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ダンスを習い始めてしばらく経つが、漸く身体が動きに慣れてきて、何とか見れるまでにはなってきたのではと思う。
そして今日は、練習相手を買って出てくれたエルネストの足を一回も踏む事無く一曲踊り切ることができて、有里は満足げに口の端をあげた。
「では、一度、休憩しましょうか」
「はい」
エルネストに手を引かれ、リリとランが用意したお茶の席に有里は座った。
紅茶を一口飲み「はぁ~~~」と、何処か年寄じみたように息を吐き出すと、正面に座っていたフォランドが呆れたような顔をした。
「今朝ほどまでとは違って、随分とすっきりとした顔をしていますね」
どこか嫌味を含んだ声色に、有里は鼻で笑った。
「人間、落ちるとこまで落ちたら這い上がるしかないように、考えて悩んでどうにもならなかったら、考えるのやめる!」
どうだっ!と、言わんばかりに得意げに言う有里に、フォランドは「へぇ~」と言いながら、ニヤリと笑った。
「ならば、今日の夕食時はマナーを勉強しながらにしましょう」
フォランドの言葉に「うげっ」と、可愛げのない声を上げる有里。
「慰労会のようなものなので立食形式になりますが、やはり女神の使徒として見苦しい所は見せられませんからね」
フォランドの言う慰労会。それは、アルフォンスたちがセイルでの任務が無事終了した後、遠征に出た者たちやその家族を慰労するための食事会の事を言ってる。
食事会とは言っても、有里達の世界でのそれとは違う。
飲んで歌って無礼講・・・の様なものではない。
カラオケはないが、ダンスがある。が、頭を振ったり腰を振ったりというなものではない。
麗しの紳士淑女が手を取りあって、楽団の生演奏に合わせて踊るのだ・・・・そう、まるで中世を舞台にした映画の様に・・・
フォークダンスと盆踊りしか踊ったことのない有里は、当然のことながら、きっぱり、男らしく、潔く、フォランドに宣言する。
「私は踊れません!なので、給仕係で「却下!」」
被せるように、黒く爽やかな笑顔で却下され、泣く泣くダンスやらマナーやらの練習をさせられていたのだ。
慰労会の話が出る前から、一通りの勉強には手を付けていた。
だが、未だ実践がないのだ。よって、今回の慰労会が事実上、有里にとって公園デビューならぬ、社交界デビュー。
フォランドにしてみれば、これを機にお妃教育のレベルアップとして勉強させている事は言うまでもない。
「晩御飯も勉強かぁ・・・折角の料理長の美味しいご飯の味がわかんなくなるから嫌なんだよなぁ」
「ならば頭で考えなくても、ダンスもマナーも自然と身体が動くくらいに慣れてください」
にっこりと笑い満足げにお茶を飲むフォランドに、有里は恨めし気な視線を投げる。
「それと、先ほど伝達役が来まして、無事に賊は掴まえたそうです」
「えっ!本当に?みんなは無事?」
「えぇ。多少、怪我した者はいるようですが、大事には至りません。アルも無事です」
最後の一言に、ほっと息をついて前のめりになっていた身体を背もたれに預けた。
みんな、無事・・・アルも、大丈夫・・・
よかったぁ・・・・
安心したように頬を緩める有里に、フォランドは「これで憂いなく練習に打ち込めますね」と、滅多に見せない柔らかな笑みを見せた。
それをまともにくらった有里は目を見開き「ベルは、やっぱ狡い」と、頬を染めながら口を尖らせ、リリとランに至っては何か怖いモノでも見たかのようにエルネストの背に隠れる。
微妙な見解の相違は見られるが、皆が無事だった事にほっと胸を撫で下ろし穏やかな空気が流れた。
取り敢えず悩んでいた事が一つ解消され、有里はふと疑問に思っていた事を聞いてみた。
「ねぇ、何で騎士をしていた人たちが賊になったの?」
いくら国が荒れてきているとはいえ、防衛のトップは皇帝なのではないかと。この国でのアルフォンスがそうであるように。
「そうですね、私が聞き及んでいるのは、現在の政治体制に不満を募らせた大臣や騎士達が、クーデターをおこしたのですが失敗に終わり、それに関わり捕まった者は全て処刑。何とか逃げ切れた者達が我が国に密入国した挙句、賊まがいの事をして生活を成り立たせている、と言うとこでしょうか」
