紅に咲く ー鳥籠の姫君と忠義の軍師ー

やまだ

文字の大きさ
46 / 110
四章 初恋の花束

第三話 その瞳の先は

しおりを挟む
和やかにすすんだ宴も中盤にさしかかり、お酒が入った場は程よくあたたまっていた。

中央には、両国親睦を象徴するかのような小さな舞台が設けられ、左右には両国の武将たちが並んでいる。

舞台正面には、季国の華蘭、翡国の陽珀。
それぞれの主だった者たちが肩を並べて座っていた。

「おい、聞いたぞ誠坊、伽耶姫ちゃん、大変だったらしいな?」

誠の隣に座っている煌辰は実に楽しそうにそう尋ねた。
一体どこから情報を得ているのか、誠は煌辰の耳の速さに感心するしかなかった。

「……大変というほどのことではありません。それに、翡陽珀殿下のお考えも分かりかねます。
ーーそれより、あまり他言はなさらぬように、蒼煌辰」

誠はそう言って、杯を握りしめた。
静かな水面が、わずかに揺れる。

「こわいこわい。このあと伽耶姫ちゃん舞するんだろ?やばいんじゃないの?惚れられちゃったりして?」

煌辰がにやりと笑い、肘で誠の腕を軽く小突く。
誠は無言でその腕を、そっと払いのけた。

「惚れるなど…それに、惚れられたとて…」

その先を、誠は言葉にできなかった。

伽耶は季国の姫。
いずれは政略結婚が待つ身。
そして陽珀は、同盟国翡国の第一王子――申し分ない相手だ。

それに、そこにもし本物の感情があるのなら、なおさら……

だが、それを認める言葉を、誠はどうしても口にすることができなかった。

ドン、ドン――

宴の熱を割くように、舞の始まりを告げる鼓の音が響いた。






伽耶の名はすでに大陸中に轟いており、こうした親睦の場で舞を披露する機会も、もはや数えきれないほどだ。

だが、そのたびに表現が、表情が、彼女の舞は少しずつ変わっていく。

毎日そばにいる誠でさえ、舞の間は、伽耶を伽耶として認識するのに一瞬迷うほどだった。

今日の伽耶は、季国と翡国の親睦を意識して、両国の色を織り交ぜた衣を身に纏っている。

しなやかに動くたび、衣の色がまじりあい、まるで両国の未来を象徴するようだった。

(今日も……姫様は、美しい)

