方々は火の精霊さんよ。ネスト村の火の管理はすべてこの精霊さんたちがやってるから安心だって、ネルサスが言ってたわ」
「ほら、焼けたよ。はい、次の人」
「ありがと精霊さん」
この精霊さん、火の管理どころかピザまで焼いてくれるじゃないか……。他にもバーベキューと呼ばれる網焼きや鉄板焼きの器材が揃っていて自由に使っていいのだとか。そして火力の調整や消火など管理はすべて火の精霊が行ってくれるのだという。なんて便利なのだろう。
それにしても精霊ってはじめて見た……。おとぎ話に出てくる存在だと思っていたら本当にいたんだね。
ネスト村の広場では冒険者向けの屋台が多く並んでいるし、シルビアのように具材だけ買ってピザを焼く者もいる。すでに何組かの冒険者も王都から来ていて、ここでお弁当を買ってゴーレム馬車で魔の森へと向かうのだという。
「ラヴィ、いくよー、ほれぇー!」
「次は僕が骨を投げる番だからね」
「順番は守って! ネシ子様に言いつけるわよ」
朝から子供たちが元気に遊び回っている。それだけでネスト村が平和で安全な村だということを理解させられる。王都では犯罪者も多いため子供たちだけでこのように遊ばせることはありえない。
「あの銀色のワイルドファング、ラヴィっていうのね。子供たちにもよく馴れているわ」
子供たちが投げた骨を取ってきてはおやつの端肉をもらっている。魔物と触れ合う子供たちというのも辺境の地ならではの光景かもしれない。
一方で、朝から宴会を繰り広げているのがドワーフたちだ。一応気をつかっているのか、子供たちからは少し離れた場所で固まっている。彼らは夜間の仕事の疲れを温泉でとり、昼近くまでここで酒を飲んでいるのだそうだ。そうして夕方まで仮眠をとってから、また酒を飲みながら仕事に打ち込むのだとか。酒飲みすぎだろう……。
「王都でもあんないっぱいドワーフいなかったよね?」
「この近くにドワーフの集落でもあったのかしら?」
これだけの多くのドワーフがいても仕事に溢れない何かがネスト村にはあるということだ。
無料で入れる温泉というのも興味がある。今日の魔の森での討伐が終わったら行ってみようと思う。お風呂とか貴族しか入れない高級なものだと思うのになんで無料なんだろうか……。
さて、魔の森へは乗り合いゴーレム馬車で向かう。ゴーレムもパワーはあると思うけど、この人数の冒険者を運ぶのはちょっと無理がある。いったいどうするのだろうと思っていたら……。
ドシーン、ドシーン!
「な、なんだ、この地響きは!?」
「あ、あれが、ゴーレム馬車なのね……あんなのを動かす天才がここにはいるっていうの……」
「シルビア、倒れちゃダメ! まだ魔の森にすらたどり着いてないってば」
シルビアが驚くのも無理もない。僕たちが昨日見たゴーレムではなく、牛型の魔物を模した巨大なゴーレムが現れたのだ。確かにこのサイズ感ならこの人数を難なく運べそうだ。
「午前の部、第一便でーす。どうぞお乗りください」
冒険者たちは慣れた感じで次々に乗り込んでいく。これが普通なのか。これが辺境の普通なのか!
「よお、久しぶりルーク」
「ネルサス、久しぶりだね。こっちは長いんだってね。シルビアから聞いたよ」
「驚いてるみたいだな。というか、シルビアちゃんは大丈夫なのか? なんで朝からぶっ倒れてるんだ」
「これはゴーレム恐怖症みたいなやつ……?」
「なんだよ、それ……。まあ、しばらく慣れるまで大変だろうけど、十日も経ったらネスト村から離れられなくなると思うぜ。俺たちも王都に戻ろうなんて気持ちはもうこれっぽっちもない」
「そ、そうなのか」
「あっ、魔の森に入る前にこっちの先輩として軽くアドバイスをしておくわ。まあ、ミルキートスの集いなら問題ないと思うけどよ」
ネルサスからのアドバイスをまとめると、魔の森は深く入りすぎると疾風の射手でさえ厳しい大型モンスターが出るとのこと。なので、しばらくは浅いエリアでの討伐をおすすめする。
それから、このゴーレム馬車に似たブラックバッファローが現れたらそれ以上先には絶対進むな。群れで襲われたら命はないほどの危険な魔物なのだそうだ。
「じゃあ、最後にこのアイテムを渡しておく」
「こ、これは?」
「ダンジョンの三階層でドロップされるアイテムでテントという。これを使えば一定範囲内を半日ほど魔物の攻撃から守ってくれる。ただ、アイテムを使うのを魔物に見られないようにだけ注意しろよ」
「いいのか、こんなすごいアイテムを」
「いいってことよ。その代わり、シルビアちゃんに俺がプレゼントしたってちゃんと伝えといてくれよ」
「ああ、わかった」
ネルサスがシルビアに好意を持っているのは前から知っている。しかし残念ながらシルビアはネルサスのことをただの冒険者仲間としか思っていない。すまないネルサス、僕にはどうすることもできないんだ……。
それにしてもすごいアイテムだ。こんなアイテムがあったら王都で爆発的に売れるに違いない。やはり、ダンジョン探索は儲かる。僕たちの判断は間違っていないんだ。ダンジョンに行けるようになったら稼ぎまくって、いち早くAランク冒険者になってみせる!