迷惑極まりない、という雰囲気を前面に出しながら息継ぎもせず説明するフォランド。
余程、頭に来ているらしい。
「あっちのどういう事が問題なの?例えば、自分や官僚だけ贅沢して国民が飢えてるとか、すぐキレて人を殺しちゃうとか・・・?」
なんとなく、自分のいた世界でのニュースを思い起こし聞いてみると、フォランドは興味深そうにした。
「ユーリの世界でもそのような国があるのですか?」
「うん・・・まぁね。私の居た国では、それこそ大昔にお互いの領土を争って戦をしたりとかあったけど、今は平和で安全だよ。でも、ほかの国ではやはり政治的な事とか宗教的な事、あとはその国の代表が独裁者だったりと、色々あるね」
「そうなのですか・・・フィルス帝国は昔はとても豊かな国でした。このようになってしまったのは三代前まで遡っての事です」
フィルス帝国の皇帝もここと同じ世襲制だ。四代前のハルイス皇帝と当時のこの国の皇帝は友好的で、互いの国の特産物など輸出入するなどし発展しあってきた。
「政に関しては賢帝と名高かったのですが父親としてはかなり駄目な親で、世継ぎである子が一人だった為、相当甘やかし手が付けられないほど我侭に育ってしまったのです」
・・・あぁ、ばかボンボンね・・・
フォランドの話に、有里は乾いた笑いを漏らした。
だが、事はそんな可愛らしい事ではなかったようだ。
ユリアナ帝国もフィルス帝国も、長い歴史の中で血なまぐさい混沌とした時代もあった。
時が経ち、ようやく争いのない平和で豊かで、国民が悲しむことのない時代へと向かい、ゆっくりとではあるが歩みを進めている途中だった。
だが、その歩みを止めるかのような、逆行するかのようにフィルス帝国は衰退への道を歩み始めたのだ。
フィルス帝国は、ユリアナ帝国とは違い元々、後宮がなかった。今現在も後宮はない。表立っては、だが。
当時の皇帝ハルイスも側室などおかず、正妃一人のみを傍に置いた。
だが、その正妃は子供ができにくい体質だったのか、ようやく子供ができたのは三十才にもなる頃。
期待を一身に背負って生まれたのは幸いにも男の子だったが、それ以降は子ができる事はなった。
その所為か、大事過ぎるほど大事に育てられ、何でも思い通りになると勘違したことは言うまでもない。成長するにつれ自分の言い分が通らないと癇癪を起すまでになった。
この様な気性の人間を次期皇帝にしていいものかと、当時の大臣たちはこの国の未来を不安に思っていた。
その不安は見事なまでに的中し、それは後に暗黒時代と呼ばれるようになる。
父である皇帝が崩御し、若くしてその大陸の頂点に立った彼は、その権力に陶酔し、政そっちのけで己の欲望に忠実となり、金と酒と女に溺れ国を混乱に陥れてしまう。
極めつけは、正妃とした女は当時、巷で絶世の美女と謳われていた娼婦だった。
ただの娼婦ならまだしも、毒婦と陰で囁かるほど彼女の周りには血なまぐさい出来事が続いていたのだ。
これには大臣や国民が猛烈に反対、抗議の声を上げた。
だがそんな事に耳を貸す彼ではない。正妃の位を与え、自分のものとした彼女に溺れ、彼女の言う事しか聞かなくなってしまっていた。
そんな彼女も転がり込んだ己の地位と権力に陶酔し、皇帝だけでは飽き足らず、彼を支えるはずの大臣たちにまで毒牙にかけ始めたのだ。
そして皇帝を支えるはずの重鎮たちは全て彼女の愛人となり、自分たちに反する者達をことごとく抹殺していった。
次第に人を殺すことに何のためらいもなくなり、子供だろうが女だろうが一切関係なく、気に入らなければ全て殺した。
だがそんな蜜月の日々も、そう長くは続かなかった。
先帝の弟が、自分が率いる騎士と共にクーデターを起こし、皇帝と正妃、それに関わり悪事に手を染めていた者たちを全て処刑台送りにしたのだ。
傾きかけた国を立て直すことはとても大変なことではあるが、悪い奴らから国を取り戻し本来であればそこで、めでたしめでたし・・・となるのだが。
「御皇弟が跡を継げば、恐らく今の様な状況にはならなかったのだと思うのですが・・・」
