皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん

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朝陽が昇る少し前の、清々しくも神聖な空気に晒されるのが、スキアの最近の・・・・ここ一週間の日課となっていた。
城の一番高い所に立ち、ユリアナ帝国がある方向を飽きることなく見るのだ。
かすかに輝きを放ち始めた、水平線。
今日は己の主であるフィーリウスが帰ってくる。政権を取り戻すために。

五体の影の中でスキアは限りなく人間に近く創られていた。
他の四体は人間らしい感情は、殆ど持っていない。
外面的には、笑うし怒るし時には泣く。
だが、それはあくまでも表情と言うだけで、心では何も感じる事はないのだ。
こういう時にはこの様に対応しろ、というデーターがインプットされているような感じで、それ以上でもそれ以下でもない。
だがスキアだけには『感情』というものを植え付けられていた。
元々、宰相の側に置くために創られ、より人間に近くなくてはならなかったからだ。
だからだろうか。主であるフィーリウスが側にいない事を寂しく思うし、今日会える事に喜びを感じている。
今感じている思いはいつまでたっても慣れることはない。
些細な事で感情を揺さぶられる事が煩わしく思えるのに、主に関わる事であればどんな感情も心地良いと思ってしまうのだから、不思議なものだ。

フィーリウスがユリアナ帝国に向かったあと、スキアは直ぐに政権奪還の準備に取り掛かった。
ユリアナ帝国に着いて早々、ローレッタがやらかしたことには驚きを隠せなかったが、邪魔者を潰す良い機会なのではと策をめぐらす。
宰相だけであれば簡単に消すことはできるが、病原菌を大元から取り除かなければいつ再発するのか分からない。
虫も殺さないような顔をして、実は誰よりも残酷非道な悪、ジェスト伯爵。
あれだけは何が何でも潰さなければ何度も同じ事が繰り返され、今度は確実に主に直接害を及ぼすだろう。
ジェスト伯爵に関しての噂は、良くも悪くもなく特別気に留めるようなものではなかったので、完全にノーマークだった。
だが、スキアにとっては何となくではあるが気になる存在でもあった。
それがまさか、宰相の後ろで誰よりも阿漕あこぎな事をしていたとは。
そしてフィーリウスが国を出た途端、気持ちが大きくなったのかあっさりと本性を現した。勿論、表立っては日和見伯爵である。
伯爵の影にスキアの『目』を忍ばせ探れば、その実態に顔が歪むのを止める事が出来ない。
より人間に近く創られたとはいえ普通の人間から見れば彼の本質はかなり冷淡だ。
だが、伯爵のしている事を目の当たりにすれば、自分の中にこんな感情があったのかというほどの怒りと悲しみが人の器を満たしていく。

こんな煩わしい感情に振り回されるのも、あと少しだ。
そう考えながら、スキアはうっそりとほほ笑んだ。
主がこの国を取り戻せば我々の役目は終わり、主の中に戻れるのだから。