◇
冒険者ギルドとゴーレム隊によるダンジョンの調査は無事に終了し、本日より正式に一般冒険者へ開放することとなった。
とはいっても、ギルドからの判定はAランク指定ダンジョンとのことで、パーティでAランク相当の実力を認められてなければ拠点のある三階層へは行けない。
でもそれでは冒険者も僕――クロウも冒険者ギルドもお金儲けができない。
ということで、パーティでCランク以上の実力が認められれば一階層まで許可を出してもらうことになった。そしてBランクであればゴーレム隊のレンタル必須ではあるが拠点までの探索が可能になる。
現在、Bランクの冒険者は五組ほどネスト村に来ているのだけど、ゴーレム隊のレンタルについてはぜひにとのことだった。それだけ二階層、三階層のドロップアイテムを手に入れたいのだろう。
ちなみに一階層のオークは単体でDランクの魔物なので問題はないし、今のところダンジョン内で増えすぎずに討伐されていることから、オークジェネラルやオークキングが出現することはなさそうとのこと。
ダンジョンマスターのシェルビーいわく、一階層である程度数が増えないと出現しないそうなので平気だそうだ。上位の個体が現れる際には事前に教えてくれるそうだけど、探索者は増えていくので減ることはあっても増えることはなさそうだなと思っている。
「なんだかワクワクドキドキって感じだよね」
「そうね」
僕の隣にいるローズはオープン初日にダンジョンへは向かわないらしい。あれかな、サイクロプスとかがトラウマになってるのかな。
つい先ほどダンジョンへ向かうゴーレム馬車の第一陣を見送ったところなんだけど、これまで冒険者たちは魔の森でしっかり討伐をしてきたから、いい緊張感を持って臨めている気がする。
疾風の射手がネスト村の先輩としてからアドバイスをしていたり、ネスト村での生活の相談とかにも乗っているようでとても助かっている。疾風の射手はAランクを目指しているパーティだけあって信頼も厚いらしい。
「で、ローズはなんでダンジョンに行かないの?」
「そのうち行くわよ。でも今は体の動きを確かめたいからディアナとの鍛錬を優先したいの」
どうやら鬼のパンツで魔力の消費が抑えられるから戦い方を変えようとしているっぽい。長時間の身体強化というのは体にもそれなりに負担がかかる。無駄のない動きの追求、あと体力のベースアップといったところだろうか。
身体補助魔法は僕も何度かやってみたけど翌日の筋肉痛が半端ない。それが鬼のパンツの魔力消費軽減効果で長時間使うことができるようになった……。僕なら死んじゃうね。数日はベッドから起き上がれない。
どうやらローズも全力で身体補助魔法をやってしまうと体が持たないと理解したらしい。しばらくは体力の底上げという名の、護衛のディアナとの鍛錬に注力するということだ。
いくら魔力があっても使いこなせる体力と筋力が伴ってなければ、翌日以降まったく動けなくなるとか笑い話にしかならない。まあ、明日は絶対に動かないとわかっているうえでの奥義的な使用方法なら問題ないんだろうけどさ。
ローズは常に無双したいから体力アップを優先するということなのだろう。使える魔力分、全部動き回りたいなんて相変わらず頭おかしい女の子だ。でも無駄のない動きの追求というのはありだと思う。まあ、僕はやらないけど。
僕とローズが見送った馬車の前方で、何やら一面緑色に覆われていく。あれは……風の精霊さんたちが戻ってきたのかな。地面の近くには土埃が舞っているのでおそらく大地の精霊さんと一緒になってやってきたのだろう。相変わらずというか、恒例というか、精霊さん来るの早いんだよね。
すれ違った冒険者が何事かと慌てふためいているので勘弁してもらいたい。しかしながらそんなことは関係ないとばかりに満面の笑みでやってきたのは風の精霊の女王。
「クロウ、来たのよ。勝手に牧場に行ってもいいかしらなの」
「そういうことなら牧場の担当者を紹介するよ」
「助かるの」
牧場エリアは元ラグノ村の村長であるドミトリーさんと息子のチャンクがまとめ役をしている。チーズなどの乳製品や、毛糸を使った服などはネスト村に欠かせない物になっている。
「あ、あれ? さっきまでいた大地の精霊さんたちは?」
「我慢できなかったみたいなの。迷惑はかけないと思うから許してなの」
風の女王が指さした先には我先にと畑に飛び込んでいく大地の精霊さんの姿があった。まるで温泉にでも浸かっているかのような幸せそうな表情をしている。
やがて、体をブルブル震わせるようにしながら魔力を高めたかと思うとミスリルの塊を生み出した。感情が高ぶるとミスリルを出してくれるのだろうか。
「あれをすぐに回収するの。ミスリルの管理は風の精霊がするの!」
そのあたりは精霊さんに任せるとしか言えないけど、確かにほんわかした大地の精霊さんにそういう管理とかは難しそうに思える。
「ミスリルについてはあとでドワーフを紹介するから、その工房に持っていってもらいたい」
「わかったの。じゃあ、早く牧場へ行くの」
どうやら居住予定地に行くのを今か今かと待ち望んでいたのは大地の精霊さんだけでなく風の精霊さんも同じだったらしい。風の精霊の女王は僕の手を取ると早歩きで進んでいく。風の精霊さんたちもどこかそわそわしていてわかりやすい。
「あー、そうそう。女王には落ち着いたらお願いしたいことがあるんだ」
「お願い? 私になの?」
「そうそう、精霊魔法について教えてもらいたいんだ」
「ふーん、構わないの。それより早く牧場へ急ぐの」
そう、火の精霊の女王を精霊魔法で治したのを見て以来、使ってみたいと思っていたのだ。
