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第二章
第22話 空白の一口
しおりを挟むシュヴァンは、もうフォークに刺した生ワタンボを、口に入れる寸前だった。
(わ、わーっ!!どうしよう!!消さなきゃ!でも……!!)
『いいか。魔法を使っていることを、向こうに悟られるな。外交問題になりかねん』
シュヴァンの隣に座る色黒の王子は、気だるげな笑みを浮かべたまま、興味深そうにシュヴァンの様子を眺めている。
(このままフォークに刺さったワタンボを消したら隣の王子にバレる!!そうでなくても、みんなシュヴァン王子を見てるんだ……!!)
ゆっくりと、シュヴァンの口が開く。
クラリスのこめかみを、冷たい汗がつうっと流れた。
(そ、そうだ……!!)
シュヴァンがワタンボを口に含み、唇を閉じた、その瞬間。
ふっ……。
空気が、わずかに震えた。
口腔内にいれたはずのものがない。
シュヴァンは一瞬目を見開き、視線を上げた。
正面、扉の近く。
そこに立っていたのは、妙に表情の忙しい、一人のメイドだった。
(なんだ……?ウインク……?)
目を凝らして、すぐに気づく。
(……クラリス嬢?)
彼女はひどく焦った表情をしていたが、シュヴァンと目が合うと、慌てて口を動かし、咀嚼する仕草をしてみせた。
(……なるほど?)
シュヴァンは、ほんのわずかに口角を上げる。
そして、何も入っていない口で、ゆっくりと噛むふりをし、飲み込んでみせた。
「とても、美味ですね」
その一言に、場が沸く。
歓声が上がり、周囲の席でも、カトラリーの音が一斉に響き始めた。
シュヴァンはそのまま、再びフォークでワタンボを刺し、口元へ運ぶ。
口に含んだ瞬間、また、ふっと消える。
正面のクラリスは、眉を下げ、必死に両目を瞬かせていた。
まるで「ごめんなさい」と訴えているかのように。
(事情はわからないけれど……君のことだ。きっと、意味があるんだろうね)
三切れあった最後の一切れも、同じように口に運び、消える。
それでもシュヴァンは、何事もなかったかのように、噛み、飲み込むふりを続けた。
やがて、ナフキンで口元を拭い、静かに席を立つ。
「非常に、味わい深い食事でした。
我が国では、ワタンボをこのように食すことはありませんでしたが……良き学びとなりました。
この食事のように、これからも両国が、良き刺激を与え合えますよう」
シュヴァンがグラスを掲げると、再び大きな歓声が上がる。
こうして、食事会は、何事もなかったかのように、無事、幕を下ろしたのだった。
(よ、よかった……!)
クラリスは、ようやく胸を撫で下ろす。
ヒポクルス国の王子が、にこやかにシュヴァンと握手を交わし、席を立つ。
その時、シュヴァンが、ちらりとクラリスへ視線を向けた。
(あとで説明します……必ず……!)
クラリスが小さく頭を下げると、
シュヴァンはふっと微笑み、一度だけ、ウインクをする。
「……っ!」
悲鳴を上げそうになり、慌てて口元を押さえる。
頬に、かっと熱が集まった。
シュヴァンはそのまま、集まってきたヒポクルス国の重臣たちと、何事もなかったように握手を交わしていく。
(一生、好き……)
ぼんやりとその背を眺めていた、その時だった。
「ねえ、君?」
とんとん、と肩を叩かれる。
(貴族よ、今は無理……余韻に浸ってるので……!)
無視した、その瞬間。
ぐい、と腰を引かれる。
クラリスは、思わず息を呑んだ。
「俺とも、楽しいことしようよ?」
顔を上げた先にいたのは、
あの、ヒポクルス国の王子だった。
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