紅に咲く ー鳥籠の姫君と忠義の軍師ー

やまだ

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四章 初恋の花束

第四話 姫様の煩悶

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その後宴は穏やかに終わり、挨拶周りも終えた誠が会場を後にしようとした時だった。

一人の女官が、そっと彼に歩み寄る。

「陸誠様、姫様がお呼びでございます」

誠は短く返事をし、どこか気まずそうな顔をした女官の後に続いた。

歩きながら、女官が小さく息を吸い、意を決したように口を開く。

「……陸誠様。申し訳ありません……わたくしどもには、あまりにも荷が重く……」

口ごもるようなその言葉に、誠は一瞬、胸の奥に不安を覚えた。

だが、立ち止まるわけにもいかず、ただ静かにその後を歩み続けた。








「姫様、陸誠、参りました」

誠が幕屋の外から声をかけると、中から小さな沈んだ声が返ってきた。
促されるまま、誠は幕屋の布をそっと引き上げ、中へと足を踏み入れる。

「待ってたわ」

舞の衣装を脱ぎ、いつもの姿に戻った伽耶が、幕屋の真ん中の椅子に腰掛けていた。
その顔には、不安げな影が滲んでいる。

「あなたに聞きたいことがあるの。女官のみんなにも聞いたのに、誰も教えてくれないの」

伽耶は周囲をちらりと見渡し、女官たちは一様に気まずそうに目を伏せた。

伽耶は誠を真っすぐに見上げる。

「……一目惚れって、なにかしら?」

(それを、わたしに聞かれるのか……!)

誠はがくりと肩を落とした。
ちらりと背後の女官たちを見れば、何度も小さく頭を下げている。

(……なんとお答えすれば……)

これまで軍議でも難題にあたったことはあった。
だが、これほど答えに窮したことは、記憶になかった。

「あ、あなたまでそんな顔するなんて……どうしましょう、わたし、とても無礼なことをしてしまったかしら」

伽耶は心配そうに、誠にそっと近寄ってくる。
おろおろと誠の顔を覗き込む伽耶に、誠はかすかに笑った。

「いえ……違います、姫様」

誠は小さく息を吸い、そして意を決する。

「一目惚れとは……お姿を一目見て、恋に落ちられた、ということです」

「恋に……落ちる?」

伽耶は首を傾げ、何度も瞬きを繰り返した。

その顔には冗談を言うような素振りはなく、真剣そのものだ。
その様子に、女官たちは息を呑み、誠自身も胸を締めつけられる思いだった。

(……ならば、はっきりと伝えなければ)

誠は静かに続けた。

「つまり――翡殿下は、姫様を、お慕いされている、ということです」

その瞬間、胸の奥に、ずしりと痛みが走った。

伽耶はぽかんと目も口も見開いた後、首を左右にぶんぶんと振る。

「まさか……そんな、見ただけでお慕いされるような顔、してないもの。言われたこと、ないわ。そうでしょう?誠」

その顔は、真剣そのものだった。

「ひ、姫様……!」

女官たちの小さな悲鳴が部屋に響く。

誠は生まれて初めて蒼煌辰を心から欲していた。
しかし、肝心な時には蒼煌辰はいつもいない。

誠は意を決し、静かに膝をつくと、まっすぐ伽耶を見上げた。

「いえ……姫様は、大変に麗しくございます。
誰よりも――誰よりも、お美しいです」

女官たちがきゃーっと高い歓声をあげた。

誠はあまりの恥ずかしさに、もうこの場から消えてしまいたかった。

伽耶は誠の顔をじっと見つめていたが、
ふいに――ぼんっと顔を赤らめ、両手で頬を押さえた。

「え、そ、そう、かしら…」

消え入りそうな声。

耳まで真っ赤になりながら、伽耶は恥ずかしそうに、そっと目をそらした。

数秒の沈黙。
誠はこほんと小さく咳払いをすると、立ち上がった。

「…翡陽珀殿下の対応ですが、今日あれだけこてんぱんに言われれば、おそらくそう絡んではこられないでしょう。訓練は明日から三日間ですのでーーー」

「待って誠、こてんぱんってなに!?」

伽耶の真っ赤だった顔が一瞬で真っ青になった。

『それは、どういう意味ですか?』

伽耶の境遇を知らなければ、振られたと思うのが普通だろう。
だが、いまの伽耶にそれを説明するのは酷におもえた。

「その…完璧に対応されたという意味です。大丈夫です、通常であれば明日以降少し距離は置かれるかもしれませんが、大丈夫です」

誠は言いながら、こんなにも根拠のない大丈夫は初めてだと痛感した。

「ねえ誠…わたしなにかまずいことを言ってしまったのね…これを機にきちんと勉強しなくては…」

伽耶はぶつぶつと独り言を言っていたが、勢いよく誠のほうをむいた。

「誠、わたし恋とかそういう人の機微を勉強した方がいいと思うわ!恋愛について、帰ったら教えてくれる?」

伽耶の顔は真剣そのものだ。
またも女官たちがうしろでごくりと息を呑む。
誠はいまにも意識を飛ばしてしまいたかった。

「…えぇ、芳蘭殿にもご相談のうえ…」

誠の絞り出したような声に、伽耶はぱぁっと顔が明るくなった。

「ありがとう誠!やっぱりあなたは頼りになるわね」

伽耶はにっこり微笑んだ。

「…では姫様、問題も解決しましたし、今夜はお疲れのことと思いますので、そろそろお休みになられてはいかがでしょうか…」

誠は搾り出すようにそう話した。
こんなにも疲労感を感じたのは生まれて初めてのことだった。
伽耶ははっと我に帰り誠の顔を覗き込んだ。

「そうね、あなたも疲れているわよね、ごめんなさい。でも本当に助かったわ、ありがとう」

「いえ…また何かありましたら、いつでもお声がけください…」

誠はそっと呟き伽耶に一礼すると、幕屋を後にした。





幕屋を出た瞬間、夜の冷えた空気が頬を撫でた。
それが、火照った頭と心に、ほんの少しだけ沁みた。

(……生きた心地がしなかった……)

誠は、誰にも見られないところで、そっと額に手を当てた。
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