風の精霊の女王は、精霊魔法を人が扱えるのかとか、そういう細かいことは気にしないらしい。それともそもそも扱えるわけがないと思っている可能性もある。
◇
そうして、ネスト村では精霊さんが闊歩しているのが普通の光景となっていった。
大地の精霊さんはシャイなのか、それとも言葉数が少ないのか、未だにちゃんと会話をしたことがない。何度か会話を試みようと畑を訪れたものの寝ていて話しかけていいのかわからないのだ。
それでも住処にしている畑で採れる野菜や薬草の質は今まで以上に良くなっているのは確か。
新人の錬金術師でもBランクポーションが作りやすくなっているし、古参だとうっかりAランクポーションになってしまうのが玉に瑕といったところ。
そうして作られた分は精霊さんがミスリルと交換してくれるので今のところ問題はないというかプラスでしかない。
なんというか大地の精霊さんを見ていると、これが僕の求めていたスローライフなのではないかなと思うほどにその顔はゆる~くのんびりしていて、なんなら大抵の場合目をつむっている。
瞑想しているのか寝ているのかは不明だけど、一日の睡眠時間がどのぐらいなのかは気になっている。
「お邪魔するの」
「あー、うん、いらっしゃいませ」
女王が来たのを察してかすぐにマリカがAランクポーションを持ってくる。コップが三つ用意されているあたり、単純に自分も飲みたいからに違いない。
「大地の精霊さんのおかげでAランクが容易に錬成できるようになりました」
「そうだね。エルアリム、大地の精霊さんにお礼を伝えてもらってもよいですか?」
「うん、任せてなの」
エルアリムとは、目の前にいる風の精霊の女王のことだ。ちなみに火の精霊の女王はアフェリアといい、まだ見たことがないんだけど大地の精霊の女王はシャンクルーというらしい。
精霊もそれぞれ考え方が違うようで、風の精霊は自由で友好的、火の精霊は保守的かつ攻撃的、大地の精霊は無関心でマイペースといったところだと思われる。
コクコクと美味しそうにポーションを飲むエルアリムさん。
「ぷはー、やっぱりAランクは格別なの」
「わかります。薬草の香りや口あたりが比べ物になりません。冷やすともっと美味しいんですよ」
「そうなの? でも精霊はあまり冷たいのは得意じゃないかもなの」
さて、そろそろ本題に入らせてもらおうか。今日エルアリムに来てもらったのは精霊魔法について話を聞かせてもらうためだ。
もしも精霊魔法が錬金術スキルで再現できるのであれば、魔法の一つ先の光景が見られるのではないかと思ったりしている。
それは畑の野菜を見れば一目瞭然で、錬金術で魔力を混ぜ合わせた土よりも大地の精霊さんが管理した方が数段上のレベルに昇華しているのだ。
「エルアリム、精霊魔法について詳しく教えてもらえますか?」
「そうね、人の扱う魔法は体の内側で蓄えた魔力を使って発動すると思うの。精霊魔法は自然界に漂うエーテルを使用する魔法なの。ご存知だとは思うけど、エーテルの中でも特に強大なものは龍脈なの」
「エーテル……。発動の仕方が違うということですか……」
「そうなの。人が基本的に単一の魔法属性しか持てない理由がそれなの。一つの体の中でいくつもの魔力属性を持つなんて難しいの。可能だとしてもその分威力は相当落ちると思うの」
人は体の中でイメージして魔法を発動している。ところが精霊は自然界にあるエーテルを集めて発動する。これは発動前の詠唱やイメージというものをすっ飛ばして放っているということ。
「なるほどですね。根本から考え方が違うんですね」
「そうなの。だけど、クロウの錬金術はちょっとおかしいの」
まあ、わかる。基本的に単一の魔法しか扱えないのに錬金術スキルでは土魔法も風魔法も火魔法だって扱えてしまうのだ。
「錬金術スキルにこんな使い方ができるなんて、クロウ様が発見するまで誰も知らなかったんですよ。あっ、おかわり入れますね」
「ありがとうなのマリカ。あっ、それでね、ひょっとしたら錬金術師なら精霊魔法を扱えるかもしれないと思ったからクロウに伝えようと思ったの」
錬金術が様々な魔法を使えることについて説明しておくと、おそらく単一の属性を持っていない、何色にも染まらない魔力を持っているからこそ、様々な属性魔法を錬成することができるのだと思う。
そしてここからが重要なんだけど、錬金術スキルは体の中ではなく外側にある物質と混じり合うことで変成される。
僕がよく使う土壁で例えるなら、魔力を地面に放出して土に魔力を混ぜ合わせ壁になるよう錬成しているのだ。
つまり、錬金術師だけ魔法を体の内側で練るのではなく、発動の際に外側で使用しているということになる。
「精霊魔法を扱える可能性があるということかな?」
「ええ、可能性はあると思うの。練習してみる?」
「教えてくれるの?」
「別に構わないの。クロウにはこれからもお世話になるつもりだし、どちらにしても人で精霊魔法を扱える可能性があるのは錬金術師に限られるの。もしもマスターできたのであれば、誰に授けるかはクロウが選べばいいと思うの」
強力な精霊魔法を覚えることで争いごとなどに悪用される可能性がある。その選別は僕がしなさいよということか。まあ、誰に教えるとかは僕がマスターしてから考えればいいか。危なっかしい魔法だったら教えなければいいのだから。
「では風の治癒魔法をやってみるの。よく見てるの」
エルアリムが火の女王アフェリアに治癒魔法を使ったのは見ていた。それはものすごい効果で、緑色の風に包まれた瞬間に少しだけ残っていた黒い靄のようなものはすべて綺麗さっぱりと消え去ってしまった。
