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Ⅰ.君を想ひて、月を見上げゆる
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「この婚約は国に求められたものであって、そこには何ら感情は伴わない」
大陸屈指の王国、シャンディア王国には一人の王子と二人の王女がいる。
王子は世継ぎの君として民衆から多くの支持と尊敬を集め、二番目の姫は王子と同腹の現・正妃譲りの、愛くるしくも儚げな容姿で、誰からも愛されている。
この二人だけが賢王として大陸中に名を轟かせている名高いシャンディア王の子ならば、王家や、王を支える貴族や民は満足であっただろうが、そうはいかなかった。
その原因が私こと、シャンディア王国が第一王女、ルフィミアス・ユナ・ミュノ=シャンディアス、18歳の存在。
私はかつて王妃であった母の生き写しで、基本的に色素が薄く、髪は絹糸のような白銀で、瞳は薄紫色。
それに引換え、私以外の家族は金色の髪に蒼い瞳や緑色の瞳であり、貴族や平民も多かれ少なかれ違いはあれど、白銀の髪を持つ者はシャンディアにはいないとされている。
そう、居ないとされているのに、私が存在している。
正しくは、生まれてしまった。
ヒトと言うのは自分と異なるものを嫌う傾向にある。
だから彼が私のことを嫌うのも仕方がないと言うのは理解できるし、理解できていたはずだった。なのに、年々美しくも愛らしくなる異母妹に、彼の関心や視線が注がれるのを見ている内に、心の中に例えようもない醜い感情が日に日に積もり満ちて来てしまっている。
こんなことでは、このままでは、感情に飲みこまれたまま狂い、当時は側室だった王妃を暗殺しようと愚行を犯した母と等しくなってしまうのではないか、と、散策がてら煩悶している内に、王宮内でも立ち入り禁止区域に足を踏み入れてしまったらしく、気が付けば見覚えのない所にいた。
王女とはいえ、半ば疎まれ、幽閉に近い形で部屋に閉じこもっていることの多い私は、外の世界をあまり知らない。
王である父は、父である以前に国王であり、父としての愛は異母妹と異母兄に全て注がれている。
幼い頃はそれがとても嫉ましく、癇癪を起したりもしたが、所詮は忌み子。
徹底的に存在を無視されてしまえば諦めも着き、今では逆らわない、笑わない、泣かないといった三拍子揃った、婚約者からも敬遠される人形になってしまっている。
こんな私を誰も探しはしないだろうが、時間も気になった為、もと来た道に戻ろうと踵を返そうとした時、ふいに小枝か何かを踏みしめる音がし、音がした方へ瞳を向ければ、そこにいたのは信じられない人物がいた。
艶やかな白金色に近い白銀の髪に、どこか悲哀を感じさせる感情を湛えた紫色の瞳。
身に着けているドレスは質素に見えるけれど、よく見れば上等な布で出来ていると判る。
なにより、水鏡、絵でしか知らない歴代王妃の立ち姿絵でしか知らないヒトが、幼い頃ずっと求めていた相手がすぐ近くにいた。
――パキッ
本能が突き動かすまま、足を一歩踏み出した時、その人は私が小枝を踏んだ音をきっかけに喉を震わせた。
「――なりません...わたくしは死した存在。こちらに来てはなりません。可愛い可愛い私の娘、フィア」
「で、ですが、かあさま!!」
「わたくしは、嫉妬に狂い死を賜った異国の魔女。でも、あなたは違う。あなたはまだ間に合うわ」
哀しげな声で、寂しそうな声で、自分は死んでいるのだから近づくなと拒む人は、生きているのに人との拘わり合いを拒絶している。
こんなにも近くにいるのに、遠い。
「フィア、あなたは優しい子よ。けどね、時には我が儘も言わなければ、私のように失ってしまってから気付いても、取り戻せないモノもあるのよ...」
どうか、そうなる前に、かあさまみたいになる前に、あなたは自分の心の中に眠っている大切な気持ちに気付いてあげて。
――私が素直になれなかった分も。
その、もう二度と逢えないような言葉に胸騒ぎがして、手を伸ばし、脱雲を求め、もう一度呼ぼうとした時、目の前が真っ白になり、光が弾け、眩しさに思わず目を瞑り、光りが収まってきた頃目を再び開けば、そこはいつもと変わらぬ殺風景な自室だった。
膝の上には、刺繍の途中だったハンカチが静かに完成を待っていて、それでなぜ今自分があのような夢を見たのか理由が解った気がした。
明日、婚約者である侯爵家の嫡子でもあるテーゼは武勲を立てる為に戦地へ向かう。
きっと彼は生きて帰ってくる。
そしてあの愛らしい妹との婚姻の為に私との関係を破棄を願い、王に異母妹の降嫁を願い出るのだろう。
そうであっても、無事生きて帰れるように願いを込めたハンカチを贈ろうと私は刺繍を刺していた。
けれど。
――おかあさま、わたくしは、願ってもいいのでしょうか。
今までは欲しくても欲しいと言えなかった。
欲しいと声をあげても無視をされたから、いつの頃からか、声を上げることすら辞めていたけれど。
でも、もう一度、声をあげてもいいのなら。
私は...
