紅に咲く ー鳥籠の姫君と忠義の軍師ー

やまだ

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一章幕間 風船戦記

其の五

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「蓮臣さまぁぁぁ……!もうだめです!蒼煌辰を囲む兵たちもほぼ全滅しましたし、敵の伏兵にまで取り囲まれています……!」

「そんなこと……言われなくとも、わかる!!」

怒鳴り返す蓮臣の肩が、かすかに震えていた。
もはや残されていたのは、蓮臣と子安、数名の兵のみ。

蓮臣は奥歯をぎり、と噛みしめる。

(このままでは……)

見上げた高台には、父、試験官、姫たち。
その誰の顔にも、自分への落胆の色が見えた気がした。

その時。

すぐ傍の兵の風船が、ぱん、と割れた。

「矢が……!」

「いつの間に……!」

蓮臣たちは咄嗟に林の影へと身を隠す。

「くそっ……お前たちは敵を殲滅しろ!!」

怒声とともに、蓮臣は後方へ駆け出した。






どれほど走ったか。
蓮臣は木にもたれ、荒い息を吐いた。

ぽた、ぽたと、汗が地面を濡らす。

(こんなはずでは……あいつのせいだ……!)

木の幹を拳で叩く。
怒りとも、悔しさともつかぬ感情が、喉奥で渦を巻いた。

(くそっ……今日の試験、負けるわけにはいかなかったのに……!)

父の顔が浮かぶ。
その隣に、朝初めて出会った、あの美しい姫の面影がちらついた。

(そうだ……陸誠。あいつだけでも……!)

顔を上げた、まさにその瞬間。

「ようやく見つけたぜぇ、蓮臣ちゃんよぉ」

ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。

「自分だけ逃走とは、見下げた根性だな?」

振り向いたその先に立っていたのは、煌辰。そして、誠。

「あなた以外は全滅しました。
大将だけが残ったとて――その先に、道はありませんよ」

誠の瞳は、驚くほど冷たかった。

「うるさいっ……!」

蓮臣は叫び、木剣を強く握りしめる。

「お前だけでも……っ!」

気迫を込め、大きく踏み込んだ、その瞬間、

すう、と風が切れた。

誠の姿が、するりと蓮臣の間合いの奥へ滑り込む。
まるで、そこが最初から彼の場所だったかのように。

「……遅い」

低く呟いた刹那、誠の木剣が一閃。

蓮臣の紙風船が、哀れな音を立てて弾けた。

舞い上がる破片だけが、誠の足元で、風に揺れていた。










「いやぁ~快勝、快勝!見たか?あのクズの顔!気持ちよかったな~!」

高台を離れ、軍部への帰り道。

昼の日差しがまだ眩しい中、煌辰の声がやけに元気に響いていた。
木剣を肩に乗せ、誠の肩へも遠慮なく腕を回している。

「敵は全滅!こっちは被害ゼロ!これ、文句なしの昇進だろ!」

誠は抗議するでもなく、ただ黙って歩を進めていた。
口では何も言わずとも、その背に、どこか柔らかいものが漂っている。

「にしてもあのオヤジ……息子の部が悪いからって姫様方連れてさっさと帰りやがってよ。
俺の見せ場、どこいったんだよ……」

試験終了後、戻った高台にはすでに姫たちも、蓮臣の父も、見守っていた臣たちの姿もなかった。

それがよほど悔しかったのか、煌辰はぶつぶつ文句を言い続けていたが、誠はそれを、珍しく咎めなかった。

むしろ、いつもよりずっと静かに、穏やかに、言葉を紡いだ。

「今回はあなたのおかげで、無駄な犠牲なく終えることができました。……さすがの剣技でした」

煌辰はぴたりと足を止め、目を丸くした。

「……褒めた?いま、お前、俺を?」

数歩後ずさり、じりじりと間合いを取るその姿に、誠は眉をひそめる。

「うわあ~明日は雪か、いや、矢でも降るかもしれねぇな……!」

大げさに騒ぎ立てる煌辰に、誠は深くため息をつく。

「これだから嫌なんです。……早く歩きなさい、蒼煌辰」

くるりと背を向けて歩き出す誠の背に、煌辰は少しだけ遅れてついていく。

「待てって!そう怒るなよ、誠!」

どこか名残惜しそうに笑いながら、彼はその背を追いかけた。

その背は、もう振り返らなかった。
けれど、その歩幅は、さっきよりほんの少しだけ、緩やかだった。
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