Aランクのポーションでも完全に治せなかったものを一瞬で治癒させてしまったのだ。つまり、この精霊魔法の効果はSランク級の効果とでもいえばいいのだろうか。それは、僕たち錬金術師が到達していない境地が存在していることを確かに感じさせた。
そうして今再び、エルアリムが治癒魔法を使おうとしている。前回よりもゆっくりとやってくれているのは、僕にわかりやすく見せるように配慮してくれているのだろう。
テーブルの上にはいつの間にやら用意したらしい枯れかけの花。エルアリムを中心に魔力が集まるとそれは手のひらに集中される。
「癒しの風よ、穢れを払い清めたまえ」
手から放たれた緑の風が優しく花を包み込むと、時間を巻き戻すかのようにその花は生命力を溢れさせていった。
萎れていた花びらが瑞々しくなり再び花が開いていく。まるでさっきまで草原に咲いていたかのように、花は美しさと生命力の溢れる状態に復活した。
「はい、次はクロウの番なの」
僕の番と言われても、すぐに同じようなことができるわけがない。
「今のを再現するとなると、まず周囲に溢れている魔力を両手に集める……ことから始めるのかな?」
「魔力じゃなくてエーテルなの。ネスト村はとてもエーテルが豊富な場所になってきているの。ここら一帯のエーテルはクロウの持っている魔力の数千、いや数万倍はあると思うの。それを自由に使えれば、今までとは比較にならない規模の魔法が使えるようになるはずなの」
魔力とエーテルって何が違うのか……。たぶんだけど、体から出力するのが魔力で自然界に漂っているのがエーテルなんだとは思う。
僕の魔力もネシ子との契約でそれなりにボリュームがあるのだろうけど、精霊魔法は自然界に溢れるエーテルを利用して放つもの。扱える総量が全然違うので、身につければとんでもない規模の魔法を発動することだってできるのかもしれない。
ネスト村にエーテルが多い理由って、龍脈が移動したこととか精霊たちが集まってきていることの影響もあるのだろう。
ネスト村だけでなく、魔力の豊富な場所であればダンジョンでも精霊魔法の使い勝手はいいのではないだろうか。いや、そもそもダンジョンにあるのが魔力なのかエーテルなのかよくわからない。今度シェルビーに聞いてみようか。
あと、逆を言えばエーテルの多くない場所だと精霊魔法の威力はそこまでではないということ。龍脈から離れた場所や魔物が寄りつかない所ではきっと使いづらいのだろう。
「うーん、エーテルを……集める?」
手には魔力が集まってくるが、これはたぶん違う。いつも錬金術を使用する時にやっているやつだから魔力と思われる。
「そうじゃないの。それはクロウの魔力を手に集めてるだけなの。もっと自然のエーテルを感じるの」
考えるな、感じろ的なアドバイスは一部の天才にしか通用しないアドバイスだと思うんだ。
「うーん、難しいかも……」
「クロウは魔法を内側から放出することに慣れすぎてるの。しばらくは精霊とともに過ごしながら自然の力を感じるのがいいと思うの」
「それは、大地の精霊さんみたいに畑に埋まれということなのかな……」
「エーテルを感じるのにとっても勉強になると思うの」
領主が畑に埋まってお昼寝してる姿を晒すというのはいかがなものだろうか。お家でお昼寝しているのとはわけが違う。この村は本当に大丈夫なのかと思われかねない。まだ牧場の草原でお昼寝している方が子供っぽくていいかもしれないよね。
「大地の精霊さんは最終手段かな。とりあえず牧場の方で学ばせてください」
「風のエーテルを感じるなら牧場よりも適した場所があるの。うーん、そうね、ついてくるの」
いずれにしても、僕に必要なのは自然のエーテルを感じること。何をすればいいのかいまいちわからなかったのだけど簡潔ながら助言はもらった。
集中して呼吸して自然のエーテルを体にとり入れる。そして純粋なエーテルのみを残して吐き出す。それを繰り返すうちに体がエーテルを覚えていくのだとか。魔力とは違うエーテルを正確に把握するところからのお勉強らしい。
「それで、どこに行くのかな?」
「いいから、ついてくるの」
「ルーク、このペネロペバーガーっていう料理、信じられないぐらい美味しいよ!」
アイリーンが手に持っているのはドラゴンも大好物だというネスト村の名物料理の一つ、ハンバーガー。片手で気軽に食べられるあたり忙しい冒険者向けとしてよく考えられている。
ちなみに僕はミルクパスタというのを注文した。ネスト村では酪農も盛んに行われているらしく新鮮なミルクやチーズが格安で手に入るそうで、冒険者向けの料理にもふんだんに使用されているのだという。
しかもダンジョン二階層のミノタウロスからドロップするアイテムでもミルクが手に入るそうだ。ネスト村ではミルク料理がかなり研究され始めていると屋台の人が話していた。
「ミルクとチーズが絡んですごく濃厚だ……」
珍しい麺料理であるこのパスタというのもスープと絡んで美味しい。
「私はさっき疾風の射手から情報を仕入れたわ。まずはピザがおすすめらしいわね。この生地にたっぷりトメイトソースを塗って、具材はラリバードの肉と卵にたっぷりのチーズよ」
疾風の射手は王都で僕たちミルキートスの集いと切磋琢磨してきたパーティだ。最近見かけないと思っていたらネスト村に来ていたらしい。ヨルドは頭のキレるリーダーだ。こんな素晴らしい場所を早期から押さえていたとはさすがとしか言いようがない。
「ほらっ、早くピザ窯に入れな。すぐに焼き上がるから待ってろ」
ピザ窯の前には小さな小人がいる。子供ではない……というか、何、この生き物!?
