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本編《婚約者の弟エルド》

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~エルドSide~

初めて彼女にあったのは、4歳の誕生日だった。
カルド兄さまの婚約者に会うためにお父様とお母さまがうきうきして準備していたのを捕まえたのが切っ掛け。
カルド兄さまは本当に行きたくないオーラを出しまくっていたけど、お父様もお母さまもカルド兄さまの婚約者に首ったけみたい。俺の誕生日って覚えてる?ってちょっと不満に思ったくらい。

俺はお父様に無理言って、縋って着いていった。
お父様もお母さまもかなり渋っていたけど、お誕生日ってことを伝えるとギクッて感じで体こわばらせていたから通った。
どうやら、本気で忘れていた模様。

着いたのは伯爵家だから、うちよりも小さいし、狭い。調度品だって、ランクが落ちている。
でも、なんか、なんだろうか?ホンワカする感じの屋敷だった。

馬車で乗り入れ、屋敷の中に入ると小さく聞こえる曲があった。
聞いたことの無い曲だった。

初めは笛の音かと思ったけど、しばらく聞けばそれが歌だと気付いた。
でも、それもほんの数分で終わった。

とても残念に思った。
もっと聞きたいと思った。

鳥の声みたいに日常に挟む音じゃない。楽想の曲みたいにでかいBGMでもない。
まるで乾いた大地に染み込む様な歌だった。

人の歌とは思えない。
人の声がなせるものとも思えない。

ボーっと考えていたら、婚約者様の部屋に着いたらしい。
案内の人が多少注意事項を言う。

どうやら、お兄さまの婚約者は病弱らしい。
だから、騒がしくするのも×。ここではしゃぐのも×。とのこと。
あぁ、両親のことですね、わかります。
申し訳ない。

ドアを開けた先には、透き通るような肌、薄金色の髪と目を持つ美しい少女が居た。女神かと思った。両親が一目惚れするのも理解できた。
彼女はか細い体で、か細い声で両親とお話をしている。
その間、当の婚約者であるはずのカルド兄さまは別の方向を向いている。

本当、カルド兄さまは彼女のことが嫌いなようだ。

なんでだろう?こんなに美しく、優しそうな彼女をどうしてそんなに邪険にできるんだろう?

5分ほどして、彼女の顔色が明らかに悪くなり、俺たちは退散することに。
カルド兄さまが一番に外に出たがった。
本当、何なの?カルド兄さま。

カルド兄さまは最近、特に性格が悪くなっている気がする。

そんなことよりも、あの女神様のことだ。
彼女の名前は、カナリア・モブハント。
兄と同じ12歳。
病気がちで、生死の境をいつも行ったり来たりの令嬢らしい。

そりゃあ、彼女みたいに美しい人を精霊や神様が欲しいと思わない筈がない。でも、それはとっても俺には悲しいことだ。
だから、俺は将来、とってもすごいお医者さんになろうとその時決意した。

彼女が一日でも長く、この世界に居続けられますように。俺が彼女を治してあげたい。

そう思った。

それからは必死に勉強を頑張った。
他国言語も難しい書物も読めるように一杯本も読んだ。
両親にお願いして、家庭教師も増やしてもらった。
外交に詳しい、兄と同い年のメイビル侯爵子息とも仲良くなって、色んな他国事情も聞くようなった。
新しい医術と聞けば、一も二も無く、急いで聞きに行き、教授してもらった。

そして、兄の使いと嘘をついて、彼女の家に月に二度お花を贈りに行ったりもした。
まぁ、どちらの家にもバレバレだったけど。それどころか、お爺様やお婆様にもばれてたけど。恥ずかしい。

予想通り、あの透き通るような歌は彼女の歌だった。
カナリア。
本当、彼女は素晴らしい歌い手。

でも、彼女はいつも倒れている。
聞けるのは4回に1度くらい。
基本は彼女はベッドで寝ているようだ。

アーナス姉さまとメルド兄さまが良く俺を揶揄う。そして、忠告もする。

「あまり、彼女にのめり込むべきではないよ。」
とやんわりと。

彼女が兄の婚約者だからか?なのかと聞けば、そうじゃないと言う。

「だって、彼女はあまり長く生きられないと思うよ。だから…。」
と二人が二人とも同じことを言いそうになり、俺はその口を急いで手で塞いだ。
フゴフゴと抵抗する姉と兄。
「俺が治す。」
強い口調で俺がそう言うと悲しそうな顔で二人が
「うん。わかった。」
と返すだけだった。