一筋の願いと期待を込め、私は一針一針、願いを込めハンカチに刺繍を施し、翌日、人づてに彼にハンカチを贈り、彼は戦地へと向かった。
やがて季節は廻り、もうじき収穫祭が始まるかという頃、シャンディア国内に吉報が齎された。
それはハルシュタート侯爵家嫡男・テーゼが敵将の首を見事打ち取り、シャンディアに勝利を導いたと言うもの。
その報が王宮に齎された日の夜、異母妹や異母兄が住まう宮は大賑わいだった。
けれど、私にはそれが婚約者との別れの序曲に聞こえてならなかった。
耳を塞いでも、目を閉じても、誰も彼もが彼と結婚するのは異母妹だと噂する。
そんな話と共に私は捨てられるのだと、侍女たちは場を弁えずに嘲笑する始末。
味方が誰一人もいない王宮に生活。
もう私は疲れて限界だった。
おかあさまとの夢の中での会話はあの日一度きりで。
裸足のまま、私室から出られる庭へ出て、空を仰ぎ見れば、空には数え切れないほど散りばめられた星空が広がっていて、美しく音楽を奏でていた。
綺麗なのに、素直に綺麗だと思えないのは寂しくて、辛いから。
愛おしいと言いたいのに、言えないのは自信がないから。
もう一度頑張るって決めたのに、頑張れないと思うのは一度も手紙が帰ってこなかったから。
「好きなの...ずっと好きだったのに、な......」
ハラハラと瞳から零れ落ちた冷たい雫が頬を伝い落ちる。
一つ、二つ。
涙が零れ落ちるたび、想いが溢れてゆく。
そしてついに抑えきれぬ感情を時放ってしまいそうになった時だった。
「――あなたはいつもそうだ。ルフィミアス王女殿下」
あなたはいつも一人で泣き、一人で悲しむ。
まるで悲劇の主人公ヒロイン気取りだ。
忌々しそうに、けれど、苛立たしげに吐き捨てながら大股で近づいてくる人は、今頃王都へ向かう道中にいるはずの人で、この場にいるはずがないのに。
グイッと腰を引き寄せられ、腕の中に抱きこまれた私は混乱していた。
「泣くくらいなら、どうして素直に俺の前で泣かないんですか。そんなに俺がお嫌いですか、殿下」
「ちがッ...」
「違うと言うのなら、どうして手紙の一通も寄越さないんです?返事の一つも下さらなかったクセに」
頬を伝う雫を舐め取られ、更に混乱しかけていた私は手紙という言葉に涙が止まり、彼の胸に手を着いて、コトリと、首を傾げた。
「...あの、テーゼ?」
「なんです?殿下」
「わたくしを嫌いだから、手紙を返して下さらなかったのではないのですか?」
「は?」
「だから、あなたの方が、わたくしを、嫌っているのでしょう?」
私、知っているんだから、と続くはずだった言葉は、言えなかった。
夜の庭に二人きり。
明かりはないはずなのに彼の顔がはっきり見えるほど近くにあって、恥ずかしくて雰囲気にのまれて何も言えなくてしまったのだ。
その間に、婚約者である彼は。
「俺は、殿下の婚約者です。この関係は国によって定められた関係で、そこに感情はなんら伴わない。けど、今なら感謝しますね」
小さなベルベットの箱を懐から取り出し、その蓋を開き私の前に捧げ、膝を就いてみせ。
「俺だけの姫になりませんか、ルフィミアス殿下。――いや、俺の妻になりませんか、フィア。幸せにするとは誓えませんが、愛は枯れることはないと誓えます」
ずっと、ずっと欲しかったその言葉。
でも、きっと彼だって欲しかったんだろうなと、今ならわかる気がする。
だって、こんなにも自信たっぷりなように見えて、指輪の箱を掲げ持つ手が震えて、微かな怯えが少し声に混じっていたから。
だから私は、返事の代わりに彼の頬にキスをした。
「テーゼ、わたくしを、あなたの奥方にしてちょうだい。私の愛はあなただけに」
あとは言葉はいらなかった。
星空の下、私と彼は二人だけでお互いへの愛を誓い合った。
前書き・後書きを書く
大陸屈指の王国、シャンディア王国には一人の王子と二人の王女がいる。
王子は世継ぎの君として民衆から多くの支持と尊敬を集め、二番目の姫は王子と同腹の現・正妃譲りの、愛くるしくも儚げな容姿で、誰からも愛されている。
この二人だけが賢王として大陸中に名を轟かせている名高いシャンディア王の子ならば、王家や、王を支える貴族や民は満足であっただろうが、そうはいかなかった。
