皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん

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アルフォンスがセイルへと発ってから、三日が経った。

まさか、彼がいないというだけで此処まで気持ちが沈むなんて・・・思わなかったなぁ。

庭園を見渡せるように置かれている椅子に座り、何処までも澄んだ青空を見つめながら有里は大きな溜息を吐いたのだった。


あのキス事件?のあった日。
考え込んで悶々として眠れなかった有里が、漸くうとうとし始めた時だった。
いきなりリリに叩き起こされ、アルフォンスがこれからセイルへと向かう事を告げられたのは。
寝間着姿で寝癖もそのままに、先ほどまで悩んでいた事なども忘れ隣の部屋へと飛び込んで行くと、既に軍服に身を包んだアルフォンスが立っていた。
「アル!何で!?三日後じゃないの??」
有里の剣幕に一緒に居たフォランド、アーロンは驚いたように目を見開いていたが、アルフォンスは眉を眇め少し怒った様な顔をし、有里を隠すように自分のガウンを被せた。
「ユーリ、少し慎みを持った方がいいぞ」
「別に見られたって大したことないわよ。それより!!これから行っちゃうの!?」
縋りつく様に詰めよれば、驚いたように、それでいて困った様に笑った。
「先ほど連絡があって、予定よりもあちらが早く動くようなんだ」
真夜中・・・まさにそんな時間帯にこういう事があると、何か良く無い事が起こりそうで、不安で胸が騒めく。
夕食時に話を聞いた時よりも怖くて、知らず知らずのうちに身体が震えていた。
そんな有里をアルフォンスは抱きしめようと手を上げるが、それは躊躇う様に暫し宙に留まり、漸く肩の上に置かれた。
「心配しなくても、大丈夫だ」
そう言いながら笑う彼に、有里は怒った様に眉を寄せた。
「そんな顔して、心配するなって言われても、無理よ」
「そんな顔?」
「まるで迷子みたいな、不安そうな顔してる」
そう言うと、有里は慰めるかのようにアルフォンスを抱きしめた。
「ねぇ、帰ってきたら、今日の事を話そう。沢山、聞きたいことがあるよ」
ぴくりとアルフォンスの身体が揺れた。
「待ってるから・・・・約束まもってね」
誰一人欠けることなく帰ってくると・・・・

その言葉に、アルフォンスは弾かれるように有里を掻き抱いた。
「俺も・・・沢山、お前に言いたいことがある・・・」
「うん」
「だから、待っていてくれ」
「うん」
しばらく抱きしめ合っていた身体を離せば、先ほどとは違いどこか晴れやかな笑みをお互い浮かべていた。
「では、ってくる」
そう言ってアルフォンスは有里の額と瞼に口付けると、自信に満ちた表情でセイルへと向かって行った。


そう、あれから三日も経ってしまったのだ。
気まずい状態が解消された事は良かったと思っているが、何故か胸にぽっかりと穴が開いてしまったかの様な喪失感。
まさかこんな状態になってしまうとは、有里自身が一番驚いている状況だ。
何かしていないと落ち着かない為、いつも以上に教科を詰め込んでいるようだが、それ以外の時間は覇気のない顔で空を見上げ無意識に溜息ばかり吐いている。
そんな有里を横目に、侍女のリリとランはいつもと変わらぬ態度で接していた。
「ユーリ様、そろそろダンスの練習のお時間です」
「あ・・・そう。じゃあ、行きますか」
どっこらしょ・・・という、淑女らしからぬ掛け声で椅子から立ち上がる有里。
「ユーリ様、陛下が居ないからと言って気を抜きすぎです」
「その掛け声・・・今時、お年寄りでも言いませんよ」
容赦ないリリとランの言葉に「え?マジで!?」と素で驚く有里。本気で驚いているさまに二人は呆れたように溜息を吐いた。
「午前中のマナーのお勉強の時には、立派なご令嬢でしたのに・・・」
「陛下からはユーリ様のご様子を逐一報告せよとの事でしたので、この事もお伝えしなくては・・・」
「わあぁぁ!ごめんなさい!!ちゃんと気を引き締めるから!許して!!」
焦った様に泣きつく有里に、やれやれといったように苦笑を浮かべる双子侍女。
こうして、ちょっとしたおふざけにも乗ってくるくらいは浮上してきた有里に、周りの人達はほっと胸を撫で下ろす。
その笑顔が自然なものであると確認すると、彼女の手を取り教師の待つ部屋へと宥めながら誘導するのだった。

周りの人達に助けてもらってるなぁ・・と、情けなくなって気合を入れるものの、気を抜けば心の中で呪文の様に繰り返されるのは「無事だろうか」「上手く作戦は進んでいるだろうか」だ。
いつの間にか『キス云々』ではなく、アルフォンスの無事を心配する事だけが頭を占め、ため息が出てしまう。
悩んでもしょうがない事はわかっている。
いっその事一緒に行けばよかったか・・・と考えて、馬にさえ乗れないのに足手まといどころが邪魔なだけじゃないかと、自分で自分の甘ったるい考えを打ち消した。
考えてもどうしようもない事ばかりうだうだ考え込んで、三日も無駄にしているのだ。

そんな有里に、周りの者達は、「陛下との関係が進展したのでは」「出立時、良い感じだった」等々、色んな噂が飛び交っているが、やはり本人は気付いていない。
なので彼女に向けられる視線は、心配半分興味半分と言った感じだろうか。
フォランドはあの晩の二人を見ていたので、何か感じる事があったのか今は表立って何も言ってはこないのも又、不気味である。

明るい庭を見ながら廊下を歩いているのに、次第に表情が暗くなっていく有里。
彼女から感染したかのように、今度は双子侍女が溜息を落とした。
「ユーリ様、陛下の事が心配なのはわかりますが、考えすぎです」
「一年以上前から準備していたのです。敵の大半は味方なのですから、大丈夫ですよ」
「―――うん」
正直な所、有里自身もこの感情を持て余しはじめて、少し疲れてきていた。
「なんかさ・・・前の世界ではこんな事無かったから、気持ちをどう持っていったらいいのかわかんなくて・・・戸惑ってるんだろうなぁ。私」
「お察しします。ですが、この世界で生きていくのであれば、慣れなくてはいけません」
「大きな戦は無くなりましたが、このような討伐はこれからもあるでしょうから」
「そうね・・・」
この世界に来てから、結構時間が経つけれど、綺麗な所だけしか見ていなかったような気がする。
フォランドから話を聞いていて、隣の大陸から流れてくる問題も理解していたつもりだった。
だが、こうして傍に居た大切に思っている人達が危険な場所へ赴く。
―――全く、考えていなかった。結局は、前いた世界の常識をココに無理矢理はめ込んでいただけで、今の現実をちゃんと受け止めていなかっただけの話。
今後も、皇帝自ら先陣を切る事もあるだろう。

その度にこれじゃあ・・・私が耐えられないや・・・溜めこまないで吐き出さないとなぁ。
それにもっとちゃんと、この世界を理解しなきゃ。
結論の出ない事考えても時間の無駄、無駄!
きっと、みんな無事に帰ってくる!!

有里はもう一度、青い空を見上げ大きく深呼吸した。


「ねぇ、リリ、ラン」
「「はい、なんでしょうか?」」
示し合わせたように振り向く二人に、有里はあの欝々とした表情ではなくどこか吹っ切れた様な、いつもの笑顔で手を差し伸べた。

「今晩、私と女子会しよっか」

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