俺は必死に勉強した。
それで分かったこと。
それは、彼女の心臓は俺たちに比べて弱いと言うこと。心臓に致命的な欠陥があると言うこと。
それでも、俺は彼女の心臓が治るような方法を探した。
そして、幻の奇天烈な賢者がこの世界にいるのだが、その賢者に会うことが出来た。

その賢者にあって聞いてみれば
「恐らく、心臓弁が壊れとるな。」
と言う。
そして、
「治らんよ。」
とも言った。

それから詳しく問いただしたが、イマイチ理解はできなかった。
理解できたキーワードは
『外科手術』『適合』『移植』
そして、
『この世界では下法』『やっても感染症で死ぬ』『拒絶反応で死ぬ』
と言うこと。
そして、何度も何度もこう言われた。
「治すではなく、楽しい人生だったと思わせれるように努力しなされ。」
と。

俺は家に帰り、三日三晩、泣き続けた。
まぁ、4歳だもの。仕方ない。

そして、時間は過ぎる。

俺が5歳の誕生日前々日。
案の定、お父様お母さまは俺の誕生日のことを忘れている気がする。
そして、なんだか殺気を放っていた。
俺に向けられた殺気ではないけど、とても怖かった。
殺気の向かっている先がカルド兄さまと言うことがとても不安だったけど。

次の日、お父様とお母さまが殺気立っていた理由を知る。
兄が、カルド兄さまがカナリアを毒殺しようとしていたことを知った。

激怒した。
俺は練習用の木刀を持ってカルド兄さまのところに行こうとした。
アーナス姉さまにすぐに止められた。
暴れて叫ぶ俺の口をメルド兄さまに塞がれた。
二人は涙目だ。

とてもとても、悲しそうだった。

俺は二人に宥められ、事のあらましを知った。

事の始まりは5年前。
俺が生まれた頃である。
俺の誕生のことも自分の婚約者のことも忘れて、友人と遊びまくって楽しく帰ってきたカルド兄さま。
母が出産の影響で衰弱しているし、婚約者が病気で倒れているにもかかわらず、騒がしくして、カルド兄さまの友人と一緒に屋敷でドタバタしていたらしい。それを見つけたお父様がブチ切れて、カルド兄さまを説教したんだそうだ。

そしたら、次の日、カルド兄さまにいつも言い寄って来ていた7歳の少女の侍女に何か持たせて、カナリアの伯爵邸に送ったんだそうだ。
その何かって言うのが毒薬だったんだそう。

…本当、7歳でカルド兄さまはクズだったらしい。
自分の手を汚さず、他人に、しかも、自分で責任を取るつもりもなく。
彼女には『新しい婚約者の地位』をちらつかせていた模様。

勿論、そんなことを出来る筈はないのだ。
だって、少なくともうちの両親は彼女は離さない。カルド兄さまのことは離しても、彼女のことは絶対に離さない。それだけ、彼女のことを両親は大好きだから。

更に突っ込んで聞けば、アーナス姉さまは言う。
「お父様はカルドがあまり人を率いる力が無いって思ってたみたいでね、随分前からカルドが跡取りにするつもりは無かったみたいなんだ。」
と。

カルド兄さまは凄い能力が高い人だった筈だ。
剣術大会に出れば、いつだって優勝する。
家庭教師だって、カルド兄さまのことを能力が非常に高いと言っていた。

なのに、カルド兄さまを跡取りにするつもりが無かったと言う。

メルド兄さまが言う。
「カルド兄さまは人の気持ちを察しないし、気持ちを知ろうとしない。唯我独尊。それが許されるのは神だけだ。王でさえ、多少はそれが必要なのに。そして、カルド兄さまは王に値するほどの能力は無いってさ。」
と。

そして、二人が二人ともいう。
「「カルドは驕りすぎている。」」
と。

「それにね。」
と続けて言われた言葉に俺は固まった。

カルド兄さまは俺が生まれた後位、つまり、5年前くらいから努力を止めたんだそうだ。
まぁ、努力しなくてもちょっと勉強したら平均より点数が取れると言う理由で。
でも、その成果はメルド兄さまが頑張れば簡単に越せる程度だったらしいし、アーナス姉さまはひとなぎで制することが可能なレベルだったらしいし、学力に関してだけなら、既に俺の方が優っているんだそうだ。