誠はふと、口元に微笑を浮かべた。

やがて音楽が止み、伽耶も動きをぴたりと止める。
間を置かず、割れんばかりの拍手が広がった。
あちこちで感嘆の声が漏れ、空気の熱が、一気に高まる。

伽耶は舞台正面に座る華蘭に向かって、にっこりと微笑みかけた。

そのときだった。

華蘭の隣に座っていた陽珀が、静かに立ち上がった。

そして、場の空気を裂くように、まっすぐ伽耶に向かって歩き出した。

ざわり、と静かなざわめきが広がる。

「お、おい、まずいぞ!」

誠と煌辰は同時に立ち上がり、急いで舞台へと駆け寄った。

しかし、さすがは剣の達人と名高い翡陽珀。
その歩みは早い。
すでに、伽耶のすぐ目の前に達していた。

陽珀は、ぽかんと立ち尽くす伽耶の手をとる。

熱のこもった瞳で、伽耶をまっすぐに見つめ、

「一目惚れしました」

その瞬間だった。

翡国側の武将たちが、うおおお!と歓声を上げる。
対照的に、季国側の席は、凍りついたように静まり返った。

誠と煌辰は、互いに顔を見合わせた。

ぽかん、としていた伽耶も、ようやく周囲の異様な熱気に気づき、戸惑いの色を浮かべた。


「あ、あの……」

伽耶はわずかに後ずさりしながら、陽珀の顔を見つめ、それから助けを求めるように、ちらりと誠の方を見た。
そして、意を決したように陽珀へ向き直り、口を開いた。

「それは、どういう意味ですか?」

伽耶の問いに、翡国の武将たちがどっとざわめき、陽珀は、まるではっと我に返ったかのようにその手を離した。

伽耶は、その様子にまたも戸惑いの色を浮かべる。

「伽耶姫ちゃん、それはあまりにも残酷なのでは……」

煌辰が、小声で誠にささやいた。
だが、誠は小さく首を振る。

「……おそらく、本当に、言葉の意味がお分かりではないのです。姫様の境遇を考えれば、貴方にも分かるでしょう」

誠の低く抑えた声に、煌辰は短く唸り、それ以上言葉を継がなかった。

二人は伽耶の両脇に立ち、静かに剣に手をかけ身構える。

陽珀の隣にも、晶真が静かに歩み寄り、並び立った。

宴の空気は、なおも重い沈黙に包まれていた。




「あまりに美しい舞でしたので、殿下も、ついご感想を述べられてしまったのでしょう。
――いやはや、実に素晴らしい舞でした」

晶真は、手にした扇で口元をそっと隠す。
その表情には笑みが浮かんでいたが、目の奥は、氷のように冷たかった。

「お二方とも、そのような事情でございます。……どうか、お手をお引きいただけませんか」

晶真の穏やかな、しかし一分の隙もない声に促され、誠と煌辰は静かに剣から手を離した。

「さあ、宴はまだこれからです。今宵は舞にも負けぬ、翡国が誇る美酒を取り揃えております。どうぞ、皆様、存分にお楽しみくださいませ」

晶真が舞台上から柔らかく呼びかけると、女官たちが次々と酒を運び始め、止まっていた場が再び動き出し場に喧騒が戻った。

「姫様。一旦、お下がりくださいませ」

誠は、戸惑う伽耶に小さく声をかけた。

はっと我に返った伽耶は、笑みを浮かべながら一礼し、そっと舞台を後にした。

ざわめく会場の中、誠がそっと陽珀へと向き直った瞬間。
低い声が彼を呼び止めた。

「……季国の軍師、陸誠と言ったな」

誠は短く返事を返す。
そのまっすぐな視線を、陽珀は真剣な眼差しで受け止めた。

「君は……随分と、姫君に信頼されているようだな」

陽珀の言葉は、穏やかなようでいて、凄まじい威圧感を孕んでいた。
普段、軍部で鍛えられているはずの誠でさえ、一瞬だけ戸惑いを覚えるほどに。

「いえ……滅相もございません」

誠は目を逸らすことなく、静かにそう答えた。

いつもの自分なら、頭を下げる場面だ。
けれど、このときばかりは、目をそらしてはいけないと、本能が告げていた。

ふっと、陽珀が口元に微笑を浮かべる。

そして何も言わず、くるりと踵を返し、静かにその場を去っていった。

残された誠の胸に、妙なざわめきだけが残っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

置き去りにされた聖女様

青の雀
恋愛
置き去り作品第5弾 孤児のミカエルは、教会に下男として雇われているうちに、子供のいない公爵夫妻に引き取られてしまう 公爵がミカエルの美しい姿に心を奪われ、ミカエルなら良き婿殿を迎えることができるかもしれないという一縷の望みを託したからだ ある日、お屋敷見物をしているとき、公爵夫人と庭師が乳くりあっているところに偶然、通りがかってしまう ミカエルは、二人に気づかなかったが、二人は違う!見られたと勘違いしてしまい、ミカエルを連れ去り、どこかの廃屋に置き去りにする 最近、体調が悪くて、インフルの予防注射もまだ予約だけで…… それで昔、書いた作品を手直しして、短編を書いています。

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~

はぎわら歓
恋愛
 国家占い師である胡晶鈴は、この中華・曹王朝の王となる曹隆明と結ばれる。子を宿した晶鈴は占術の能力を失い都を去ることになった。  国境付近の町で異民族の若い陶工夫婦と知り合う。同じく母になる朱京湖とは、気が合い親友となった。  友人になった夫婦と穏やかな生活を送るはずだったが、事情のある朱京湖と間違えられ、晶鈴は異国へと連れ去られてしまった。京湖と家族の身を案じ、晶鈴はそのまま身代わりとなる。  朱彰浩と京湖は、晶鈴の友人である、陸慶明に助けを求めるべく都へ行く。晶鈴の行方はずっと掴めないままではあるが、朱家は穏やかな生活を営むことができた。  12年たち、晶鈴の娘、星羅は才覚を現し始める。それと同時に、双子のように育った兄・朱京樹、胡晶鈴との恋に破れた医局長・陸慶明とその息子・陸明樹、そして実の娘と知らない王・曹隆明が星羅に魅了されていく。

【完結】どくはく

春風由実
恋愛
捨てたつもりが捨てられてしまった家族たちは語る。 あなたのためだったの。 そんなつもりはなかった。 だってみんながそう言うから。 言ってくれたら良かったのに。 話せば分かる。 あなたも覚えているでしょう? 好き勝手なことを言うのね。 それなら私も語るわ。 私も語っていいだろうか? 君が大好きだ。 ※2025.09.22完結 ※小説家になろうにも掲載中です。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...