「えっ!?」
「ま、魔物じゃないんだよね?」
「この方々は火の精霊さんよ。ネスト村の火の管理はすべてこの精霊さんたちがやってるから安心だって、ネルサスが言ってたわ」
「ほら、焼けたよ。はい、次の人」
「ありがと精霊さん」
この精霊さん、火の管理どころかピザまで焼いてくれるじゃないか……。他にもバーベキューと呼ばれる網焼きや鉄板焼きの器材が揃っていて自由に使っていいのだとか。そして火力の調整や消火など管理はすべて火の精霊が行ってくれるのだという。なんて便利なのだろう。
それにしても精霊ってはじめて見た……。おとぎ話に出てくる存在だと思っていたら本当にいたんだね。
ネスト村の広場では冒険者向けの屋台が多く並んでいるし、シルビアのように具材だけ買ってピザを焼く者もいる。すでに何組かの冒険者も王都から来ていて、ここでお弁当を買ってゴーレム馬車で魔の森へと向かうのだという。
「ラヴィ、いくよー、ほれぇー!」
「次は僕が骨を投げる番だからね」
「順番は守って! ネシ子様に言いつけるわよ」
朝から子供たちが元気に遊び回っている。それだけでネスト村が平和で安全な村だということを理解させられる。王都では犯罪者も多いため子供たちだけでこのように遊ばせることはありえない。
「あの銀色のワイルドファング、ラヴィっていうのね。子供たちにもよく馴れているわ」
子供たちが投げた骨を取ってきてはおやつの端肉をもらっている。魔物と触れ合う子供たちというのも辺境の地ならではの光景かもしれない。
一方で、朝から宴会を繰り広げているのがドワーフたちだ。一応気をつかっているのか、子供たちからは少し離れた場所で固まっている。彼らは夜間の仕事の疲れを温泉でとり、昼近くまでここで酒を飲んでいるのだそうだ。そうして夕方まで仮眠をとってから、また酒を飲みながら仕事に打ち込むのだとか。酒飲みすぎだろう……。
「王都でもあんないっぱいドワーフいなかったよね?」
「この近くにドワーフの集落でもあったのかしら?」
これだけの多くのドワーフがいても仕事に溢れない何かがネスト村にはあるということだ。
無料で入れる温泉というのも興味がある。今日の魔の森での討伐が終わったら行ってみようと思う。お風呂とか貴族しか入れない高級なものだと思うのになんで無料なんだろうか……。
さて、魔の森へは乗り合いゴーレム馬車で向かう。ゴーレムもパワーはあると思うけど、この人数の冒険者を運ぶのはちょっと無理がある。いったいどうするのだろうと思っていたら……。
ドシーン、ドシーン!
「な、なんだ、この地響きは!?」
「あ、あれが、ゴーレム馬車なのね……あんなのを動かす天才がここにはいるっていうの……」
「シルビア、倒れちゃダメ! まだ魔の森にすらたどり着いてないってば」
シルビアが驚くのも無理もない。僕たちが昨日見たゴーレムではなく、牛型の魔物を模した巨大なゴーレムが現れたのだ。確かにこのサイズ感ならこの人数を難なく運べそうだ。
「午前の部、第一便でーす。どうぞお乗りください」
冒険者たちは慣れた感じで次々に乗り込んでいく。これが普通なのか。これが辺境の普通なのか!
「よお、久しぶりルーク」
「ネルサス、久しぶりだね。こっちは長いんだってね。シルビアから聞いたよ」
「驚いてるみたいだな。というか、シルビアちゃんは大丈夫なのか? なんで朝からぶっ倒れてるんだ」
「これはゴーレム恐怖症みたいなやつ……?」
「なんだよ、それ……。まあ、しばらく慣れるまで大変だろうけど、十日も経ったらネスト村から離れられなくなると思うぜ。俺たちも王都に戻ろうなんて気持ちはもうこれっぽっちもない」
「そ、そうなのか」
「あっ、魔の森に入る前にこっちの先輩として軽くアドバイスをしておくわ。まあ、ミルキートスの集いなら問題ないと思うけどよ」
ネルサスからのアドバイスをまとめると、魔の森は深く入りすぎると疾風の射手でさえ厳しい大型モンスターが出るとのこと。なので、しばらくは浅いエリアでの討伐をおすすめする。
それから、このゴーレム馬車に似たブラックバッファローが現れたらそれ以上先には絶対進むな。群れで襲われたら命はないほどの危険な魔物なのだそうだ。
「じゃあ、最後にこのアイテムを渡しておく」
「こ、これは?」
「ダンジョンの三階層でドロップされるアイテムでテントという。これを使えば一定範囲内を半日ほど魔物の攻撃から守ってくれる。ただ、アイテムを使うのを魔物に見られないようにだけ注意しろよ」
「いいのか、こんなすごいアイテムを」
「いいってことよ。その代わり、シルビアちゃんに俺がプレゼントしたってちゃんと伝えといてくれよ」
「ああ、わかった」
ネルサスがシルビアに好意を持っているのは前から知っている。しかし残念ながらシルビアはネルサスのことをただの冒険者仲間としか思っていない。すまないネルサス、僕にはどうすることもできないんだ……。
それにしてもすごいアイテムだ。こんなアイテムがあったら王都で爆発的に売れるに違いない。やはり、ダンジョン探索は儲かる。僕たちの判断は間違っていないんだ。ダンジョンに行けるようになったら稼ぎまくって、いち早くAランク冒険者になってみせる!