その原因が私こと、シャンディア王国が第一王女、ルフィミアス・ユナ・ミュノ=シャンディアス、18歳の存在。
私はかつて王妃であった母の生き写しで、基本的に色素が薄く、髪は絹糸のような白銀で、瞳は薄紫色。
それに引換え、私以外の家族は金色の髪に蒼い瞳や緑色の瞳であり、貴族や平民も多かれ少なかれ違いはあれど、白銀の髪を持つ者はシャンディアにはいないとされている。
そう、居ないとされているのに、私が存在している。
正しくは、生まれてしまった。
ヒトと言うのは自分と異なるものを嫌う傾向にある。
だから彼が私のことを嫌うのも仕方がないと言うのは理解できるし、理解できていたはずだった。なのに、年々美しくも愛らしくなる異母妹に、彼の関心や視線が注がれるのを見ている内に、心の中に例えようもない醜い感情が日に日に積もり満ちて来てしまっている。
こんなことでは、このままでは、感情に飲みこまれたまま狂い、当時は側室だった王妃を暗殺しようと愚行を犯した母と等しくなってしまうのではないか、と、散策がてら煩悶している内に、王宮内でも立ち入り禁止区域に足を踏み入れてしまったらしく、気が付けば見覚えのない所にいた。
王女とはいえ、半ば疎まれ、幽閉に近い形で部屋に閉じこもっていることの多い私は、外の世界をあまり知らない。
王である父は、父である以前に国王であり、父としての愛は異母妹と異母兄に全て注がれている。
幼い頃はそれがとても嫉ましく、癇癪を起したりもしたが、所詮は忌み子。
徹底的に存在を無視されてしまえば諦めも着き、今では逆らわない、笑わない、泣かないといった三拍子揃った、婚約者からも敬遠される人形になってしまっている。
こんな私を誰も探しはしないだろうが、時間も気になった為、もと来た道に戻ろうと踵を返そうとした時、ふいに小枝か何かを踏みしめる音がし、音がした方へ瞳を向ければ、そこにいたのは信じられない人物がいた。
艶やかな白金色に近い白銀の髪に、どこか悲哀を感じさせる感情を湛えた紫色の瞳。
身に着けているドレスは質素に見えるけれど、よく見れば上等な布で出来ていると判る。
なにより、水鏡、絵でしか知らない歴代王妃の立ち姿絵でしか知らないヒトが、幼い頃ずっと求めていた相手がすぐ近くにいた。
――パキッ
本能が突き動かすまま、足を一歩踏み出した時、その人は私が小枝を踏んだ音をきっかけに喉を震わせた。
「――なりません...わたくしは死した存在。こちらに来てはなりません。可愛い可愛い私の娘、フィア」
「で、ですが、かあさま!!」
「わたくしは、嫉妬に狂い死を賜った異国の魔女。でも、あなたは違う。あなたはまだ間に合うわ」
哀しげな声で、寂しそうな声で、自分は死んでいるのだから近づくなと拒む人は、生きているのに人との拘わり合いを拒絶している。
こんなにも近くにいるのに、遠い。
「フィア、あなたは優しい子よ。けどね、時には我が儘も言わなければ、私のように失ってしまってから気付いても、取り戻せないモノもあるのよ...」
どうか、そうなる前に、かあさまみたいになる前に、あなたは自分の心の中に眠っている大切な気持ちに気付いてあげて。
――私が素直になれなかった分も。
その、もう二度と逢えないような言葉に胸騒ぎがして、手を伸ばし、脱雲を求め、もう一度呼ぼうとした時、目の前が真っ白になり、光が弾け、眩しさに思わず目を瞑り、光りが収まってきた頃目を再び開けば、そこはいつもと変わらぬ殺風景な自室だった。
膝の上には、刺繍の途中だったハンカチが静かに完成を待っていて、それでなぜ今自分があのような夢を見たのか理由が解った気がした。
明日、婚約者である侯爵家の嫡子でもあるテーゼは武勲を立てる為に戦地へ向かう。
きっと彼は生きて帰ってくる。
そしてあの愛らしい妹との婚姻の為に私との関係を破棄を願い、王に異母妹の降嫁を願い出るのだろう。
そうであっても、無事生きて帰れるように願いを込めたハンカチを贈ろうと私は刺繍を刺していた。
けれど。
――おかあさま、わたくしは、願ってもいいのでしょうか。
今までは欲しくても欲しいと言えなかった。
欲しいと声をあげても無視をされたから、いつの頃からか、声を上げることすら辞めていたけれど。
でも、もう一度、声をあげてもいいのなら。
私は...
