チェリーは今宵色づく

奏月

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③尋問と言う名の小休憩(軽食付き)

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 赤いベルベットの布が座面に使われた、背がクルンと丸くなっているソファに、長年使われ続けたことによる、渋みが増された艶のあるオーク材のローテーブル。

 絨毯は毛足が長い濃いブラウン。

 くぁっと暇そうに欠伸をする猫が何とも平和そうな空気を演出する。実際の部屋の空気は非常に居心地が悪いと言うか、気まずいと言うか、とにかく友好的ではない。

 誰か、この居た堪れない空気を壊して、と、この部屋に押し込まれた若い、お互い名前も判らない男女が思っても誰にも責められないと思われる。

 床に寝転がってる猫は、お前ら面倒くせえよと思っているのか、尻尾をたしたしとふわふわな絨毯の上に何度も叩きつけている。

 そんなこの空気に先に耐え切れなくなったのは、神官の服を身に着けている見た目だけは冷血な神官だった。

「ええっと、それであなたが泣いていたのは」

「マリエッタですわ.神官様」

 泣いて喉が渇いていたのか、マリエッタと名乗った少女は、二人の間で沈黙がぐうすか寝ていた隙にすっかり冷めてしまったお茶が入っている白磁のカップを持ち上げ、こくりと一口飲み下し、こっそり、感心していた。

 うん、流石に多くの貴族や王族が通うだけのことがある学園ね。とても高いお茶の味がするわ。と。

 マリエッタはゴクゴクとそのお茶を飲み欲し、ティーポットの中に残ってるお茶も遠慮なく自分のカップに注ぎ、序に泣いたことによる空腹を満たすために、ケーキにまでに手を伸ばし始めた。

 いや、だってほら、折角用意してくれたのに、無駄にするってありえないじゃん?残したら勿体ないゴーストかゾンビが出ちゃうわよ、と誰にともなく自分の心の中で言い訳をしつつ、甘い誘惑に駆られる姿はいっそ清々しいとも言える。

 勿論まだティーワゴンの上にあるミートパイも狙っているのを、青年神官はマリエッタの視線で察し、手ずからワゴンからロ―テブルへと移した。

 あれは恐ろしく手間が込んでいて、中々我が家でも出してくれないからと、とても小さな声で「ありがとうございます」と、お礼を言われたはしたが、公爵家の令嬢にあるまじき食欲であるなとは思わなかった。

 青年は目の前で軽食を心の底から満喫している、先程までは床に縋るように泣いていた少女を見て、彼にしては珍しく、柔らかい笑みを己も知らぬうちに浮かべていた。

 なぜなら。

 ふわふわなスポンジケーキに真っ白なクリームに真っ赤なベリー。最高の組み合わせ。プライスレス。

 ミートパイもサックサクな生地に染み込むトマリーナとミンチが合わさった具と言うかソースは革命級。生きててよかった!!

 と、全て思っていることを口にしていたからである。

 そのマリエッタが本腰を入れて食欲に支配されそうになった時に、神官なグレイル氏は咳払いを一つして。

 なにさ、さっさと要件を話せばいいのにと思ったことは内密にと、マリエッタは願ったが、神様は彼女に味方しなかった。

「全て言葉に出しておられますよ、マリエッタ嬢」

 おっと、いけない、とここで素直に聞く娘であれば、彼女は修了式の場から追い出されてはいなかったであろう。

 せっかくの長期休暇前の大事な食事会、いいや、大事な式典の場であったのに。

 長い髪を白い手袋をはめた左手で掻き上げながら、グレイル神官はため息交じりに再度問うた。

 なんだろう、このさり気ない仕草。何もしてないのに色っぽい。ズルい、とマリエッタは羨んだ。

「それであなたがは立腹された理由はなんですか?先方が仰るにはひどく虐められたと」

「あら、私が平民ごときを虐めるなんて。時間の無駄でしてよ。奴らは私を侮辱したのです」

 だから売られた喧嘩を買おうとしただけです、と、どストレートにキッパリはっきりと事実を語ったマリエッタ嬢に、グレイルは困惑した。

 勿論、彼は彼女が嘘を吐いているとは思ってもいない。が、手元の指示書には謝罪の言葉を出させろとの文字があったからだ。悩んでいるグレイルを他所に、マリエッタは不満を思い出したのか、次々とあられもない言葉を口にしてゆく。

「私が濡れにくいだとか、貧乳だとか。あっちは気持ち悪い牛みたいな乳のクセして。粗チンのクセしてっ」

 お粗末な男根で善がれない私が不感症だとか、乳が小さい、板以下だとか言いやがったのですわ、と、ほぼ初対面の神官に愚痴る貴族令嬢。

 だから元婚約者の股間を蹴ってやったのだと威張るマリエッタに、グレイルは諭すしかなかった。

 仮に彼女が悪くなくても、今回は彼女に頭を下げさせるのが彼の仕事なのだ。ほんと、お役所仕事は胃が痛くなる代表だよね。と、強引に自分で自分を納得させていた敬虔な神官な青年に対し。

「やっぱり、神官様も胸は大きい方がいいですか?」

 興味津々と言ったていで、グイグイと、テーブルに両手をついた姿勢で尋ねてくるので、自然とグレイルの目線は少女の悲しくなるほど平らな胸に目が行き、じわじわと頬が赤く染まっていった。

 どこか必死で、傷ついた瞳に見つめられ、困惑していた青年は、神秘的な色を宿した瞳を閉じ、気付けば叫んでいた。


「私は生まれてこの方、一度も女性と寝たことがないので、お答えしかねますが、あなたは十分魅力的だと思います」


 と、その時。

「ほほほ、ならば調度よかった。そなたをマリエッタの婿に推挙しよう。なあに、弟にはワシが言っておくからの」


 心配するではない、と、扉を、一人の侍女によって開かせたヨウル神官長が、ほけほけと心理を悟らせない食えない笑いを浮かべ、二人の若者に飛び切り驚かせる言葉を残し、再びどこかへと行ってしまったのだった。
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