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四章 初恋の花束
第八話 その手に、賭ける
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翌朝、まだ光すら幕屋に届かない薄闇の中。
誠の足は、翡国総本部へとまっすぐ向かっていた。
『ふぅん、面白いことになってるのね』
朝訓練の前に、華蘭にことの仔細を報告した。
しかし華蘭は、楽しげに肩をすくめて笑っただけだった。
(面白いことなど……)
いつもなら静かな誠の歩みは、今日は怒りを滲ませ、地を打つように響いていた。
『いいわ。行ってらっしゃい。お行儀よく、ね』
すべてを見透かすような華蘭の目が、背中に突き刺さっていた。
「失礼します。季国軍師、陸誠。軍師、岑晶真殿に、御目通りを願います」
幕屋の入り口で告げると、兵は少し慌てた様子で中へ駆け込んでいった。
ほどなくして、入るよう促しがあり、誠は重い幕を押し上げ、中へと踏み込んだ。
「早朝から失礼致します。貴国の――」
誠が口を開きかけた、その瞬間だった。
「……そういえば」
晶真が、にこりと笑みを深めながら、パチンと鋭く扇を閉じた。
その音が、妙に耳に残る。
「例の姫様はなぜだか、連日護衛兵が増えておられるとか」
扇を軽く握りながら、晶真は涼しい顔で続ける。
「一体、何をそれほど警戒されているのでしょうな?」
その言葉に、誠はわずかに眉を動かした。
静かに息を吸い込むと、ぴたりと正面から晶真を見据える。
「……警戒に過ぎるということはございません。
万が一にも、姫様に危害が及んではなりませんので」
誠の声は低く、穏やかだが、微かに熱を帯びていた。
晶真は目を細め、扇をゆっくり撫でながら言葉を紡ぐ。
「……我が殿下は、翡国では『なびかぬ女性はおらぬ』とまで謳われるお方。
剣は無敗、政にも明るく、国民の信頼も篤い」
一拍、間を置いて、誠を真っ直ぐに射抜く。
「一体、何がご不満なのですか?」
柔らかな声音とは裏腹に、その問いは剣より鋭く、誠の胸をえぐった。
だが。
誠は一歩も引かなかった。
静かに、しかし確かに、晶真を見据え、言葉を返す。
「ええ――」
誠の声は低く、張り詰めていた。
「すべてが、姫様のご意志に沿っていれば。
不満など、ひとつもございません」
淡々と、けれど胸の奥に刺さるほどの熱をこめて。
2人の間には重い沈黙が続いた。
「陸軍師。ひとつ、御提案を」
晶真の言に誠は警戒をにじませ、わずかに眉を寄せる。
「明日の訓練、少し趣向を変えてみませんか。
そう、名付けて……“囚われの姫作戦”」
「なっ……!!」
思わず抗議の声を上げかけた誠を、晶真は目線ひとつで制した。
「訓練所一帯を使って、伽耶姫様に身を隠していただく。そして、どちらの国の軍がより速く、より正確に姫様を救出できるかを競うのです。
索敵、伝令、兵の統率……あらゆる能力が試されます。
――季国の誇る陸軍師殿なら、腕が鳴るでしょう?」
軽やかに告げられるその言葉には、逃げ場のない挑発がにじんでいた。
「我が軍が勝った暁には、我が殿下に姫君からの返事をいただく時間を与えていただきたい。
…そちらが勝った場合は、そちらの条件、"我が殿下が姫君のご意向に沿わない接触は行わないこと"、を飲みましょう。いかがですか?」
(この男、昨晩の出来事を全て知っていて…)
誠は、ぎり、と奥歯を噛み締めた。
一瞬だけ目を伏せ、それから、静かに顔を上げる。
「……いいでしょう」
静かな声だった。
だが、その奥には、たしかな決意の炎が宿っていた。
誠の足は、翡国総本部へとまっすぐ向かっていた。
『ふぅん、面白いことになってるのね』
朝訓練の前に、華蘭にことの仔細を報告した。
しかし華蘭は、楽しげに肩をすくめて笑っただけだった。
(面白いことなど……)
いつもなら静かな誠の歩みは、今日は怒りを滲ませ、地を打つように響いていた。
『いいわ。行ってらっしゃい。お行儀よく、ね』
すべてを見透かすような華蘭の目が、背中に突き刺さっていた。
「失礼します。季国軍師、陸誠。軍師、岑晶真殿に、御目通りを願います」
幕屋の入り口で告げると、兵は少し慌てた様子で中へ駆け込んでいった。
ほどなくして、入るよう促しがあり、誠は重い幕を押し上げ、中へと踏み込んだ。
「早朝から失礼致します。貴国の――」
誠が口を開きかけた、その瞬間だった。
「……そういえば」
晶真が、にこりと笑みを深めながら、パチンと鋭く扇を閉じた。
その音が、妙に耳に残る。
「例の姫様はなぜだか、連日護衛兵が増えておられるとか」
扇を軽く握りながら、晶真は涼しい顔で続ける。
「一体、何をそれほど警戒されているのでしょうな?」
その言葉に、誠はわずかに眉を動かした。
静かに息を吸い込むと、ぴたりと正面から晶真を見据える。
「……警戒に過ぎるということはございません。
万が一にも、姫様に危害が及んではなりませんので」
誠の声は低く、穏やかだが、微かに熱を帯びていた。
晶真は目を細め、扇をゆっくり撫でながら言葉を紡ぐ。
「……我が殿下は、翡国では『なびかぬ女性はおらぬ』とまで謳われるお方。
剣は無敗、政にも明るく、国民の信頼も篤い」
一拍、間を置いて、誠を真っ直ぐに射抜く。
「一体、何がご不満なのですか?」
柔らかな声音とは裏腹に、その問いは剣より鋭く、誠の胸をえぐった。
だが。
誠は一歩も引かなかった。
静かに、しかし確かに、晶真を見据え、言葉を返す。
「ええ――」
誠の声は低く、張り詰めていた。
「すべてが、姫様のご意志に沿っていれば。
不満など、ひとつもございません」
淡々と、けれど胸の奥に刺さるほどの熱をこめて。
2人の間には重い沈黙が続いた。
「陸軍師。ひとつ、御提案を」
晶真の言に誠は警戒をにじませ、わずかに眉を寄せる。
「明日の訓練、少し趣向を変えてみませんか。
そう、名付けて……“囚われの姫作戦”」
「なっ……!!」
思わず抗議の声を上げかけた誠を、晶真は目線ひとつで制した。
「訓練所一帯を使って、伽耶姫様に身を隠していただく。そして、どちらの国の軍がより速く、より正確に姫様を救出できるかを競うのです。
索敵、伝令、兵の統率……あらゆる能力が試されます。
――季国の誇る陸軍師殿なら、腕が鳴るでしょう?」
軽やかに告げられるその言葉には、逃げ場のない挑発がにじんでいた。
「我が軍が勝った暁には、我が殿下に姫君からの返事をいただく時間を与えていただきたい。
…そちらが勝った場合は、そちらの条件、"我が殿下が姫君のご意向に沿わない接触は行わないこと"、を飲みましょう。いかがですか?」
(この男、昨晩の出来事を全て知っていて…)
誠は、ぎり、と奥歯を噛み締めた。
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「……いいでしょう」
静かな声だった。
だが、その奥には、たしかな決意の炎が宿っていた。
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