◇
冒険者ギルドとゴーレム隊によるダンジョンの調査は無事に終了し、本日より正式に一般冒険者へ開放することとなった。
とはいっても、ギルドからの判定はAランク指定ダンジョンとのことで、パーティでAランク相当の実力を認められてなければ拠点のある三階層へは行けない。
でもそれでは冒険者も僕――クロウも冒険者ギルドもお金儲けができない。
ということで、パーティでCランク以上の実力が認められれば一階層まで許可を出してもらうことになった。そしてBランクであればゴーレム隊のレンタル必須ではあるが拠点までの探索が可能になる。
現在、Bランクの冒険者は五組ほどネスト村に来ているのだけど、ゴーレム隊のレンタルについてはぜひにとのことだった。それだけ二階層、三階層のドロップアイテムを手に入れたいのだろう。
ちなみに一階層のオークは単体でDランクの魔物なので問題はないし、今のところダンジョン内で増えすぎずに討伐されていることから、オークジェネラルやオークキングが出現することはなさそうとのこと。
ダンジョンマスターのシェルビーいわく、一階層である程度数が増えないと出現しないそうなので平気だそうだ。上位の個体が現れる際には事前に教えてくれるそうだけど、探索者は増えていくので減ることはあっても増えることはなさそうだなと思っている。
「なんだかワクワクドキドキって感じだよね」
「そうね」
僕の隣にいるローズはオープン初日にダンジョンへは向かわないらしい。あれかな、サイクロプスとかがトラウマになってるのかな。
つい先ほどダンジョンへ向かうゴーレム馬車の第一陣を見送ったところなんだけど、これまで冒険者たちは魔の森でしっかり討伐をしてきたから、いい緊張感を持って臨めている気がする。
疾風の射手がネスト村の先輩としてからアドバイスをしていたり、ネスト村での生活の相談とかにも乗っているようでとても助かっている。疾風の射手はAランクを目指しているパーティだけあって信頼も厚いらしい。
「で、ローズはなんでダンジョンに行かないの?」
「そのうち行くわよ。でも今は体の動きを確かめたいからディアナとの鍛錬を優先したいの」
どうやら鬼のパンツで魔力の消費が抑えられるから戦い方を変えようとしているっぽい。長時間の身体強化というのは体にもそれなりに負担がかかる。無駄のない動きの追求、あと体力のベースアップといったところだろうか。
身体補助魔法は僕も何度かやってみたけど翌日の筋肉痛が半端ない。それが鬼のパンツの魔力消費軽減効果で長時間使うことができるようになった……。僕なら死んじゃうね。数日はベッドから起き上がれない。
どうやらローズも全力で身体補助魔法をやってしまうと体が持たないと理解したらしい。しばらくは体力の底上げという名の、護衛のディアナとの鍛錬に注力するということだ。
いくら魔力があっても使いこなせる体力と筋力が伴ってなければ、翌日以降まったく動けなくなるとか笑い話にしかならない。まあ、明日は絶対に動かないとわかっているうえでの奥義的な使用方法なら問題ないんだろうけどさ。
ローズは常に無双したいから体力アップを優先するということなのだろう。使える魔力分、全部動き回りたいなんて相変わらず頭おかしい女の子だ。でも無駄のない動きの追求というのはありだと思う。まあ、僕はやらないけど。
僕とローズが見送った馬車の前方で、何やら一面緑色に覆われていく。あれは……風の精霊さんたちが戻ってきたのかな。地面の近くには土埃が舞っているのでおそらく大地の精霊さんと一緒になってやってきたのだろう。相変わらずというか、恒例というか、精霊さん来るの早いんだよね。
すれ違った冒険者が何事かと慌てふためいているので勘弁してもらいたい。しかしながらそんなことは関係ないとばかりに満面の笑みでやってきたのは風の精霊の女王。
「クロウ、来たのよ。勝手に牧場に行ってもいいかしらなの」
「そういうことなら牧場の担当者を紹介するよ」
「助かるの」
牧場エリアは元ラグノ村の村長であるドミトリーさんと息子のチャンクがまとめ役をしている。チーズなどの乳製品や、毛糸を使った服などはネスト村に欠かせない物になっている。
「あ、あれ? さっきまでいた大地の精霊さんたちは?」
「我慢できなかったみたいなの。迷惑はかけないと思うから許してなの」
風の女王が指さした先には我先にと畑に飛び込んでいく大地の精霊さんの姿があった。まるで温泉にでも浸かっているかのような幸せそうな表情をしている。
やがて、体をブルブル震わせるようにしながら魔力を高めたかと思うとミスリルの塊を生み出した。感情が高ぶるとミスリルを出してくれるのだろうか。
「あれをすぐに回収するの。ミスリルの管理は風の精霊がするの!」
そのあたりは精霊さんに任せるとしか言えないけど、確かにほんわかした大地の精霊さんにそういう管理とかは難しそうに思える。
「ミスリルについてはあとでドワーフを紹介するから、その工房に持っていってもらいたい」
「わかったの。じゃあ、早く牧場へ行くの」
