皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん

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そろそろ娘が帰ってくるからと、アマリアとジャックが何故か顔を真っ赤にしながらカウンターへ戻るのを見届けると、有里は小声でアルフォンスに訊ねた。
「アマリアさん達はアルの正体、知っているの?」
先ほどの有里に向けたアマリアとジャックからのエールは、自分が皇后なのだと知っているとしか考えられない。
「面と向かっては明かしてはいないけど・・・多分、気付いていると思う。助けてもらった時に、髪は染めていたけど・・・俺の不注意で目を見られたからね」
皇帝アルフォンスの瞳の不思議な色合いは、この世界の誰もが知っている事だ。
「そっか・・・私の事も気付いてて、応援してくれたんだね・・・・」
「だろうな。まぁ、正体を明かしたところで彼等の態度は変わらないと思う。それくらいは互いに信頼してる」
「なんか、いいね。私も実家に帰って来たような、気持ちが楽になった」
「そうか・・・・なら、良かった」
二人顔を合わせ笑っていると、突然、勢いよく店の扉が開かれた。

「お腹すいた~!お母さん、何かある~!?」
「まずは『ただいま』だろ!この娘は!!」
「ただいまぁ!お腹すいた~!」
「ったく!そんなだから彼氏の一人も出来ないんだよ!!」
「うっさいな!こう見えても私はモッテモテなんだから!」
「あー、はいはい」
「何!その適当な相槌!!」

いきなり店内に入ってきて、アマリアと言い合いしている可愛らしい少女に有里は度肝を抜かれ、無意識にアルフォンスの腕にしがみ付いた。
「あぁ、大丈夫だ。彼女はアマリア達の娘でメアリー」
「娘さんだったんだ。ちょっとびっくりしちゃった」
「あれは、この家族の日課の様なものらしいぞ」
そう言って、安心させるように有里の額に口付ければ「あぁぁぁ!!」と悲鳴のような叫び声が上がり、反射的にアルフォンスに抱き着いてしまった。
「アレク!!アレクなの!?」
食いつかんばかりにテーブルに駆け寄ってきたメアリーは、アルフォンスを見て先ほどまでの勢いは何処へやら。放心したように立ちつくしてしまった。
「あぁ、久し振りだな、メアリー。相変わらず元気そうでなによりだ」
そう言って立ち上がれば、彼女がいきなりアルフォンスに抱き着いた。
「え?メアリー?」
戸惑う様に立ち尽くすアルフォンスにかまうことなく、メアリーはぎゅうぎゅうと抱きしめる力を込めてくる。
まるで彼の存在を確かめるかのように。
しばし困惑していたアルフォンスだったが、ポンポンと頭を撫でながら「心配をかけたみたいだな。すまなかった」そう言えば彼女は勢いよく顔を上げて目に涙を浮かべながら睨み付けた。
「本当よ!一年も・・・音沙汰無しなんて・・・心配するじゃん!!」
「すまない。本当に色々と忙しかったんだ」
その一言にメアリーは「人の気も知らないで!」と文句の一つも言ってやりたかったが、それよりも何よりもアレクにぎゅうぎゅうと力いっぱい抱き着いているこの現状に我に返り、顔を真っ赤にしながら後ろに一歩飛びのいたのだった。



本当はずっと抱き着いていたかった・・・小さい時にはそれこそ抱き着いて離れなかった自分が懐かしくも羨ましいと思うくらい、メアリーはアレクが好きだから。
気付けば、年に数回ほど顔を見せ、まるで我が家の様に寛いでいく兄の様な存在に。
だが、年齢を重ねるごとに、久し振りに顔を見せたかと思えばあまりゆっくりすることもなく、食事を済ませ早々に立ち去っていく事が多くなった。
メアリーに会いに来るというより、彼女の両親に顔を見せに来ていると言った方が正しいのかもしれない。
幼かった彼女は、そんな事など知る由もなく彼が好きで好きで・・・彼に纏わりつき、彼の特別になりたいと全身で訴えた。両親が叱り呆れるほどに。
それでもアレクは「しょうがないな」と苦笑しつつも相手をしてくれるのだ。それもまるで、お姫様にでもなったかのような扱いで。
年頃になればそんな扱いを勘違いしてしまうくらいに、メアリーは彼に夢中になっていった。
彼もまた年を追うごとに背は伸び美しく、周りの男たちとは明らかに違う雰囲気を醸し出している。顔を見せる度に格好良くなっていくアレク。
そんな彼を目の前にして好きにならずにはいられない。
何処かの貴族の息子なのかと思った事もあったが、彼の素性は何故か聞けなかった。
両親にそれとなく聞いたこともあったが、困った様に笑い「私達とは生きる世界が違うんだ。好きになっても叶わない事だけは覚えておきな」と言われた事があった。
その時にはすでにアレクが好きだったメアリーは大いに反発したものの、心のどこかで彼の素性を知ってしまえばもう会う事が出来なくなるのでは・・・という、漠然とした危機感だけは感じていた。
だから、彼には一度も聞いた事は無い。いつか彼が話してくれるかもしれないから。彼がどんな素性でも好きでい続ける自信があったから。
でも、彼の中での自分の立場は『妹』なのだと、会うたびに思い知らされる。
体形は結構女らしくなったと思う。胸だって割とある方だ。容姿だって、周りにちやほやされる位は整っている。
でも、こうして彼に抱き着いて少しでも意識してもらおうとしても、彼は緩やかに笑い「メアリーは相変わらず甘えん坊だな」と言って、子供をあやす様に頭を撫でてくるのが関の山。
それでもいいと思っていた。もう少し大人になれば、彼は一人の女性として見てくれるかもしれない・・・・
そんな淡い期待を抱いていたのに・・・・

