皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん

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既に日は天高く昇り、窓の外は目に眩しいほどの青空が広がっていた。

身体が・・・動かん・・・・

有里は、遠い眼差しで天井から窓の外へと視線を移した。
隣にはもう既に誰もおらず、広いベッドには有里ひとり。
肌に触れるシーツの類は心地良く、綺麗なものへと変えられている事が分かる。

―――誰が・・・取り換えてくれた?
誰にしたって・・・もう・・・もう・・・

有里はだるい両腕を上げその手で顔を覆い隠した。その際にだるさ故、力加減が出来ず「べちゃん」という音と痛みがついてきた事は言うまでもない。
顔に広がる痛みで昨夜からほぼ明け方まで繰り広げられていた、恥ずかしくも厭らしい記憶の数々が脳内で再生され、有里は心の中でさらに盛大に悲鳴をあげのたうち回る・・・・あくまでも心の中で。

昨夜はあれから、もう、何と言うか・・・ノリに乗って互いに溺れまくった。
それに拍車をかけたのが、有里が『処女』だったことだ。
それが分かったとたん、アルフォンスは幸福と歓喜に震え、有里は恐怖に青ざめ震えた。
有里は処女喪失と共に、本当に生まれ変わったのだと、痛い・・ほど身に沁み、喉の奥に引っかかっていた前の世界に対しての未練も、良い思い出へと昇華していった。

・・・・あぁ・・・人間、ナニ・・で目覚めるかなんて、分からないものね・・・・
それにしても、恥ずかしい・・・・消えてしまいたいくらい、恥ずかしいっ!!正にこれが『恥ずか死ぬ』ってやつ!?あぁ・・・・辛い・・・・

身体が思うように動かないので、心の中で城内一周出来るのではと思うほどゴロゴロのたうち回っていると、誰かが部屋に入ってきた。
「ユウリ、目が覚めた?」
「・・・ア、ル・・・」
本日の第一声に、声を出した本人がギョッと目を剥く。

・・・・なに、これ・・・声、枯れてる・・・・

顔から喉へと手を移動させ、無意識に撫でた。
困惑の色を濃くする有里に、アルフォンスは蕩ける様な眼差しを向けてくる。まるで愛おしくてたまらないのだという様に。
「ユウリ、喉が渇いただろう?水、飲む?」
有里は恥ずかしさも何もかも忘れ、コクコクと頷いた。
するとアルフォンスはシーツごと有里を抱き上げ、そのままベッドに腰かけ膝の上に座らせた。

え?え?なに・・・?え?

ただでさえ色んなことで混乱中の脳内は、既に取集のつかないほど・・・例えるなら部屋の中でどこに何があるかわからないくらいに散らかりまくった状態になっていた。
そんな彼女の事などお構いなしに、アルフォンスは有里の顎を持ち上げ、唇を寄せてきた。
驚きに「えっ?」と口を開いた瞬間、冷たくて爽やかな果実水が喉を流れ落ちていく。
こくりと飲み込み、はぁ・・・と小さく安堵の息を漏らせば「もっと飲む?」という言葉に、無意識に頷いていた。
それから数回、同じ様に口移しで水を飲まされ、やっと息がつけたかのように、有里はくったりとアルフォンスに身を任せた。
正に干上がった土に水がしみこんでいくかの様な、細胞一つ一つが潤っていくかのような感覚。
有里は無意識に「ほぅ・・・」と吐息を漏らす。
それに反応したかのように有里を柔らかく抱きしめるアルフォンスの腕が震え、いきなりギュッと力を込めてきた。
「うぇ?ア、アル?どう、したの?」
先ほどの枯れた第一声より、まだましになった自分の声にどこかで安堵しつつ、有里はのろのろとアルフォンスを抱き返せば、今度は彼が大きくて深い溜息を吐いた。
「ユウリが愛おしすぎて・・・・辛い・・・」と言う言葉と共に。