一筋の願いと期待を込め、私は一針一針、願いを込めハンカチに刺繍を施し、翌日、人づてに彼にハンカチを贈り、彼は戦地へと向かった。
やがて季節は廻り、もうじき収穫祭が始まるかという頃、シャンディア国内に吉報が齎された。
それはハルシュタート侯爵家嫡男・テーゼが敵将の首を見事打ち取り、シャンディアに勝利を導いたと言うもの。
その報が王宮に齎された日の夜、異母妹や異母兄が住まう宮は大賑わいだった。
けれど、私にはそれが婚約者との別れの序曲に聞こえてならなかった。
耳を塞いでも、目を閉じても、誰も彼もが彼と結婚するのは異母妹だと噂する。
そんな話と共に私は捨てられるのだと、侍女たちは場を弁えずに嘲笑する始末。
味方が誰一人もいない王宮に生活。
もう私は疲れて限界だった。
おかあさまとの夢の中での会話はあの日一度きりで。
裸足のまま、私室から出られる庭へ出て、空を仰ぎ見れば、空には数え切れないほど散りばめられた星空が広がっていて、美しく音楽を奏でていた。
綺麗なのに、素直に綺麗だと思えないのは寂しくて、辛いから。
愛おしいと言いたいのに、言えないのは自信がないから。
もう一度頑張るって決めたのに、頑張れないと思うのは一度も手紙が帰ってこなかったから。
「好きなの...ずっと好きだったのに、な......」
ハラハラと瞳から零れ落ちた冷たい雫が頬を伝い落ちる。
一つ、二つ。
涙が零れ落ちるたび、想いが溢れてゆく。
そしてついに抑えきれぬ感情を時放ってしまいそうになった時だった。
「――あなたはいつもそうだ。ルフィミアス王女殿下」
あなたはいつも一人で泣き、一人で悲しむ。
まるで悲劇の主人公ヒロイン気取りだ。
忌々しそうに、けれど、苛立たしげに吐き捨てながら大股で近づいてくる人は、今頃王都へ向かう道中にいるはずの人で、この場にいるはずがないのに。
グイッと腰を引き寄せられ、腕の中に抱きこまれた私は混乱していた。
「泣くくらいなら、どうして素直に俺の前で泣かないんですか。そんなに俺がお嫌いですか、殿下」
「ちがッ...」
「違うと言うのなら、どうして手紙の一通も寄越さないんです?返事の一つも下さらなかったクセに」
頬を伝う雫を舐め取られ、更に混乱しかけていた私は手紙という言葉に涙が止まり、彼の胸に手を着いて、コトリと、首を傾げた。
「...あの、テーゼ?」
「なんです?殿下」
「わたくしを嫌いだから、手紙を返して下さらなかったのではないのですか?」
「は?」
「だから、あなたの方が、わたくしを、嫌っているのでしょう?」
私、知っているんだから、と続くはずだった言葉は、言えなかった。
夜の庭に二人きり。
明かりはないはずなのに彼の顔がはっきり見えるほど近くにあって、恥ずかしくて雰囲気にのまれて何も言えなくてしまったのだ。
その間に、婚約者である彼は。
「俺は、殿下の婚約者です。この関係は国によって定められた関係で、そこに感情はなんら伴わない。けど、今なら感謝しますね」
小さなベルベットの箱を懐から取り出し、その蓋を開き私の前に捧げ、膝を就いてみせ。
「俺だけの姫になりませんか、ルフィミアス殿下。――いや、俺の妻になりませんか、フィア。幸せにするとは誓えませんが、愛は枯れることはないと誓えます」
ずっと、ずっと欲しかったその言葉。
でも、きっと彼だって欲しかったんだろうなと、今ならわかる気がする。
だって、こんなにも自信たっぷりなように見えて、指輪の箱を掲げ持つ手が震えて、微かな怯えが少し声に混じっていたから。
だから私は、返事の代わりに彼の頬にキスをした。
「テーゼ、わたくしを、あなたの奥方にしてちょうだい。私の愛はあなただけに」
あとは言葉はいらなかった。
星空の下、私と彼は二人だけでお互いへの愛を誓い合った。
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