どうやら居住予定地に行くのを今か今かと待ち望んでいたのは大地の精霊さんだけでなく風の精霊さんも同じだったらしい。風の精霊の女王は僕の手を取ると早歩きで進んでいく。風の精霊さんたちもどこかそわそわしていてわかりやすい。
「あー、そうそう。女王には落ち着いたらお願いしたいことがあるんだ」
「お願い? 私になの?」
「そうそう、精霊魔法について教えてもらいたいんだ」
「ふーん、構わないの。それより早く牧場へ急ぐの」
そう、火の精霊の女王を精霊魔法で治したのを見て以来、使ってみたいと思っていたのだ。
風の精霊の女王は、精霊魔法を人が扱えるのかとか、そういう細かいことは気にしないらしい。それともそもそも扱えるわけがないと思っている可能性もある。
◇
そうして、ネスト村では精霊さんが闊歩しているのが普通の光景となっていった。
大地の精霊さんはシャイなのか、それとも言葉数が少ないのか、未だにちゃんと会話をしたことがない。何度か会話を試みようと畑を訪れたものの寝ていて話しかけていいのかわからないのだ。
それでも住処にしている畑で採れる野菜や薬草の質は今まで以上に良くなっているのは確か。
新人の錬金術師でもBランクポーションが作りやすくなっているし、古参だとうっかりAランクポーションになってしまうのが玉に瑕といったところ。
そうして作られた分は精霊さんがミスリルと交換してくれるので今のところ問題はないというかプラスでしかない。
なんというか大地の精霊さんを見ていると、これが僕の求めていたスローライフなのではないかなと思うほどにその顔はゆる~くのんびりしていて、なんなら大抵の場合目をつむっている。
瞑想しているのか寝ているのかは不明だけど、一日の睡眠時間がどのぐらいなのかは気になっている。
「お邪魔するの」
「あー、うん、いらっしゃいませ」
女王が来たのを察してかすぐにマリカがAランクポーションを持ってくる。コップが三つ用意されているあたり、単純に自分も飲みたいからに違いない。
「大地の精霊さんのおかげでAランクが容易に錬成できるようになりました」
「そうだね。エルアリム、大地の精霊さんにお礼を伝えてもらってもよいですか?」
「うん、任せてなの」
エルアリムとは、目の前にいる風の精霊の女王のことだ。ちなみに火の精霊の女王はアフェリアといい、まだ見たことがないんだけど大地の精霊の女王はシャンクルーというらしい。
精霊もそれぞれ考え方が違うようで、風の精霊は自由で友好的、火の精霊は保守的かつ攻撃的、大地の精霊は無関心でマイペースといったところだと思われる。
コクコクと美味しそうにポーションを飲むエルアリムさん。
「ぷはー、やっぱりAランクは格別なの」
「わかります。薬草の香りや口あたりが比べ物になりません。冷やすともっと美味しいんですよ」
「そうなの? でも精霊はあまり冷たいのは得意じゃないかもなの」
さて、そろそろ本題に入らせてもらおうか。今日エルアリムに来てもらったのは精霊魔法について話を聞かせてもらうためだ。
もしも精霊魔法が錬金術スキルで再現できるのであれば、魔法の一つ先の光景が見られるのではないかと思ったりしている。
それは畑の野菜を見れば一目瞭然で、錬金術で魔力を混ぜ合わせた土よりも大地の精霊さんが管理した方が数段上のレベルに昇華しているのだ。
「エルアリム、精霊魔法について詳しく教えてもらえますか?」
「そうね、人の扱う魔法は体の内側で蓄えた魔力を使って発動すると思うの。精霊魔法は自然界に漂うエーテルを使用する魔法なの。ご存知だとは思うけど、エーテルの中でも特に強大なものは龍脈なの」
「エーテル……。発動の仕方が違うということですか……」
「そうなの。人が基本的に単一の魔法属性しか持てない理由がそれなの。一つの体の中でいくつもの魔力属性を持つなんて難しいの。可能だとしてもその分威力は相当落ちると思うの」
人は体の中でイメージして魔法を発動している。ところが精霊は自然界にあるエーテルを集めて発動する。これは発動前の詠唱やイメージというものをすっ飛ばして放っているということ。
「なるほどですね。根本から考え方が違うんですね」
「そうなの。だけど、クロウの錬金術はちょっとおかしいの」
まあ、わかる。基本的に単一の魔法しか扱えないのに錬金術スキルでは土魔法も風魔法も火魔法だって扱えてしまうのだ。
「錬金術スキルにこんな使い方ができるなんて、クロウ様が発見するまで誰も知らなかったんですよ。あっ、おかわり入れますね」
「ありがとうなのマリカ。あっ、それでね、ひょっとしたら錬金術師なら精霊魔法を扱えるかもしれないと思ったからクロウに伝えようと思ったの」
錬金術が様々な魔法を使えることについて説明しておくと、おそらく単一の属性を持っていない、何色にも染まらない魔力を持っているからこそ、様々な属性魔法を錬成することができるのだと思う。
そしてここからが重要なんだけど、錬金術スキルは体の中ではなく外側にある物質と混じり合うことで変成される。
僕がよく使う土壁で例えるなら、魔力を地面に放出して土に魔力を混ぜ合わせ壁になるよう錬成しているのだ。
つまり、錬金術師だけ魔法を体の内側で練るのではなく、発動の際に外側で使用しているということになる。
