紅に咲く ー鳥籠の姫君と忠義の軍師ー

やまだ

文字の大きさ
21 / 110
二章 春に咲く舞

第四話 若き軍師、立つ

しおりを挟む
それからの誠は、まさに取り憑かれたようだった。

賊に襲われた村からの報告書、周辺の地形図、実際に戦った兵士の証言。

目を通しては、書き留め、また次の資料を広げる。
食事も睡眠も、誰かの声すらも耳に入らなかった。

ただ、蝋燭の火だけが、夜の帳の中で静かに揺れていた。

(なにかが、あるはずだ……)

眉を寄せ、幾度も紙に線を引き、手で覆い、頭を抱える。
それでも、視線だけは決して資料から離れなかった。


そして、それは、ふとした瞬間だった。

ある報告書の一節に、誠の手が止まる。

その文字を目で追ううちに、何かが、繋がった。

「…………やはり、これしかない……!」

ぽつりと、誠が呟く。

次の瞬間、彼の目には、迷いも疲れもなかった。
そこにあるのは、確かな決意の光。

蝋燭の炎が、彼の瞳にゆらりと映り込んでいた。




ざわ……ざわ……

騒然とした空気のなか、軍部の大会議室には景仁、烈翔、総雅、華蘭をはじめとする名だたる面々が顔を揃えていた。

それもそのはず。
国境沿いに砦を築いた賊による被害が甚大となり、もはや看過できない状況に陥っていたのだ。

本日は、その対策を巡る緊急会議であった。末席には、焉明と誠の姿もある。

「だから言ったであろう、その策は前回も検討したはずだ!だが、あの賊どもの矢に手も足も出んかったのだ!」
「ありゃ、周辺国が裏から支援してるに違いない…」
「そんな証拠のない話をしてどうする!いま必要なのは対策だ!」

重臣たちの声が飛び交い、会議は異例の熱を帯びていた。

「……落ち着け」

景仁が低く声をかける。

「賊が暴れ出してから、もう随分経つ。だが……ここまで手を打てぬとは、な」

景仁は重く息を吐き、眉間に皺を寄せた。

問題の賊は、山間の川沿いにある見晴らしのよい原に建つ、かつての廃城を根城としていた。
見通しが良く、地の利もあるその場所に陣を敷かれてしまった今、下手に攻め入れば味方の損害は避けられない。

「お手上げってやつだな……」

烈翔が肩をすくめて苦笑すると、途端に会議の空気が静まり返った。

そのとき。

「――お許しいただけるなら、僭越ながら進言いたします」

凛とした、澄んだ声が広間に響いた。

突然立ち上がった若き軍師の姿に、その場がぴりつく。

「……誰だ、あれは」
「随分と若いな……」
「名簿に、名はあったか?」

ざわつく中でも、誠は少しもひるまず、まっすぐ景仁を見据えて口を開いた。

「賊が拠点としたあの城は、一見守りが堅牢なように見えて、“水”に対しては無防備です」

部屋の視線が、一斉に彼に集まる。

「上流に仮堰を築き、水を溜める。時を見計らって一気に放てば、奴らの退路は断たれ、内部は混乱に陥るはず。
その隙を突いて、我が軍が三方から攻め込めば……犠牲を最小限に抑え、制圧は可能かと存じます」

景仁は「ふむ」と顎に手をあて、しばし思案する。

「……だが、そんなことをすれば、周辺の村への被害は免れまい」

「日が落ち、賊どもが廃城へ帰ったのを見計らい、軍を出して村人を避難させます。
被害が想定される村は二つ、住民はおよそ七十名。
我が軍の馬車と荷車を用いれば、避難は不可能ではありません」

誠は迷いなく答える。まるで、すでにその問いが来ると知っていたかのように。

「では、水は?川を堰き止めたとしても、廃城を潰せるほどの水量が溜まるとは限らん」

「彼の地は南方にあり、もともと雨量の多い地域です。現在は雨季。三、四日はかかるでしょうが、十分な水量は得られるはずです」

誠は手元の地図を示し、指を滑らせながら続ける。

「加えて、堰き止めた水に廃材や資材を混ぜ込めば、水勢とともに建物の基礎を破壊する効果も見込めます。
搬入には遠回りの経路を取りますが、こちらの経路ならば物資の確保は可能です」

そこまで聞き、もはや誰ひとりとして反論できる者はいなかった。

しばしの沈黙ののち……

「……決まりだな」

景仁の低く響く声が広間に落ちる。

「軍は烈翔、お前が率いよ。
陸誠。お前は策を指揮せよ。よいな?」

「――はっ!」

誠は姿勢を正し、力強く頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

置き去りにされた聖女様

青の雀
恋愛
置き去り作品第5弾 孤児のミカエルは、教会に下男として雇われているうちに、子供のいない公爵夫妻に引き取られてしまう 公爵がミカエルの美しい姿に心を奪われ、ミカエルなら良き婿殿を迎えることができるかもしれないという一縷の望みを託したからだ ある日、お屋敷見物をしているとき、公爵夫人と庭師が乳くりあっているところに偶然、通りがかってしまう ミカエルは、二人に気づかなかったが、二人は違う!見られたと勘違いしてしまい、ミカエルを連れ去り、どこかの廃屋に置き去りにする 最近、体調が悪くて、インフルの予防注射もまだ予約だけで…… それで昔、書いた作品を手直しして、短編を書いています。

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~

はぎわら歓
恋愛
 国家占い師である胡晶鈴は、この中華・曹王朝の王となる曹隆明と結ばれる。子を宿した晶鈴は占術の能力を失い都を去ることになった。  国境付近の町で異民族の若い陶工夫婦と知り合う。同じく母になる朱京湖とは、気が合い親友となった。  友人になった夫婦と穏やかな生活を送るはずだったが、事情のある朱京湖と間違えられ、晶鈴は異国へと連れ去られてしまった。京湖と家族の身を案じ、晶鈴はそのまま身代わりとなる。  朱彰浩と京湖は、晶鈴の友人である、陸慶明に助けを求めるべく都へ行く。晶鈴の行方はずっと掴めないままではあるが、朱家は穏やかな生活を営むことができた。  12年たち、晶鈴の娘、星羅は才覚を現し始める。それと同時に、双子のように育った兄・朱京樹、胡晶鈴との恋に破れた医局長・陸慶明とその息子・陸明樹、そして実の娘と知らない王・曹隆明が星羅に魅了されていく。

【完結】どくはく

春風由実
恋愛
捨てたつもりが捨てられてしまった家族たちは語る。 あなたのためだったの。 そんなつもりはなかった。 だってみんながそう言うから。 言ってくれたら良かったのに。 話せば分かる。 あなたも覚えているでしょう? 好き勝手なことを言うのね。 それなら私も語るわ。 私も語っていいだろうか? 君が大好きだ。 ※2025.09.22完結 ※小説家になろうにも掲載中です。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...