そう言いながらフォランドは、少し冷めた紅茶で喉を潤したのだった。
そして今日は、練習相手を買って出てくれたエルネストの足を一回も踏む事無く一曲踊り切ることができて、有里は満足げに口の端をあげた。
「では、一度、休憩しましょうか」
「はい」
エルネストに手を引かれ、リリとランが用意したお茶の席に有里は座った。
紅茶を一口飲み「はぁ~~~」と、何処か年寄じみたように息を吐き出すと、正面に座っていたフォランドが呆れたような顔をした。
「今朝ほどまでとは違って、随分とすっきりとした顔をしていますね」
どこか嫌味を含んだ声色に、有里は鼻で笑った。
「人間、落ちるとこまで落ちたら這い上がるしかないように、考えて悩んでどうにもならなかったら、考えるのやめる!」
どうだっ!と、言わんばかりに得意げに言う有里に、フォランドは「へぇ~」と言いながら、ニヤリと笑った。
「ならば、今日の夕食時はマナーを勉強しながらにしましょう」
フォランドの言葉に「うげっ」と、可愛げのない声を上げる有里。
「慰労会のようなものなので立食形式になりますが、やはり女神の使徒として見苦しい所は見せられませんからね」
フォランドの言う慰労会。それは、アルフォンスたちがセイルでの任務が無事終了した後、遠征に出た者たちやその家族を慰労するための食事会の事を言ってる。
食事会とは言っても、有里達の世界でのそれとは違う。
飲んで歌って無礼講・・・の様なものではない。
カラオケはないが、ダンスがある。が、頭を振ったり腰を振ったりというなものではない。
麗しの紳士淑女が手を取りあって、楽団の生演奏に合わせて踊るのだ・・・・そう、まるで中世を舞台にした映画の様に・・・
フォークダンスと盆踊りしか踊ったことのない有里は、当然のことながら、きっぱり、男らしく、潔く、フォランドに宣言する。
「私は踊れません!なので、給仕係で「却下!」」
被せるように、黒く爽やかな笑顔で却下され、泣く泣くダンスやらマナーやらの練習をさせられていたのだ。
慰労会の話が出る前から、一通りの勉強には手を付けていた。
だが、未だ実践がないのだ。よって、今回の慰労会が事実上、有里にとって公園デビューならぬ、社交界デビュー。
フォランドにしてみれば、これを機にお妃教育のレベルアップとして勉強させている事は言うまでもない。
「晩御飯も勉強かぁ・・・折角の料理長の美味しいご飯の味がわかんなくなるから嫌なんだよなぁ」
「ならば頭で考えなくても、ダンスもマナーも自然と身体が動くくらいに慣れてください」
にっこりと笑い満足げにお茶を飲むフォランドに、有里は恨めし気な視線を投げる。
「それと、先ほど伝達役が来まして、無事に賊は掴まえたそうです」
「えっ!本当に?みんなは無事?」
「えぇ。多少、怪我した者はいるようですが、大事には至りません。アルも無事です」
最後の一言に、ほっと息をついて前のめりになっていた身体を背もたれに預けた。
みんな、無事・・・アルも、大丈夫・・・
よかったぁ・・・・
安心したように頬を緩める有里に、フォランドは「これで憂いなく練習に打ち込めますね」と、滅多に見せない柔らかな笑みを見せた。
それをまともにくらった有里は目を見開き「ベルは、やっぱ狡い」と、頬を染めながら口を尖らせ、リリとランに至っては何か怖いモノでも見たかのようにエルネストの背に隠れる。
微妙な見解の相違は見られるが、皆が無事だった事にほっと胸を撫で下ろし穏やかな空気が流れた。
取り敢えず悩んでいた事が一つ解消され、有里はふと疑問に思っていた事を聞いてみた。
「ねぇ、何で騎士をしていた人たちが賊になったの?」
いくら国が荒れてきているとはいえ、防衛のトップは皇帝なのではないかと。この国でのアルフォンスがそうであるように。
「そうですね、私が聞き及んでいるのは、現在の政治体制に不満を募らせた大臣や騎士達が、クーデターをおこしたのですが失敗に終わり、それに関わり捕まった者は全て処刑。何とか逃げ切れた者達が我が国に密入国した挙句、賊まがいの事をして生活を成り立たせている、と言うとこでしょうか」
迷惑極まりない、という雰囲気を前面に出しながら息継ぎもせず説明するフォランド。
