皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん

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有里は幼い頃に父親を亡くし、自分と妹を母親が女手一つで育ててくれた。
元々身体が強くない人だったが、働かなくては生活できない状況となり専業主婦だったのが外に出はじめたのだ。
仕事に慣れた頃、まだ三十代後半だった母は、男を家に連れ込むようになった。
幼い頃はよく分かっていなかったが、それも何度か男が変わればわかってくるというもので。
元々、有里は母親より父親が好きだったので、彼女が何をしようとどうでもよかったという所があった。
なので別に男ができる事に関しては、どうでもよかった。
若くして夫を失い、子供を二人も育てなくてはならない・・・誰かに縋りたいという気持ちは、子供ながらにわかっていたから。
だけど、男を家には入れてほしくなかった。再婚するのであれば、それなりの手順を踏んでから家に来てほしいと思っていた。
結婚するわけでもなく家の中に知らない男が居座ることに妹も嫌がり、高校卒業後、即就職をし家から出て行ってしまった。
有里は嫌々ながらも母親と同居はしていたが、結婚を機に家から出ることにした。
夫となった人が有里の気持ちを優先してくれ、婿に入ることを条件に別居を申し出てくれたのだ。その頃はまだ母親には男がいたからだ。


結論から言えば母親は結局、再婚はせず今も独り身で男もいない。
お互い年を取ってからは、母と娘の関係に変化が訪れ、良好といってもいいくらいになった。

だがすでに、有里の恋愛に対する考え方が少しいびつになっていた。

自分が見ていた・・・目の当たりにしていたあの姿に、なりたくない・・・見たくない・・・

そんな気持ちが心の中に根を張り、無意識に常に冷静で冷めた目で自分の姿を見つめているのだ。
働くようになり適度に恋愛もした。
だが、誰かを好きになり、思いに溺れていく自分を『なんて無様な』と嘲う。
男に抱かれ喘いでいる自分に『なんて間抜けな姿なのだろう』と囁く。
そして最後には『やはり、血は争えないな』と侮蔑する。
根底にあるのは、母親が見せていた女の姿。

此処での有里は所謂、天涯孤独だ。
血縁関係も居なければ、知り合いさえいない。
年齢だって20代と若い。
子供達に自分が男に溺れていく姿を晒すわけでもない。
今の自分は前の自分とは違う。だから、何にも遠慮する事はないというのに。

だけれど、嫌なのだ・・・
あの、甘くも切ない感情に溺れ、己を制御できなくなっていくのが怖い・・・
―――なんと臆病で厄介なことか・・・

自分はどうしたいのか。
その答えも既に出ている。これまでと変わらず、このまま彼等と居たい。
でも、変わらないものなど無い事も、これまでの経験で知っている。
それが、居心地が良ければ良いほど、変化が怖くなる・・・

今のこの立ち位置が、心地いい。
今のこの関係を壊したくない。
恋愛感情のない、生ぬるい関係がとても愛おしい。
・・・これが偽らざる本心だ。
彼がどういうつもりでキスしたのかは、分からない。
自分も、何故受け入れたのかもわからないのだから、彼もわかっていないのかもしれない。

あれが全てを、私の望むものを壊してしまうのだろうか・・・
ならば・・・・なかった事にすればいいのではないか・・・
明日の朝は、意外といつも通りに接してくるかもしれない。

そんな淡い期待で、不安な気持ちを塗り替えようとする。
色々考えていくうちに、段々と都合のいいように考えはじめた自分自身に呆れたように溜息が出た。

彼に今の所、恋愛感情はない。多分・・・ない。
今日の事で、正直胸を張って言えなくなってしまったのは、確かだが・・・

だが、恋なんていつ落ちるかなんて誰もわからない。
それはあまりに突然すぎて、戸惑いと衝撃、困惑に満たされた過去をいまだに覚えているから。
だから、アルフォンスを今回の事がきっかけで好きになる可能性だってある。
それは、否定しない・・・・


・・・・・あぁ・・考えるの、疲れた・・・


仰向けになって両手で顔を覆い、息を詰めた。

もう、いいや・・・
明日になってから、考える・・・
なんもわかんないのに、考えたって答えなんて出ないよ。


考えれば考えるだけまとまりが無くなっていく思考に、降参したかのように大の字になった。
まるで身体中の空気を抜いてしまうかのように大きく息を吐き、いまだ感触の残る唇にそっと指を這わせたのだった。


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