それぞれの愛のカタチ

ひとみん

文字の大きさ
9 / 30

9

しおりを挟む
―――あぁ・・なんで、こうなってしまったのか・・・・
キャロルは心の中で呟いた。
公爵から発せられた一言に、彼に見惚れていた事も忘れ、血の気が失せるという感覚を初めて味わっていた。




カーネルとキャロルは、ライト公爵邸へと、
何故呼ばれたのかわからない二人だったが、キャロルは噂では聞いていたが初めて対面する、この国一番といってもいいほどの美貌を持つライト公爵を目の前に、呆けたように見惚れていた。

なんて美しいの・・・これほどまでに美しい人は、お店で働いていた時も見た事がないわ!
地位も名誉も美貌も兼ね備えていて・・・この方の妻になれたらどんなに幸せなのかしら・・・

うっとりとしながら、ライト公爵の横に並び立つ自分の姿を夢想し、ちらりとカーネルを見た。
冴えない容姿の夫は、困惑しきりの表情で額の汗を拭いている。目の前の公爵に比べれば、矮小で凡庸で恥ずかしい気持ちになってくる。
そして「あの時焦ってこの人を選ばなければ、もしかしたらライト公爵と出会えていたのかもしれないのに・・・」と、激しい波の様な後悔が押し寄せてくるのだった。


キャロルは、男爵家の長女として生を受けた。
男爵家とはいえほぼ平民と同じで、貧しい生活を余儀なくされた一家は、皆働いて家計を助けているのが現状。
キャロルも給金が良いと言う理由だけで飲食店で働いていた。夜に男性を接待する飲食店である。
その店自体従業員に枕営業させる様な店ではなく、国内でも有名な高級クラブで健全な夜のお店だった。

採用条件自体も厳しい事で有名だったが、キャロルの場合は末端でも貴族という事と、見目も可愛いらしかった事で採用された。
従業員となる令嬢は貴族もいれば平民もいた。それぞれ訳アリばかり。
大概はお金絡みの事情である。
そんな彼女たちは店で施される淑女教育にも熱心で、いつか貴族の令息に見初められ婚姻する事を夢見ていた。
過去、この店で働いていた女性が、高位貴族の令息に見初められ結婚したことがあったからだ。
その事実が、彼女らにやる気をもたらしてもいた。
だが、キャロルは違った。

そんな事をしなきゃ、男を捕まえられないんなら、あんた達に何の魅力もないって事じゃない。
私は私自身の魅力で高位貴族を捕まえるわ!

よくわからない自信を持っているキャロルは、当然、淑女教育など身に付かず貴族に毛が生えたというか、ちょっとお行儀のよい平民のような振る舞いで接客をしていた。
店側は勿論いい顔をしなかったが、純朴で可愛らしい容姿も相まって一部の貴族には珍獣枠で人気があり、あれよあれよという間に一番人気となってしまったのだ。

店の規則は細かくて厳しいものだったが、それさえ守れば男女関係も比較的自由を許されている。
店の品位を貶める事さえしなければ、だ。
これまで貧しさ故、くすぶる不満を胸に秘め働いてきたキャロル。
だがここでは、男に媚びを売るだけでお金がもらえる。それは、今まであくせく働いて得たお金の何倍も多く。
これまでの自分の無知に対する怒りと、貧富差に対する悲しみが胸中をよぎったが、それも一瞬だけ。
もっともっと上を目指せば、もっともっと贅沢な生活ができるのだと。
今まで苦しい生活の中、我慢ばかり強いられてきたものが、一気に解放された瞬間だった。
人気が上がるにつれ給金もよくなり、時には高価な贈り物までくれる男達。

あぁ・・・こんなにも楽しいお仕事があったなんて・・・
客に可愛らしくおねだりし甘えただけで、ちやほやしてくれる。
たったそれだけでお金や宝石を贈ってくれるなんて・・・なんて楽なのかしら。

浅ましさ全開のキャロルに対し、同じく働いている女子達からは嫌みを言われたり嫌がらせをされたりしても、必ずその倍にして返す彼女。
生活の苦しさで抑えていた不満が単によくない形で現れただけなのかもしれないが、気付けば外見と中身が全く違う狡猾な女性へと変わっていたのだった。

純朴で愛らしい見た目に対し、淫靡で欲深い内面。
後腐れなく遊べる相手として、キャロルは性に奔放な貴族令息の遊び相手と認識されるようになっていた。
キャロル本人は、最高の結婚相手を見つける為に付き合っているつもりなのだが、男からしてみれば体のいい性欲処理の相手だ。
男遊びが激しくなってくると、流石に店側からも品位に欠けると厳重注意を受け、クビも時間の問題と言われていた。
そんな時に出会ったのが、カーネルだったのだ。
見た目は凡庸で女性慣れしていない彼に、キャロルはすぐに目を付けた。
次期侯爵という地位もだし、何の疑いもなくキャロルの言い分を信じてくれる間抜けさが、彼女には魅力的だった。
彼を落せば、なんの苦も無く贅沢な暮らしができるのだ。
ただ一つ不満を言うならば、自分にはふさわしくないその平凡な容姿。

自分にはもっと美しい男が相応しいんだけど・・・いつ店をクビになるかわからないから、ここで手を打っておかないと、またあの貧しい生活に逆戻りだわ。
あの頃に戻るくらいなら、顔くらい我慢よ!

そして、カーネルは極悪娼婦に騙された無能な侯爵令息として囁かれるようになるのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない

天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。 だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】今更、好きだと言われても困ります……不仲な幼馴染が夫になりまして!

Rohdea
恋愛
──私の事を嫌いだと最初に言ったのはあなたなのに! 婚約者の王子からある日突然、婚約破棄をされてしまった、 侯爵令嬢のオリヴィア。 次の嫁ぎ先なんて絶対に見つからないと思っていたのに、何故かすぐに婚約の話が舞い込んで来て、 あれよあれよとそのまま結婚する事に…… しかし、なんとその結婚相手は、ある日を境に突然冷たくされ、そのまま疎遠になっていた不仲な幼馴染の侯爵令息ヒューズだった。 「俺はお前を愛してなどいない!」 「そんな事は昔から知っているわ!」 しかし、初夜でそう宣言したはずのヒューズの様子は何故かどんどんおかしくなっていく…… そして、婚約者だった王子の様子も……?

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

処理中です...