皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん

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クーデターのあと、皇帝の座に就いたのは皇弟こうていの息子なのだという。
彼の評判はすこぶる良く、真面目で優秀。驕り高ぶる事無く誰に対しても平等で、国民からも大変信頼を得ていた。
誰もが求める理想の人柄。当然のことのように、周りの人達は彼に期待した。
荒れて傾き、暗い闇しか見えなかった日々に、ようやく希望の光を見つけた様な。
そう、彼は正にフィルス帝国の希望となっていたのだ。
皇帝となり国を立て直すために、残った数少ない大臣に奮起と協力を促し、まさに彼は寝る間も惜しんで働いた。

何でもそうだが、良いものを悪くすることはある意味簡単だ。
だが、悪くなったものを元通りに戻すことは非常に根気と努力が必要になる。
どんなに努力をしても成果が見えてこなければ、心が折れてしまいそうにもなる。
それでもやらなくてはならないのが、その国の王である存在理由なのだ。
だが、彼はある意味簡単に折れてしまった。
父親が病で倒れ、あっという間に亡くなってしまうとまるで迷子のように迷走し始めたのだ。

彼は、理想論者だ。
故に、理想と現実のジレンマに常に苛まれていた。
だが、それを支え導いていたのがほかでもない父親だったのだ。
支えを失った枝は簡単に折れ、地面に落ち木っ端みじんに砕け散った。
そして彼の後を継いだのが、彼の息子だ。
だが、当時まだ五才だった彼は国を動かすことなど当然できるわけもなく、実質的には宰相が仕切る事となった。

「その宰相と言うのが、中々の曲者で・・・ユーリの言う『独裁者』に限りなく近い者でした」

そのやり方は簡潔で、『お前たちを養ってやる代わりに、俺の言う事を聞け』というものだった。
言う事を聞いてさえいれば、平和で飢えることのない、そこそこ幸せな生活を送れるのだ。
だが、彼が『右』と言えばそこで暮らす全ての人間が『右』を向かなくてはならない。
それがどんなに理に反している事だとしても。
初めの頃は国民も、これまでの生活が少しでも改善されるのならと、従っていたのだが・・・

「その要求と言うのが、徐々に容易に頷けないものが多くなってきたのです」

初めは、本当に可愛らしいものだった。
『皇帝陛下が甘い果物を欲しております。何か、良いものはありませんか?』
この程度の要求であればと、国民たちは安堵し、喜んで叶えた。
だが次第にそれは緩やかにエスカレートしていく。まるで病魔に蝕まれていくように。
『この程度なら』が『こんな事に』と気付いた時には、手遅れとなっていた。
国民全てが囚われの身の上になってしまったのだ。

「なんか、詐欺師みたいな、凄く巧妙なやり口だね」
有里はふるりと身を震わせた。
「えぇ、正に詐欺師です。確かに国は外見上は落ち着きました。国民も穏やかに暮らしているようには見えます。ですが、町そのものは寒々しく、人々もまた生気がありません。王都でそうなのですから、地方では尚更です」
「皇帝陛下は今、何歳になったの?」
「確か十五才です」
「ということは、十年も国民監禁生活!?」
「監禁・・・まぁ、確かに。勝手に国を出る事もできなくなりましたし、政府の事を悪く言えば反逆罪で掴まってしまいます」
有里は自分のいた世界での、ニュースを賑わせていたある国を思い出す。
「今の宰相が国を治めるようになってからは国交を断絶しています。が、商人は年に何度かは行き来ができるのですよ」
「そう、なんだ・・・で、そんなことして実質的に国は立て直せたの?」
多分、無理だよね・・・と、有里は解り切った答えにそっと溜息を吐いた。
「先ほども言ったように表面上はそう見えますが、今まで以上に貧富の差が激しくなったようです。前皇帝がもう少し頑張ることができていれば・・・と、考えるだけ虚しいだけですが、我が国の前皇帝も手助けをしていましたので、この状況は悲しい限りですね」
「アルのお父さん?」
「前皇帝はハルイス陛下からは結構可愛がられていたと聞きますから、その恩返しのつもりだったのでしょう」
「え?えっと・・・という事は、アルのお父さん在任中に、三人も変わってるって事、だよね?」
「えぇ。なかなか忙しい国でしょう?」
フォランドは吐き捨てるように言った。
「確かに・・・・。んで、今回のクーデターっていつ頃起きたの?」
「三年前です。現皇帝のやり方に反発して・・・と外交的にはそういう事にはなってますが、政権を皇帝へ戻すためのクーデターでした」
それが失敗したという事は、今後の行動がかなり制限されるだろう。
「所謂、暗黒時代にもかなりの人数が難民として流れてきていたのですが、代替わりした時は一時、落ち着いたのです。ですが十年くらい前から難民が増え始め、クーデター失敗後は元帝国関係者やら何やらが来るようになりましたね」
「確か暁の帝王の時代に、互いの国に大使館を置いたんだよね?大使館に逃げ込むことはできなかったの?」
有里は歴史書を読んでいて暁の帝王の妻は、絶対に自分たちと同じ世界の人間だと確信していた。
この、大使館の事もそうだが、身寄りのない子供達の為の施設や、病院や学校などの公共施設の充実。
その時代には有里の常識とされている色々なものが多く取り入れられていたからだ。
そして飛躍的に発展したのが、音楽だ。
恐らく、音楽関係の学校に通っていたのか、そういう仕事に就いていたのだろう。それらの発展に多大なる功績を残している。
耳にした曲は有里が聞いたことのあるものが多く、楽器に至っては有里の世界の物と同じようなものが数多く見受けられるのだ。
だから有里は、この国の歴史書の中で、自分の世界を感じさせてくれる暁の帝王の時代の話を読むのが大好きなのだ。

「大使館は暗黒時代で用を成さなくなってしまっていました。大使館職員も危険だったため引き上げさせましたし。そして、正式に現皇帝が継いだ途端、宰相が閉めてしまいました。当国にある大使館にも、人はいません」
「なんか、用意周到だね。現皇帝はどうしてるの?傀儡のままなの?」
「正直なところ、なんとも言えませんね・・・」

有里達の世界では、王様やその継承者が『うつもの』の振りをしてはいるが実は切れ者で、最後には権力を奪還し平和な国を作る、というのが物語やゲームでのお決まりの展開だ。だが、現実としてそのような都合のよい展開が期待できるものなのだろうか?


『私が決断を下す事のないよう、責任を果たしてもらわねばいけないのだけれどね』


不意にユリアナの言葉が甦ってきた。
人の手で解決できなければ、ユリアナが自ら片を付けるという事なのだろうか・・・
もし、そうなってしまった場合どんな事をしても、きっともう人は諍えないのだろう。
死んでしまった別世界の人間を、この世界に呼び寄せ新たな命を授ける位の存在だから。
そこまで考えて有里は背筋に冷たいものを感じ、自らの腕を温めるかのように擦った。
「どうしました?具合でも悪いのですか?」
「あ・・・ううん、大丈夫。なんか、これからどうなるのかなって思ったら、全く想像がつかなくてね・・・」
有里は曖昧な笑顔でごまかした。
「まぁ、どちらにしろ我が国にあまり迷惑はかけて欲しくないと言うのが本音ですね」
と言ったかと思うと、にっこり笑い有里の前まで歩を進めた。
「それよりも、今は目の前のやるべきことに集中しなくては」

キョトンとする有里に手を差し出し、フォランドは優雅にお辞儀をした。



「姫君、どうか私と一曲、踊ってはいただけませんか?」

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