余程、頭に来ているらしい。
「あっちのどういう事が問題なの?例えば、自分や官僚だけ贅沢して国民が飢えてるとか、すぐキレて人を殺しちゃうとか・・・?」
なんとなく、自分のいた世界でのニュースを思い起こし聞いてみると、フォランドは興味深そうにした。
「ユーリの世界でもそのような国があるのですか?」
「うん・・・まぁね。私の居た国では、それこそ大昔にお互いの領土を争って戦をしたりとかあったけど、今は平和で安全だよ。でも、ほかの国ではやはり政治的な事とか宗教的な事、あとはその国の代表が独裁者だったりと、色々あるね」
「そうなのですか・・・フィルス帝国は昔はとても豊かな国でした。このようになってしまったのは三代前まで遡っての事です」
フィルス帝国の皇帝もここと同じ世襲制だ。四代前のハルイス皇帝と当時のこの国の皇帝は友好的で、互いの国の特産物など輸出入するなどし発展しあってきた。
「政に関しては賢帝と名高かったのですが父親としてはかなり駄目な親で、世継ぎである子が一人だった為、相当甘やかし手が付けられないほど我侭に育ってしまったのです」
・・・あぁ、ばかボンボンね・・・
フォランドの話に、有里は乾いた笑いを漏らした。
だが、事はそんな可愛らしい事ではなかったようだ。
ユリアナ帝国もフィルス帝国も、長い歴史の中で血なまぐさい混沌とした時代もあった。
時が経ち、ようやく争いのない平和で豊かで、国民が悲しむことのない時代へと向かい、ゆっくりとではあるが歩みを進めている途中だった。
だが、その歩みを止めるかのような、逆行するかのようにフィルス帝国は衰退への道を歩み始めたのだ。
フィルス帝国は、ユリアナ帝国とは違い元々、後宮がなかった。今現在も後宮はない。表立っては、だが。
当時の皇帝ハルイスも側室などおかず、正妃一人のみを傍に置いた。
だが、その正妃は子供ができにくい体質だったのか、ようやく子供ができたのは三十才にもなる頃。
期待を一身に背負って生まれたのは幸いにも男の子だったが、それ以降は子ができる事はなった。
その所為か、大事過ぎるほど大事に育てられ、何でも思い通りになると勘違したことは言うまでもない。成長するにつれ自分の言い分が通らないと癇癪を起すまでになった。
この様な気性の人間を次期皇帝にしていいものかと、当時の大臣たちはこの国の未来を不安に思っていた。
その不安は見事なまでに的中し、それは後に暗黒時代と呼ばれるようになる。
父である皇帝が崩御し、若くしてその大陸の頂点に立った彼は、その権力に陶酔し、政そっちのけで己の欲望に忠実となり、金と酒と女に溺れ国を混乱に陥れてしまう。
極めつけは、正妃とした女は当時、巷で絶世の美女と謳われていた娼婦だった。
ただの娼婦ならまだしも、毒婦と陰で囁かるほど彼女の周りには血なまぐさい出来事が続いていたのだ。
これには大臣や国民が猛烈に反対、抗議の声を上げた。
だがそんな事に耳を貸す彼ではない。正妃の位を与え、自分のものとした彼女に溺れ、彼女の言う事しか聞かなくなってしまっていた。
そんな彼女も転がり込んだ己の地位と権力に陶酔し、皇帝だけでは飽き足らず、彼を支えるはずの大臣たちにまで毒牙にかけ始めたのだ。
そして皇帝を支えるはずの重鎮たちは全て彼女の愛人となり、自分たちに反する者達をことごとく抹殺していった。
次第に人を殺すことに何のためらいもなくなり、子供だろうが女だろうが一切関係なく、気に入らなければ全て殺した。
だがそんな蜜月の日々も、そう長くは続かなかった。
先帝の弟が、自分が率いる騎士と共にクーデターを起こし、皇帝と正妃、それに関わり悪事に手を染めていた者たちを全て処刑台送りにしたのだ。
傾きかけた国を立て直すことはとても大変なことではあるが、悪い奴らから国を取り戻し本来であればそこで、めでたしめでたし・・・となるのだが。
「御皇弟が跡を継げば、恐らく今の様な状況にはならなかったのだと思うのですが・・・」
そう言いながらフォランドは、少し冷めた紅茶で喉を潤したのだった。
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