元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―

やまだ

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第二章

第30話 百万の灯

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「もう、診療所は大変なことになってるかも…!」

怪我人に加え、先ほどの“脳内放送”。
最悪の事態が頭をよぎる。

「……おそらくはな。もう、着くぞ!」

振り返ったルスカに、クラリスは小さく頷いた。


(その角を曲がれば、診療所!きっとたくさんの患者が……)

覚悟を決めて、角を曲がる。



しかし。


「あれ……?だれも、いない……」



診療所の前には、人影ひとつなかった。
二人は思わず顔を見合わせ、身体と衣服に付着した汚染物質を“消去”する。

クラリスは一度、深く息を吸った。
さっきまで震えていた手が、嘘のように静まる。

(今は、考える時間じゃない)

静かに扉を開く。
だが、中にも、誰の姿もない。

「……?」

ルスカが目を細める。
クラリスは少し考え込み、やがて顔を上げた。

「龍の出たエリアは、ここから遠い。
それに最重症の人は、まだ救助が追いついてないはず。
……みんな、さっきの王の命令で屋内に引きこもってるんだと思う」

「……そうだな。だが――」

ルスカは額の汗を拭った。

「俺たちは、準備の時間をもらえた。神の助けってやつだ」

「クラにルスカ!?」

奥からぱたぱたと足音と共に聞こえる声。

「ヴィル!」

「怪我はない?なにがなんだかわからないし、すごく心配して……」

ほっとしたように笑いながら近づいてきたヴィルは、ふと、二人の繋いだ手に視線を落とした。

「た、んだよ……」

すぐに目を逸らし、ぎこちない笑みのまま視線を泳がせる。

ルスカははっと我に返り、最後に指先へ力を込めると、静かに手を離した。

「患者がいない。どうなってる?」

「そうだよ、てっきり溢れかえってるかと思ってた!」

ヴィルは一度大きく首を横に振り、顔を上げた。

「うん。いつも通り診療してたんだ。そしたらあの揺れがあって……何が何だかわからなかったけれど、そのまま診療を続けてた」

ヴィルはちらと窓の外を見る。

「でも、王様の声が聞こえて……みんな帰っちゃったんだ。……止めたんだけどね」

「そっか……あれ?じゃあまさか、アニも!?」

クラリスの喉が、ひくりと鳴る。

(アニがいないと、乗り切れない……)

ヴィルは小さく首を振った。
そして、研究室の方をじっと見つめる。

「アニは、いるけど……」

その声の落ち方に、クラリスとルスカは、無言で視線を交わした。

空には、急速な勢いで暗雲が立ち込め始めていた。








「アニ!」

アニは眉を寄せ、ソファに横たわっていた。
すぐ横にはミュラーが力を発動させていた。

「無事だったか」

クラリスたちの姿を目にすると、ほっと息を吐いた。

「ど、どうしたの。普通の頭痛なのそれ……!?」

クラリスがすぐ横に屈むと、アニはうっすら目を開けた。

「……魔物のせいだ。相当強いやつがきてるはずだよ。……前にも言ったでしょ」

「あ……」

クラリスの脳裏に、あのワニ退治の時のアニがうかぶ。

『……僕は、高い魔力に当てられると気分が悪くなるだけ。こいつのせいってこと』

(そうだ、そんなこといってた……もっと早く、気づけてれば……)

後悔が喉に引っかかる。
クラリスはアニの頭をそっと撫でる。

「……ミュラーのおかげで楽になった」

アニはふいと目を逸らし、短く息を吐く。

「で?」

ミュラーが腕を組む。

「どういう状況だ。なぜ俺の診療所が、王に名指しされてる」

「そうだった!」

クラリスはまだ何も知らないヴィル、ミュラー、アニ、ハンナの四人を見回し、口を開く。

龍が出現したこと。
紫色の何かを吐いたこと。
それを吸い込むと、呼吸器症状をきたすこと。
そして呼吸器症状が悪化すれば恐らくは死に至ること、それを龍は待っていること。
そして、ルスカの"顕現"で検出可能で、クラリスの"消去"で症状が消えること。

「なるほどな……つまり、俺はごろごろしてて大丈夫だっていうことだ」

「違います」

ばさりとクラリスに切り捨てられ、ミュラーは「ちょっとふざけただけなのに」といじいじと隅で丸くなる。

「魔法陣が必要になるってことだよね」

アニはゆっくりと身体をおこす。

「……それも、大量に」

クラリスは頷く。
ヴィルはアニの背に手を添え支え、少し躊躇った後口を開く。

「でも、大丈夫なの?アニ……そんな体調で」

「……倒れてなんかいられないよ。このままじゃ大量の死者が出るんでしょ」

「すまないが、頼む。それしか、現状手はない」

ルスカの言葉にアニは頷く。

「でも、いいの?前に魔法陣を人体に使えば副作用があるかもとか言ってたでしょ?」

アニの言葉にクラリスも頷いた。

「そうだね……確かに、あとから副作用が出てくるかもしれない。でも、何もしなければ今呼吸器症状で死ぬ。なら、使うしかない」

クラリスが見回すと、皆頷く。

「じゃあ、魔石が必要になるよね?魔法陣をそれに書いて使うんだよね。何個あったかな……」

ヴィルがごそごそと棚を漁り、大きな袋を取り出す。
中の石ががしゃんと鳴った。

「……魔石の数の分ずつしか治療できないってことだよね。大量に来るであろう患者に、並んでもらわないといけない。……もっと石がないと……」

クラリスは眉を寄せた時、アニがにや、と口角を上げた。

「これを見てよ」

アニが机の上に出した紙。
魔法陣が描いてある。

「これは……?」

「魔石を溶かしたもので描いたんだ。前に倒したあの魔物、本体の周りに湖あったの覚えてる?」

頭に浮かぶワニの周りのエメラルドグリーンの湖。

「突然現れたとかいうやつだよね?」

アニが得意気に頷くと、ルスカとクラリスは息を呑む。

「もしかして、あれ……」

「そう。魔石なんだよ。高熱で溶けるんだ。それを使ったってわけ!この紙一枚で発動一回分くらいだよ」

ぱち、ぱち、ぱち。
三回の瞬きのあと、クラリスは大きく息を吸い込んだ。

「す、すごいよアニ!!」

クラリスが抱きつき、勢いよく揺らす。

「や、やめ……!」

呻き声を上げるアニ。

「誰でも使えるし、魔力消費もない。誰でも描き写せるし、今ここにある魔石でも1000枚分くらいは描ける」

アニが得意気に鼻を鳴らす。
が、クラリスはどさりと抱きしめていたアニを落とした。

「な、なにすんのさ」

「足りない。全然」

ぼそりと声が落ちる。

「……この城下町と周辺の村の人口は、100万人を超えるぞ」

ルスカの声に重なるように、雷鳴の音と魔物の悲鳴が空を裂いた。

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