チェリーは今宵色づく

奏月

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②不届きモノには説教を、弱者には救いの手を

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 青みが掛かった腰まである銀色の髪に、王家の血をうっすらと引いていると知れる紫色の瞳。

 怜悧さと静謐さを感じさせる表情は、妙齢の御婦人方の羨望と情欲の的である。

 コツコツと靴音を響かせながら回廊を歩く美しい青年の手には、しっかりと聖典が持たれ、彼を率いているのは、顎から白い髭を生やしている、何処をどう見ても天からのお迎えが今にくるのでは?と思えるほどのヨボヨボと歩く老神官。

 バカにしてはいけない。
 この方こそロットミル王国のハーシュラ教の神官を束ねる神官長であり、名はヨウルと言う。

 甘いものとお花が大好きな温厚で慈悲深い、権力もお金も大好きな普通の人間に過ぎない。

 神官のクセして生臭すぎると、影で言われいてはいるが、神官といえど血肉からなる生きている人である。

 その生きて行く上で大切なのは、程々のお金と権力、そしてお肉とお酒。

 質素倹約を貶めているわけではない。ただ事実を述べているだけだと、肉や魚、酒を嗜まない信徒に問われれば、いつもそのようにして返している姿が、日頃からよく見受けられているという。

 その老神官に率いられながら青年神官が向かっている場所は、王都にある王立学園の前期修了式が開かれている大講堂である。

 一切の曇りがない、長い長い廊下の先、あと少しで扉の前に着くだろうと言うところで、ズズズ、と思い音を響かせ、扉が内側から押し開かれたかと思いきや、一人の貴族令嬢が近衛騎士の一人によって、まるで迷い込んだ野良ネコの様に追い出される場面に遭遇した。

 令嬢はドレスの裏襟部分を掴まれ、大変苦しそうで、よく見れば爪先が浮いているではないか。

 下手をしたら死んでしまうのでは?と生まれた頃より神殿預かりな、表情が壊死している青年神官ことグレイル・フォン・ダウザー、もうすぐ28歳の男盛りは、優雅に見えるが実はかなりの急ぎ足で摘み上げられている哀れな子羊のもとへと急行した。

 そのせいか辿り着いた頃には白石の頬にうっすらと朱が映え、禁欲的な雰囲気にそぐ合わない色気が足され、大男の近衛騎士の喉が上下した。

 明らかに発情のそれと知れる発露に、老神官によるお仕置きが炸裂した。

 白い木製の杖で、上には金剛石がキラキラと光輝き、存在を激しく主張している。因みにお値段は、下級貴族一家族が働かなくても一年は余裕で楽に生きていける程と噂されている。

 つまり驚くほど値が張る代物と言うことになる。

 勿論自腹購入ではなく、寄付と言う形での王家からの強制的な献上品であると言う。

 シャンシャンと金剛を守るように付随した、布で吊り下げられた鈴が鳴り、合間に騎士の濁声が零れ聞こえる様な気がするが、老神官はそれを無視した。

 神聖なる神に仕える神官に欲情するとは何事か。

 別に男が男を好きになることは止めはしないが、生産的ではないし、教義上では意に反するのでやはり認められない。

 よって。

「グレール、はやくそのお嬢さんを助けてあげなさい」

 ポコポコと白杖で不埒な騎士を殴り─否、ありがたい説教をしながら秘蔵っ子に、見るからに泣いている少女に手を貸してやれと促す老神官は、何も知らない人から見れば、慈愛に満ちていた。

 一方、生まれてすぐに神殿の前に捨てられ、世の理や政治の在り方まで全て教えてくれた彼の敬愛すべき師匠であり、養い親でもある老神官に、騎士に虐げられていた少女を助けるように言われた青年は、ヨウル神官のありがたい説教により(と言うより落としたに近い)解放された、金髪縦ロールの如何にも高飛車そうな少女に手を貸し、立たせようとしたが。

 ギンっと睨まれ。

 バチンと手を叩き振り払われた。

「いらないわよ!!どうせアナタも私の胸が小さいとか言って笑うんでしょ!!なによ、たいしたテクニックもないくせに」

 うわああん、とついにはその場で泣き伏されてしまった。

 グレイルは彼女がなぜ泣いたのか、理解できなければ幸せだったろう。がしかし、神殿育ちという特殊な環境ゆえに、彼は彼女の発言内容をすべて理解してしまった。

 これが運命のいたずらで出会ってしまった二人の話だと、後世語り継がれることになるなど、誰が予想できようか。

 少なくとも、敬虔な神の下僕であった青年神官には予兆すらつかめなかったのは確かである。
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