・・・・・・この人は・・・いったい、誰なのだろうか・・・

幼い頃のアルフォンスを思い起こせば、恐らく彼はどちらかといえば、喜怒哀楽がわかりやすいのが本当なのかもしれない。
生まれ持った性格などは、根本的に大きく変わるという事は無いと思うから。
だけれど、これまでに体験してきた出来事に傷つき悲しみ、皇帝である重圧に無表情の仮面を被り続けてきたのだろう。
この世界に来たばかりの頃の彼を思い出し、なんだかやるせなくて、その首元にすりすりと額を寄せた。
「ユ・・ウリ?」
せめて私の前では、本来の・・・表情が豊かでカッコ良くて可愛らしい彼でいて欲しい・・・・
「ねぇ・・・私って、アルの役に立ってる?」
そんな唐突な有里の問いに、アルフォンスはそっと身体を離し、こつんと額を合わせた。
「役に立つどころか・・・居ないと俺は死んでしまう」
何を大げさな・・・と笑い飛ばしたかったが、自分自身も例外ではなく彼が居ないと生きていけないような気がして、苦笑しか浮かんでこない。
「うん・・・私もだよ」
有里としては何気なく思った事を言葉にしたつもりだったがアルフォンスからすればそれは、ただ彼を煽るだけで。

「え?」

いきなり押し倒され間抜けな声を上げれば、自分を見下ろす男の顔は目元をほんのり朱に染め、その眼差しには確実に有里を求めるような欲をはらんでいた。
見惚れるほどの顔がどんどん近づき、まさに唇が触れる・・・その瞬間・・・・

きゅるるるるる・・・・・・

有里の腹の虫が、遠慮することなく鳴いた。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
恥ずかしさと沈黙にいたたまれず、有里は顔を真っ赤にし目をつむり、そんな彼女を見てアルフォンスは破顔した。
「くくく・・・流石は俺のユウリ。腹が減っては何事もできぬな」
そう言いながら、「少し待って」と言って部屋から出て行った。

流石は俺のユウリって・・・何が流石?
しかも、ひじょーに嬉しそうにしてて・・・・こっちは昨晩食べてから何も食べずに戦に挑んでたというのに・・・

心の中で盛大に文句を垂れつつ身体を起こし、不意に違和感を覚えた。
何時も傍に居るはずの双子が来ない。
そう言えば、目が覚めてからアルフォンスとしか会っていない事にも気付く。
だがいつまでのシーツを身体に巻き付けておくわけにもいかず、着替えようとベッドから降りた。

「うわっ・・・」

床に足を着いた途端、かくんっと力が入らずへたり込んでしまった。
「うそ・・・・」
この現実に頭が着いて行かなくて、でも服を着なくてはという、どこか危機めいた感覚にベッドに掴まりながら立ち上がった。
正によろよろとしながらクローゼットに着いた時、アルフォンスが食事の乗ったトレイを持って部屋に入ってきた。
「ユウリ、何をしているの?」
「え?服を着たくて・・・・って、ねぇ、リリとランは?」
不安そうに問いを投げかける有里を、アルフォンスはトレイをテーブルに置くと、有里をひょいと抱き上げそのまま椅子に座った。彼女を膝に抱きながら。
あたふたする有里を横目に「ほら、お食べ」と、小さく切った果物を口に入れてよこす。
「うぐっ・・・」と言いながらも、咀嚼しているとアルフォンスが説明し始めた。
「双子には今日から三日間の休暇を与えている。今後忙しくなるから、休めるうちに休んでもらう事にした」
「え?」
「それと、その間は俺がユウリの世話をする」
「え?えぇ!?」
「この三日間は、俺も完全ではないが休暇をもぎ取った。急用はユウリが眠っている間に済ませているから、目が覚めている間は何時も一緒だ」
有里はもう、何も言えずにはくはくと口を動かしていると、またも果物を突っ込まれた。
「さぁ、どんどん食べて。こうしてずっと抱き合っている事が出来るのは、たった三日しかないんだ」
え・・・?つまりは・・・・
「服なんて着なくても良い。すぐに脱ぐことになるんだしな」
信じられないとばかりに「え?」と口を開けば、また食べ物を入れられる。
え・・・?つまりは・・・・
「蜜月というやつだ。誰にも邪魔はさせない。今まで俺はずっと我慢してきたんだから」
まるで有里の心情を読んだかのように続け、そして、小さなアルフォンスを彷彿とさせるような笑顔を向けて宣告する。

「覚悟して。俺の初恋なのだから」

清々しいまでの笑顔に、有里はそっと目を閉じ心の中でエールをおくった。


頑張れ!自分・・・・

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