紅に咲く ー鳥籠の姫君と忠義の軍師ー

やまだ

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五章 わたしの目覚め

第六話 雪戦、開幕!

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太陽が真上に昇りかけた頃。
白く光る湖面の上に、澄んだ声が届いた。

「姫様! 昼餉の用意が整いました! そろそろお戻りくださいませ!」

湖には入らず控えていた女官の声に、三人ははっと振り向く。
その頃には、伽耶・誠・煌辰の三人は、釣りをする高齢の男性のそばで、じっとその様子を眺めていた。

「ありがとうございました」

誠が短く頭を下げると、伽耶はそっと一歩を踏み出した。
手を取って歩く練習をしたこともあって、もう氷の上を一人でも歩けるようになっていた。

「さすがは姫様です」

「ふふっ、でしょう?」

まだ少し心配そうに歩調を合わせる誠に、伽耶は誇らしげに笑ってみせる。
その微笑みは、どこかいつもより柔らかく見えた。

誠の唇にも、ごく小さな笑みが浮かぶ。

――その時、ぽそりとした声が割り込んだ。

「あのー、俺もいますからね?」

煌辰が肩を落としながら呟き、氷の上をとぼとぼと戻っていった。


 





 

屋敷での昼餉を終え、火鉢で冷えた指先を温めていた伽耶だったが――
ふいに、ぴくりと肩を揺らし、顔を上げた。

「……あっ、忘れてたわ!」

ばさっと裾を払って立ち上がるその勢いに、周囲が少しざわめく。

(……この予感は、だいたいろくでもない)

警戒心の強い誠は静かに目を細め、手元にあった湯呑をそっと置いた。

「雪遊びしましょう!すっかり忘れてた!」
「いーですね!!俺、それ待ってました!」

ぱあっと笑顔を咲かせた伽耶と、すぐさまノってくる煌辰。
誠のこめかみが、ぴくりと動いた。

「……今からでございますか。姫様、今夜は領主主催の歓迎の宴がございます。それに備えて、お身体を休められた方が――」

「でも、明日の朝には出発なんでしょう?今しかないわ!」

ぴっと指を立てた伽耶が、ぱん、と手を打ち合わせ、誠を見上げる。

「お願いっ!」

そのきらきらした瞳に見つめられ、誠は明らかにたじろいだ。

(……この顔。これをされると、どうしても……)

ふう、と息を吐いて、ほんの小さく頷いた。

「やったぁ!防寒具の用意、お願いできる?」

ぱっと花が咲いたように笑って、女官の方へ駆けていく伽耶。

その場に残された誠の方へ、煌辰がじとーっとした目で近づいてくる。

「お前さあ……毎日楽しいだろ」

「……なんの話です?」

誠はきょとんとした顔で返すが、煌辰は顔をしかめる。

「いつもあんな感じなの?くそっ……俺は今世の徳が詰み足りないのか?」

ぶつぶつと呟きながら、煌辰は玄関へ向かっていった。










「こちらです、姫様」

先に下見を済ませていた誠に案内され、伽耶がたどり着いたのは、離れの屋敷から少し本殿の方に向かって歩いた先にある広場だった。

すでに雪かきがされている中央部分こそ歩きやすくなっていたが、そのまわりには伽耶の背ほどもある雪の壁が立ちはだかるように積もっている。

「……すごい。こんなに高くなるのね」

伽耶はきらきらと目を輝かせながら、雪の壁を見上げた。

足元に目をやると、ところどころに膝ほどの高さに小さな穴が空いている。

「この穴は……?」

「安全確認、だそうですよ。ぜーったい人なんかいないって言っても聞かないの。ほんとに」

奥の方からひょっこり現れた煌辰が、あきれ顔で肩をすくめる。

「広場はすべて確認済み。誰もいない、問題なし」

「ありがとうございます、蒼煌辰」

誠が小さく頭を下げ、伽耶もそれに倣ってぺこりとお辞儀をした。

「お前のためじゃねーからな、誠。」

少しむくれたような声を残しつつも、煌辰はすぐに顔をぱあっと明るくして伽耶に駆け寄りその手を取った。

「じゃ、遊びに行きましょ!伽耶姫ちゃん、今日はなにする?」

「大きな雪だるまを作りたいわ!ずっと夢だったの!」

伽耶は、さっとその手を離すと、雪の広場へと小走りで駆けていった。

「…なんか俺の扱いひどくない?」

「相当では?」

誠の声が静かに響いた。







広場の中央には、胸の高さほどの雪だるまが三体、ずらりと並んでいた。

几帳面に左右対称の葉を並べた端正な顔、目の高さがずれているが満面の笑みを浮かべたような顔、そして、どう見ても“顔の方が体より大きい”という愛嬌たっぷりのものまで、三者三様、個性が光っている。