「精霊魔法を扱える可能性があるということかな?」
「ええ、可能性はあると思うの。練習してみる?」
「教えてくれるの?」
「別に構わないの。クロウにはこれからもお世話になるつもりだし、どちらにしても人で精霊魔法を扱える可能性があるのは錬金術師に限られるの。もしもマスターできたのであれば、誰に授けるかはクロウが選べばいいと思うの」
強力な精霊魔法を覚えることで争いごとなどに悪用される可能性がある。その選別は僕がしなさいよということか。まあ、誰に教えるとかは僕がマスターしてから考えればいいか。危なっかしい魔法だったら教えなければいいのだから。
「では風の治癒魔法をやってみるの。よく見てるの」
エルアリムが火の女王アフェリアに治癒魔法を使ったのは見ていた。それはものすごい効果で、緑色の風に包まれた瞬間に少しだけ残っていた黒い靄のようなものはすべて綺麗さっぱりと消え去ってしまった。
Aランクのポーションでも完全に治せなかったものを一瞬で治癒させてしまったのだ。つまり、この精霊魔法の効果はSランク級の効果とでもいえばいいのだろうか。それは、僕たち錬金術師が到達していない境地が存在していることを確かに感じさせた。
そうして今再び、エルアリムが治癒魔法を使おうとしている。前回よりもゆっくりとやってくれているのは、僕にわかりやすく見せるように配慮してくれているのだろう。
テーブルの上にはいつの間にやら用意したらしい枯れかけの花。エルアリムを中心に魔力が集まるとそれは手のひらに集中される。
「癒しの風よ、穢れを払い清めたまえ」
手から放たれた緑の風が優しく花を包み込むと、時間を巻き戻すかのようにその花は生命力を溢れさせていった。
萎れていた花びらが瑞々しくなり再び花が開いていく。まるでさっきまで草原に咲いていたかのように、花は美しさと生命力の溢れる状態に復活した。
「はい、次はクロウの番なの」
僕の番と言われても、すぐに同じようなことができるわけがない。
「今のを再現するとなると、まず周囲に溢れている魔力を両手に集める……ことから始めるのかな?」
「魔力じゃなくてエーテルなの。ネスト村はとてもエーテルが豊富な場所になってきているの。ここら一帯のエーテルはクロウの持っている魔力の数千、いや数万倍はあると思うの。それを自由に使えれば、今までとは比較にならない規模の魔法が使えるようになるはずなの」
魔力とエーテルって何が違うのか……。たぶんだけど、体から出力するのが魔力で自然界に漂っているのがエーテルなんだとは思う。
僕の魔力もネシ子との契約でそれなりにボリュームがあるのだろうけど、精霊魔法は自然界に溢れるエーテルを利用して放つもの。扱える総量が全然違うので、身につければとんでもない規模の魔法を発動することだってできるのかもしれない。
ネスト村にエーテルが多い理由って、龍脈が移動したこととか精霊たちが集まってきていることの影響もあるのだろう。
ネスト村だけでなく、魔力の豊富な場所であればダンジョンでも精霊魔法の使い勝手はいいのではないだろうか。いや、そもそもダンジョンにあるのが魔力なのかエーテルなのかよくわからない。今度シェルビーに聞いてみようか。
あと、逆を言えばエーテルの多くない場所だと精霊魔法の威力はそこまでではないということ。龍脈から離れた場所や魔物が寄りつかない所ではきっと使いづらいのだろう。
「うーん、エーテルを……集める?」
手には魔力が集まってくるが、これはたぶん違う。いつも錬金術を使用する時にやっているやつだから魔力と思われる。
「そうじゃないの。それはクロウの魔力を手に集めてるだけなの。もっと自然のエーテルを感じるの」
考えるな、感じろ的なアドバイスは一部の天才にしか通用しないアドバイスだと思うんだ。
「うーん、難しいかも……」
「クロウは魔法を内側から放出することに慣れすぎてるの。しばらくは精霊とともに過ごしながら自然の力を感じるのがいいと思うの」
「それは、大地の精霊さんみたいに畑に埋まれということなのかな……」
「エーテルを感じるのにとっても勉強になると思うの」
領主が畑に埋まってお昼寝してる姿を晒すというのはいかがなものだろうか。お家でお昼寝しているのとはわけが違う。この村は本当に大丈夫なのかと思われかねない。まだ牧場の草原でお昼寝している方が子供っぽくていいかもしれないよね。
「大地の精霊さんは最終手段かな。とりあえず牧場の方で学ばせてください」
「風のエーテルを感じるなら牧場よりも適した場所があるの。うーん、そうね、ついてくるの」
いずれにしても、僕に必要なのは自然のエーテルを感じること。何をすればいいのかいまいちわからなかったのだけど簡潔ながら助言はもらった。
集中して呼吸して自然のエーテルを体にとり入れる。そして純粋なエーテルのみを残して吐き出す。それを繰り返すうちに体がエーテルを覚えていくのだとか。魔力とは違うエーテルを正確に把握するところからのお勉強らしい。
「それで、どこに行くのかな?」
「いいから、ついてくるの」
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