紅に咲く ー鳥籠の姫君と忠義の軍師ー

やまだ

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一章幕間 風船戦記

其の四

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各軍は、静かに、しかし確かに、持ち場へと配置についた。
息をのむような沈黙の中、空気がぴんと張りつめる。

その時、鋭く空を裂く角笛の音が、戦の始まりを告げた。

「では、弓兵はわたしと共に林へ。蒼煌辰、剣兵たちは決められた配置へ。合図を待ってください」

煌辰と並び、紅軍の前に立った誠が静かに告げると、少年兵たちはきりりと頷いた。

その顔には、不安も迷いもなかった。ただ、まっすぐな「勝ちたい」の光だけが宿っていた。

「勝つぞ!」

煌辰が低く、それでも確かに力を込めて声をあげる。
それに応えるように、少年たちも片手を掲げた。

風が、静かに林を揺らす。

誠は少数の弓兵を従えると、林の中へと姿を消した。


一方、白軍。

広がりゆく鶴翼の陣。
その中心に仁王立ちし、鋭く前方を睨みつける少年、梁 蓮臣。

「陸誠が動き出す頃合いです。……囮にご注意を」

控える子安が、小さく囁いた。
だが、蓮臣はぴくりとも反応を示さず、ただ平原の奥、まだ姿を見せぬ敵軍を睨み据える。

「囮だろうがなんだろうが、出てきたやつを叩けば同じだ。臆するな」

力強く言い放ち、構えを正す蓮臣。
だが、その背後で広がる陣は、まだ完全ではなかった。

紅軍、白軍ともに林に潜み、睨み合う状態が続く。
戦場は、ひとときの静寂に包まれていた。

その時だった。

――ピーッ!!

突如、鋭い笛の音が響きわたり、次の瞬間、空に向かってひとすじの矢が放たれた。

「……なんだあれ。赤い布がついてるぞ……?」

「陸誠です。なにか、くるかもしれません……」

子安が目を細め、不安げに呟く。
そして次の瞬間。

「おいおいおい、随分静かでつまらねー戦場だな?」

林と林の間にぽっかり開けた平原へ、木剣を肩にかつぎ、にやりと笑いながら歩み出たのは、蒼煌辰だった。

「この俺が、相手になってやるよ」

まるで舞台に上がる役者のように、誇らしげに胸を張るその姿に、白軍の陣がざわつく。

「あいつ、大将だぞ……!?」
「ってことは、倒せば俺たちの勝ちじゃ……?」

兵たちのどよめきの中、蓮臣は小さく鼻を鳴らす。

「派手好きなあいつのことだ。昇進を賭けて、目立ちにきたんだろう。愚か者め」

そう吐き捨てたその背後で、子安が目を細め、地図を指さす。

「お待ちください。伏兵の可能性が高いです。
蒼煌辰ひとりで出てくるなんて、どう考えてもおかしい」

「だが、あいつを仕留めてしまえば終わりだろう。伏兵がいようと、大将さえ落とせば……!」

「いいえ。敵が伏兵を張っているなら、より確実な手で攻めるべきです」

子安の声は、静かだった。だが、その目は揺らいでいなかった。

「軍を二つに分けましょう。一方は蒼煌辰を囲み、もう一方は後方から林を回り、潜む伏兵を叩きます」

地図をなぞる指が、作戦の道を描く。

蓮臣は一拍ののち、満足げに頷いた。

「その作戦でいくぞ! 伝達しろ!」

命令を飛ばすその声は、確かに響いた。







その頃、林の中。

「ふむ。やはり子安。堅実ですね。……鶴翼の陣、ですか」

木の上に腰を下ろし、白軍の布陣を見下ろしていた誠は、目を細めた。

「……やはり、軍を分けましたか」

誠は小さく息を吐き、林の奥へ視線を走らせる。

「数は……多くて二十前後。想定の範囲ですね」

小さく呟き、誠は軽やかに枝を蹴って地上へと降りる。

目の前には、背の高い茂みに紛れて吊るされた“偽の紙風船”。

あたかも兵が隠れているように見える、紅軍の策の要だ。

その少し奥、別の茂みには、弓を構えた紅軍の少年兵たちが、気配を殺して伏せている。

「さあ、もうじき来ます。各自、急襲の準備を」

誠は静かに声を落とし、手短に指示を飛ばした。

その瞳は、まるで“勝ち”をすでに確信しているように、揺るぎなく澄んでいた。







一方、平原では、煌辰が木剣を手に、鼻歌まじりに歩いていた。

その表情に、緊張の色はない。

「いいねぇいいねぇ。これくらいじゃねぇと、姫様方にいいとこ見せらんねぇからな?」

ご機嫌に木剣をくるくると回す。

対する白軍の少年兵たちは、彼を囲もうと左右へ展開を始めていた。

数にしておよそ二十。

だが、煌辰はまるで気にした様子もない。

「さぁ、そろそろ、いかせてもらうか」

手遊びしていた木剣をぐっと握り直し、構えた瞬間。
彼と目が合った白軍の少年が、びくりと肩を揺らし、一歩、後ろへ退いた。

煌辰の身体がわずかに沈む。
次の瞬間、音もなく彼の木剣が、相手の風船を一閃した。





「れ、蓮臣様っ!! あいつ、蒼煌辰、強すぎます……!」

子安の声が震える。
平原の先、煌辰を囲むはずだった二十の兵は、気づけばその半数以上が風船を割られ、地に伏していた。

「囲めないんです……近づくたびに、落とされていく……!」

「くそっ……伏兵とやらもいないではないか! 分けたやつらを呼び戻せ!」

蓮臣の焦りがにじむ。
だが子安は、ふと目を細めた。

「あまりにも遅い……これは、まさか……読まれていた?」

その言葉は、もはや誰の耳にも届いていなかった。





紅軍側の林の中。

「予想通り、でしたね。いい混乱具合でした」

誠が木剣を振り抜く。
最後まで逃げていた一人の白軍兵、その紙風船が、ぱん、と情けない音を立てて割れた。

「敵兵は二十。……想定どおり、ですね」

誠は周囲を一度見渡し、誰一人欠けていないことを確かめた。

誠は木剣を握り直し、背を伸ばす。

「合図を。全軍をもって、残党を制圧しましょう」

指示を受けた弓兵が、布付きの矢を放つ。

その矢が弧を描き、空に吸い込まれていくのを見送りながら、誠はぽつりと呟いた。

誠は平原の方角を一度だけ見やり、ほんのわずか、口元を緩めた。

「……彼のことですから、もう……」

それだけ言って、歩き出した。


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