「なかなかの出来だな!」

胸を張る煌辰の声に、誠が淡々と返す。

「……そうでしょうか。あなたのは、顔が本体の倍以上ありますが」
「うっせぇな!お前のはきっちりしすぎてて、なんか…こえーんだよ!」

言い合いながらも、どこか楽しげな二人を横目に、伽耶は黙々としゃがみこんでいた。
手のひらで雪を丸め、そっと赤い実をのせ、小さな葉を耳に見立てる。

「雪うさぎ、ですか?」

後ろから覗き込んだ誠が、そっと声をかける。

「そうよ。覚えてる?あなたが教えてくれたでしょう、昔――あの、大雪の日」

伽耶は顔を上げる。柔らかく微笑むその瞳に、誠の胸がふと熱くなった。

「……ええ。よく、覚えております」

その一言を聞いた伽耶の顔が、ふわりと綻ぶ。

そこへ、煌辰がひょっこりと顔を出す。

「あれ、それ昨日湯殿にあったやつ?」

「そうよ、気付いてたのね。あれわたしが作ったの。可愛かったでしょ」

伽耶は綻ぶように笑い、そう答えた。

「可愛いかったですよ。…あれは、もしかして裸で作っ」

ドサッ。

次の瞬間、誠が無言で持ち上げた雪だるまの顔が煌辰の上に落ちた。

「――だ、大丈夫……?」

伽耶が心配そうに身を乗り出すが、誠はすっと手を差し出してその行動を制した。

「姫様、こいつはもう駄目です」

「おい!殺すな!」

ガバッと身体をおこした煌辰の顔や身体は雪まみれだ。

「ねえひどくない?!伽耶姫ちゃん、こいつ、いくらなんでもさぁ!」

煌辰は目に涙を浮かべたような表情で伽耶にじりじりと近づこうとするが――

「身に覚えがあるでしょう」

ぴしゃりと遮る誠。その背筋は、まるで氷の壁のように冷ややかだった。

「くっそ~~~!」

反撃とばかりに、煌辰は手近な雪玉を掴み、誠に投げつける。
誠はそれを軽々と避けると、無言で反撃に出た。

「避けんなよ!!」

「わざわざ当たる意味が、ありませんので」

もはや戦闘開始の合図である。
雪玉が宙を飛び、広場に乾いた音が響く。

誠が投げ、煌辰が避ける。
煌辰が投げ、誠が流れるような動きで躱す。

(相変わらず仲良しね)

雪うさぎをそっと抱えた伽耶は、ひとり射程圏外へと避難し、雪合戦に興じる二人の様子を遠巻きに見つめていた。

その時。

「なんだか、楽しそうだな?」

低く、よく通る声が辺りの空気を震わせた。
振り返ったその瞬間、誠と煌辰の動きがぴたりと止まり、音もなく膝をつく。

「お父様!」

伽耶の目がぱっと見開かれた。

雪の道を踏みしめて現れたのは、季の王、景仁その人。

二人の護衛を従え、陽を背に立つその姿には、誰もが自然と頭を垂れるだけの威厳があった。

慌てて駆け寄った伽耶も、姫としての礼を取ろうとする。
だが、景仁はそれを軽く手で制した。

「そのようにかしこまることはない。……散歩の途中、お前たちの姿が見えてな。何をしていた?」

辺りをゆっくりと見渡した景仁の目が、雪だらけの煌辰に留まる。

「ふむ、存分に――遊んでいたようだな?」

静かに笑うその横顔は、どこか少年のようにさえ見えた。
まさかの一言に、伽耶も誠も、煌辰さえも呆気に取られて言葉を失う。

「遊んでいたというか…まあ、その、少し、一方的に……」

煌辰がぼそりと呟くと、誠が無言で肘を押し当てた。

そして――

「では、わしも混ぜてもらおう!」

高らかに告げた景仁の声が雪原に響きわたる。

「えっ……?」

伽耶の一声に、広場の空気がぴたりと凍りついた。
誠も煌辰も、控えていた護衛たちまでもが、一斉に目を見張る。

「お、王……!?」
「陛下、それはご無体というものです…!」

護衛たちが慌てて進み出ようとするも、それを制したのは景仁の笑みだった。

「やめん。娘と遊ぶ機会など、そうそう得られんのだ。わしの手で、この機を逃すものか」

朗々と笑い、景仁は堂々と雪の広場へと歩を進めた。

(……大胆な姫君は、まさにこの父あってこそ、か)

誠が護衛たちに気の毒そうに視線を送った、その瞬間――

「えいっ!」

ぽすっ。

柔らかな音とともに、景仁の頭部に小さな雪玉が命中した。

沈黙。

景仁が目をしばしばさせるのを、全員が固唾を呑んで見守る。

「ふふ、わたしが一番槍、ですね」

満足げに胸を張る伽耶が、堂々と名乗りを上げる。

一拍ののち――

「ぬぅっ、してやられたか……!」

そう言って、景仁がぐわっと笑い声を上げた。
その豪快な声音に、場の空気が一気に和らぐ。

「よいか、全員!今より、雪戦じゃ!娘の軍と、わしの軍に分かれて勝負とする!」

伽耶は目を輝かせた。
誠と煌辰は顔を見合わせ、そっと肩をすくめた。
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