皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん

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フィルス帝国サイザリス・ルビアーノ・フィルス皇帝陛下は十五才と言う年齢の割には落ち着いた雰囲気をもった少年だった。
現宰相の傀儡と噂されているわりには思いのほか紅玉の瞳の光は強く、本当に傀儡なのかと疑ってしまうほど威厳に満ちている。
互いに挨拶をかわしソファーに腰を落ち着けると、皇帝同志は当たり障りない会話を始める。
その間、有里は笑顔を張り付けながら周りを見渡した。
こちら側の付き人として室内に居るのは、言わずもがなフォランドとアーロン。対し彼の傍に居るのは騎士と侍女と思わしき女性。
騎士は勿論アーロンと同じ彼の身を守る為の者だが、侍女と思われる女性は実は宰相の娘だった。
つまりは、宰相は自分の娘を皇帝の首輪代わりに同行させていたのだ。
宰相の娘だとわからなければ、単に見目麗しいお淑やかな少女に見えるが、彼の娘だとわかってしまえばその見方も変わってくる。
彼女の名はローレッタと言った。フィルス皇帝より二才年上で、その容姿は父である宰相にそっくりだとも言われていた。

う~ん・・・宰相の手の物で固められてくるとは分かっていたけど、娘を付けてきたのか・・・
下手に動けないわね・・・・

そんな事を考えながら彼等の会話に適当に相槌を打っていると、不意に煌めく紅玉と目が合った。その瞬間・・・・・世界が暗転。
正確には彼女だけが、だ。
気付けば有里は闇の中に立って《・・・》いた。

何だかこの感覚・・・身に覚えがあるというか、懐かしいというか・・・
多分、あれよね。『時空の狭間』ってやつ。

有里が初めてユリアナに呼ばれた時の闇に似ていた所為もあって、随分と図太くなったもんだ・・・と苦笑する事はあっても、取り立てて焦る事はなかった。
「ふふふ・・・取り乱す事無く堂々とされている。流石は母上が目に掛けるだけは有ります」
突然、声が聞こえたかと思うと瞼の先がぱっと輝きを増したことが分かった。
咄嗟に手を翳し顔を背けると「目を開けても大丈夫ですよ」とすぐそばから聞こえた声に、はっと目を開けた。
すると今にも触れあえそうな所に、艶やかな黒髪に琥珀を散りばめたかのようなユリアナと同じ不思議な黒い瞳を持つ美しい青年が嬉しそうな笑顔を湛え立っていた。
驚きに声を上げそうになるのを堪え一歩後退れば、「お茶を用意しています。どうぞこちらへ」と手を差し出された。
直感的に「彼はフィーリウスだ・・・」と確信した有里は、一瞬躊躇いはしたが現状自分の力ではどうこうできる問題ではないと認め、素直に彼の手を取ったのだった。

闇から白い世界に変わり、そしてそれは爽やかな風が吹く草原へと変わり、草花が揺れる長閑な風景を損なう事無く、小さなテーブルと椅子がちょこんと置かれていた。
テーブルの上にはおいしそうなケーキが置かれており、少し甘めの香りがする紅茶もうっすらと湯気を揺らしている。
椅子を引かれ座ると、真向かいに彼が座った。
「急にこちらにお連れして申し訳ありませんでした。既にお気づきかとは思いますが、ユリアナの息子であるフィーリウスと申します」
「有里と申します・・・・」
少し頭を下げ挨拶した後、有里はずばりと切り込んだ。
「貴方は、フィルス皇帝陛下なのですか?」
まさかこうもあっさり切り込んでくるとは思っていなかった彼は驚きに目を見開き、飲もうとしていた紅茶を中途半端に持ち上げながら動きを止めた。
そしてソーサーにカップを戻すと愉快そうに笑い始めた。
「流石、姫君。よくぞ看破されましたね」
「・・・バカにしてます?あの状況から察すれば、誰でも分かる事です」
ちょっと眉を顰めながら返せば「確かに」と、またも愉快そうに笑う。
「私は今現在人間に身を落とし、帝国を再建しようとしています。ですが姫君もご存じかと思いますが、中々難しいのが現状です」
確かに、数年前にクーデターに失敗。宰相の監視の目が厳しくなっている事だろう。
「良く、こちらに来ることが出来ましたね?宰相様は難色を示されたのでは?」
「あぁ・・そんなの簡単ですよ。私が政治に口を挟み始めたのですから、そろそろ邪魔になってきた頃でしょう」
なるほど・・・と、有里は頷く。
今まで好き勝手出来たものが、正当な主が権力を振るい始めたのだ。邪魔にもなるだろう。
「陛下は人の身でありながらも、このような力を使えたのですか?」
『時空の狭間』に人一人招待できるほどの力があれば、宰相なんかも簡単に排除できたのではないかと思うのだ。
「私の事はフィーと呼んでください。後、敬語はいらないよ。普通にしゃべってくれると嬉しいな」
恐れ多い!と固辞しようとしたが、射貫くような眼差しに何を言っても聞いてもらえなさそうで、諦めたように溜息を吐いた。
「・・・わかりま・・・わかった。じゃあ、私の事も有里と呼んで」
「うん」
そう頷いて嬉しそうに笑う神は、ユリアナ同様とても人間臭かった。
「この力は微々たるもので、帝国を簡単にひっくりかえせるほどのモノではないんだ。取り敢えず自分を守るくらいは使えるけどね」
そう言って今度こそお茶をすすった。
「そっか・・・まぁ、人間だものね。で、私を此処に呼んだのは内密な話でもあったから?」
「話が早くて助かる。有里を此処に呼んだのは、私の・・・サイザリスの妻になって欲しいと思ってね」
何て事のないようにサラッと告げられた内容に「―――え?もう一回」と聞き返した有里は決して耳が遠い訳ではない。
「人の身であるフィルス帝国の皇帝である私の妻になって欲しいんだ」
どうやら聞き間違いでは無いようだ。と、有里は腕組みをして小首を傾げた。
「どうして?私がユリアナの使徒だから?」
「それもあるけどあの時、私が手を離していなければ必然的に有里は私の妻になっていたんだ。ちょっと手違いがあったけど、納まるべきところに納まるのが世の理だと思わないかい?」
「いや、私はユリアナに、息子に邪魔されたって聞いてたけど」
「それは勘違いだよ。私が先に君を見つけ連れ帰ろうとしたんだからね」
邪気など全く無いようににっこり笑う彼だが、胡散臭さしか感じない有里は紅茶に手を付けることなく立ち上がった。
「その話、お断りします。早く元の場所に返してください」
「そんな冷たい事言わないで、もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「遠慮します。私の生きる場所はアルフォンスの隣しかない。政権の事だってアルフォンスに協力を仰いだ方がずっと建設的だと思う。大体、いくら『黒』が貴重だからって信仰でこの状況をひっくり返せるとは思えない。ユリアナが姿を現したのなら別だけど」
「そんな事無いよ。意外と簡単に取り戻せるかもしれない」
「え?」
「ふふふ・・・有里はこの世界の信仰を甘く見てるね。私達の婚姻は二つの大陸を揺るがす程の・・・そう、神事と同等にみなされる」
「なにそれ・・・・おかしいんじゃない?黒い髪と白い髪が結婚したくらいで神事なの?」
「そうだよ。だから有里はこの世界の信仰を分かってないって言うんだよ」
そう言って嫣然と笑うフィーリウスに先ほどまでの人間臭さなど全く無く、感情のない・・・冷たいというより正に無慈悲な神を彷彿とさせ、有里はゾクリと震えた。

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