「メアリー、紹介するよ。妻のユリだ」
その一言で、初めて彼の後ろに人が居る事を認識した。
「つ・・ま?」
一瞬、アレクが何を言っているのか理解できなかった。
「初めまして、ユリと申します」
と頭を下げる彼女は、明らかに大陸の人間とは違う顔立ちをしていて・・・メアリーの目から見ても可憐だった。
目の前の二人の声がどこか遠くに聞こえ、頭の中は真っ白になり現実を拒絶しようとしている。

うそ・・・アレクが、結婚?嘘よ・・・・

頭の中ではそんな言葉がグルグルと回り、思わずよろける。
そんな彼女をアマリアが後ろからそっと支えた。
「お似合いだろう?アレクの初恋の相手だってさ」
まるで傷をえぐるかのような母親の言葉。

初恋・・・?アレクの初恋の相手?
私の初恋はアレクだっていうのに・・・・何で?

そんな意味のない言葉が頭の中をぐるぐる回り、気付けば目に涙を溜めながら「アレクの馬鹿!!」と叫び、家の中へと駆けこんでしまった。
何が何だかわからず呆然とする、アルフォンス。
彼女の反応でなんとなく察していた有里は、困った様に眉を寄せる。
悲し気な中にも仕方がないという表情で、娘が消えた戸口を見つめるアマリア達。
微妙な雰囲気の中、アマリアが口を開いた。
「うちの娘が、失礼をしてすまなかったね。許しておくれ」
と、夫婦揃って頭を下げてくるから、有里は焦った様にそれを止めた。
「あぁ!気にしないで下さい!何も気づいていない彼が悪いんですから!」
「え?俺なの?」
今だキョトンとしているアルフォンスに有里は諦めにも近い顔で溜息を吐いた。
「アマリアさん、メアリーさんは・・・・」
それ以上、何と言っていいのかわからず彼女等を見れば「大丈夫」と、少し困った様な笑顔で答えた。
「あの子には何度も忠告はしていたんだ。だけど、聞く耳を持たなくてね・・・それが若いって言う事なのかもしれないが・・・」

あぁ・・・やっぱりこの人たちはわかってたんだ・・・

有里が何とも言えない顔で頷けば、再度「大丈夫!」と今度は力強く言う。
「親のあたしらが言うのも変だけど、あの子は結構強い子だから。しばらくは落ち込むだろうけど・・・誰でも通る道さね」
その眼差しは何処かほっとしたような、安堵の色を滲ませていて、もしかしたら彼女達はこの時を待ち望んでいたのではないか・・・と有里は思った。
どんなに恋い焦がれても叶う事のない恋。どんなに想い続けても報われる事のない夢から、早く目覚めて欲しかったのかもしれない。
例え有里と結婚していなかったとしても、鈍感なアルフォンスにはいつまでたっても彼女の想いは伝わらないような気がする。
まぁ、貴族のご令嬢達に嫌というほど追いかけられていたから、案外メアリーはアルフォンスにとって唯一純粋に付き合える存在だったのかもしれない・・・と思いながら、罪作りな愛しい夫をそっと見上げれば、相変わらず甘い眼差しを自分に向けていて、ぎこちない笑みを返すのが精いっぱいの有里なのだった。

「それじゃ、俺たちはそろそろ行くよ。多分・・・しばらくは来れないと思うけど体には気を付けて」
「あぁ、アレク、ユリさんも身体には気を付けて」
「お世話になりました。その・・・メアリーさんにもよろしくお伝えください」
「最後に嫌な思いさせちまって悪かったね」
「いいえ、とんでもない。お気になさらないでください」
「そう言ってもらえると助かるよ。落ち着いたらまたいつでもおいで。その、嫌じゃなかったら」
「是非!必ずお邪魔します!」
アマリアの手を取って嬉しそうに花が綻ぶように笑えば、どこかほっとしたようにアマリアも笑うから有里は握る彼女の手にそっと力を込めたのだった。
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