「努力に勝る天才はいないんだよ。」
って言われた。

それから、家はとても慌ただしかった。
婚約解消の手続きや実行犯となったリーリアの擁護の為の準備。リーリアの実家バリスタ伯爵家への謝罪。
宰相の家から犯罪者が出るのはさすがに事なので、あちこちに根回し。
もちろん、モブハント伯爵家への謝罪は一番に行ったらしい。

そして、それらを色んな人たちを使い、1日で終わらせたお父様は本当、凄いと思う。
魔法かな?

そして、お父様から呼び出された。
そこの部屋にはお母さまも居て、目を真っ赤にして、滅茶苦茶腫れさせていた。
お父様は応接用のソファーに座る様に促してきた。
促されるまま俺は座った。

それから色んな説明を受けた。
重複になるので、書きはしないが、カルド兄さまが何故そんなことをしたのかを。そして、最後に
「跡継ぎはお前だ。」
と言う。

頭を抱えた。
アーナス姉さまは侯爵家に嫁入り予定だ。侯爵家は英雄と言われる伯爵から武勲で出世した当主が居て、姉はそこに嫁入りできると嬉々としている。メルド兄さまは王女と結婚予定だ。婿として。王女はメルド兄さまを溺愛しているので、確かに公爵家の跡取りには出来ない。でも、一番下の俺が何故?

聞けば、俺が医術を高めるためにした努力はそのまま国力になっていた模様。
知らなかった。
加えて、医療を知るために行動していたあれこれは、他家との交流になり、俺に触発されて伸びた人があちこちから出てきたらしい。
更に、その際に伸びた人の何人かがいろんな家の不正を暴いたりもしたんだそうだ。
中には犯罪集団を撲滅させた人も居たらしい。

本当、何それ?知らんかった。

しかも、外交に詳しい人にいろんな話を聞いて、あちこちに交流しに行ったおかげで飢饉の危機さえも実は回避していたのだと。

え?え?え??

更に疫病の危機にあったとある村があったらしいのだが、偶然、俺の話を聞いてやってきていた賢者がついでに治していって、対処方法を伝えていたんだそうだ。

け、賢者様??幻とか自分で言っていたのに?実際に、現れたのは200年ぶりとか聞いたのに?

王家からも打診されているのだが、それは、
「メルド兄さまとエルドを婚約者として交換すると言うもの。」
断固拒否だ!!!

王女殿下はメルド兄さまを大好きなのだ。
俺じゃない。
「俺は、カナリア様が大好きなんだ!そんなの断固拒否に決まっている!!!」
と思っていたことをつい口に出してしまっていた。

ハッと気づいた時にはお父様もお母さまも苦笑いである。
「知ってる。」
「知ってるわ、この屋敷中。むしろ、社交界であなたがカナリアさんのことを好きと知らない人はいないんじゃないかしら?」

「ええええええ!!!!!」


俺は赤面して、思わず、ソファーから立ち上がって、つい、逃げ出しそうになってしまった。
お父様がそんな俺の腕を掴んで
「もう今更だ。誰でも知ってる。周知の事実。」
「そうね、知らないのはカナリアさんだけじゃないかしら?」
俺は真っ赤になって穴があったら入りたい気分だ。

「お前ね。『とある令嬢が病気で救いたい』とか言ったら、直ぐに察せるって、その顔もさらにね。」
俺は急いで、自分の顔をまさぐる。
何も変な顔をしていないよ?出っ張りもへこみも標準的だと思う。うん。
「あなたね、小さい子の貴方が真っ赤な顔で真剣な目であちこちに頼み事しまくってたでしょ?しかも、異常なほど勉強して。どれも本気で。察せない人はまずいないわ。」

「それにな、賢者がお前の噂を聞いてって時点で気付いた方が良いぞ?貴族平民関係なく噂が流れているってことに。」
「ひえぇええええ!!!」
俺はボフンと蒸気が上がって、ぶっ倒れた。

次の日、お父様とお母さまがくれたもの。
俺の誕生日プレゼントはカナリア様との婚約だった。後、ついでに公爵家の跡取りの書類。

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