水平線から朝陽が顔を出し始め、降り注ぐ光が街並みに色をつけていく。
まるで主の帰港を祝福しているかの様に。






フィーリウス達の帰国は実にひっそりとしたものだった。
というのも、宰相達には予定通りアルフォンス達の結婚式が終わってから帰国すると、変更は一切伝えていない。
ユリアナ帝国についてきた者達のほとんどがフィーリウスの直属の部下だが、宰相とジェスト伯爵の間者も数名いた。
だがそれらは、ユリアナ帝国に向かう船上で既に処分され、敵の唯一の生き残りのローレッタに関しては船底に押し込め監禁した。
帝国を行き来する定期便を使い商人の成りに扮し、ひっそりと降り立った彼等はあらかじめ手配していた馬車に乗り込み、一旦隠れ家へと向かった。
そこには、レジスタンスの代表とスキアが待っていた。
彼等二人は、変わりないフィーリウスの姿に安堵しながら膝を付き頭を垂れた。
「我が主。無事にこの日が迎えられたことを嬉しく思います」
そう言いながら、衣に口付けするスキアに、
「面倒なことを頼んでしまってすまなかったね。こうしてこの地に戻れたのも、スキア達が心を尽くしてくれたからだよ」
と、ねぎらいの言葉をかけるフィーリウスに、スキアは嬉しそうに口元を綻ばせ、レジスタンスの代表でもあるラントは深々と頭を垂れる。
「さぁ、二人とも立って。協力者を紹介しよう」
そう言って控えていた人物達を側に呼んだ。その顔を見た瞬間、ラントは涙を流し崩れ落ちた。
「エストレンス侯爵っ!皆さま・・・・ご無事で・・・・・」
「ラント・・・・君も無事で何よりだ」
この二人は前のクーデターの時の同志で、中心的人物だったのだ。
そんな二人を微笑ましく見ていたフィーリウスだったが、一分一秒も惜しいこの状況に、やんわりと釘を刺した。
「涙の再会の所に水を差して悪いけど、涙は全てが上手く行った時に流しておくれ」
「はい」
「わかりました」
力強く頷くそ二人を伴い、別室に待機させていたユリアナ帝国からの協力者達と、夜遅くまで綿密な打ち合わせをするのだった。

二日後、計画は速やかに実行された。
謁見の間に宰相とジェスト伯爵。彼等に協力していた貴族を招集。それを一気に取り押さえたのだ。
それは面白いほどあっさりとした結末だった。
彼等はフィーリウスがいる時から、影で会合をおこなっていた。
幼い皇帝に実権を握らせる事無く、宰相等を含めた貴族達で甘い汁を吸いつつ、自分達の良いように国を動かしていく。その為には裏切り者を出してはいけない。前のクーデターの様に。
互いが互いの弱みを握り、牽制し合いながら底なし沼に引き込むかのように会合で確認し合っていたのだ。
フィーリウスが大陸から出ていくと、たった一週間ではあるがあからさまに、そして頻繁に行われるようになった。城内の謁見の間で。
スキアは参加した事はないが、その日程だけは把握しており『目』を忍ばせていたのだ。
それを利用し、油断しきっていた宰相、貴族達を捕縛。実に簡単に終わったのだ。
困難を極めると予想されていたジェスト伯爵の子飼い達も、思いの外上手く事が運び、拍子抜けしてしまうほどだった。
女神の力が少なからず働いたのか、その日は誰一人欠けることなく集まったのだから。
というのも、ジェスト伯爵の子飼いは貧困層の集まり『リーサ』を仕切るごろつきだ。
スキアが監視している間も何度か元締めに招集されていたが、皆が揃うという事がまずなかった。
時に明け方まで買った女と乳繰り合い寝坊しただの、時に攫った女を輪姦して楽しんでいただの、時にどこぞの家に強盗に入って人殺しに忙しかっただの・・・・実に悪人らしい理由で。
よって、全員そろった事は正に奇跡としか言いようがない。

彼等の所為で『リーサ』の人々は辟易していた。
この地区でうまい汁を吸えるのはごく一部。
他の人々はただ貧しいだけ。そして、力のある者の言いなりになるしかなかった。
この『リーサ』に住む人々を助けるのも並大抵の事ではない。相当な根気と時間と金が必要になる。
何故なら生きるために盗みや人攫い、詐欺などを生業としているものが多く、それを取り締まってしまえば生きる為の糧を失ってしまうのだから。
だがここで役に立つのがユリアナ信仰だ。
「女神なんているわけが無い」と騒ぐ人間も、白を纏うフィーリウスを見れば途端に膝を付き涙を流すのだから。
それを利用しつつ『リーサ』解体をしていく事になっている。
理想としては有里が隣に立っていてくれたら、事はかなりスムーズに進むのだろうが、愛妻家でもある夫に拒否されれば何も言えない。
ただでさえ騎士や官僚を派遣してくれており、資金の援助もしてくれるのだというから、これ以上の要望はただの我侭になってしまう。

政権を取り戻し、これからが戦いの本番であると、フィーリウスは皆に激を飛ばす。
執務室でそれぞれの報告をきき、適切な指示を出す若き白の皇帝の姿に誰もが、これでこの国が、この大陸が救われたのだと安堵したのだった。

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