君想ひて、空を見上げゆる

奏月

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Ⅱ.君を乞ひて、星を見上げゆる

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  聖ジョアン大聖堂の祝福の鐘の音が、王都中の空に広がる。


 厳しくも新たな恵みをもたらす前夜でもある白き冬に終焉を迎えた春の初め、俺はシャンディア王国が第一王女、ルフィミアス・ユナ・ミュノ=シャンディアス、18歳と、婚姻関係を無事結んだ。

 本来ならば殿下が15となり、社交デビューすると同時に果たされるはずであったこの婚姻は、あろうことか殿下の異母妹、そして未来の国王と目されている殿下の異母兄、それに付随する多くの貴族や侍女たちによって阻害されていた。

 もとより、国によって定められていた婚約関係とはいえ、俺自身は殿下との婚約に、初めは何ら感情は抱いておらず、最悪なことに無関心であった。
 愛情の裏返しは憎悪だと良く間違われがちだが、それは違う。

 情というものは少なからず相手に関心があるから芽生えるモノであり、何ら興味のないモノは認識すらしない。
 よって、殿下と俺との婚約は最初は本当に国によって命令されたものでしかなかったのだが。


 あれは、いつの頃だっただろうか。
 記憶が定かであれば、婚約を命じられた翌年のことだったか。

 俺は陛下により王城にある北離宮に内々に呼び出され、殿下と殿下の生母であられる、今は亡き正妃様への想いを吐露された。

 ――曰く

 今更、どのような顔を向けルフィアナ(殿下の生母)の廟に謝ることが出来ようか。
 もとより病弱と知りつつ、母国では夢見の巫女として崇められていたのに、己の邪な想いによって還俗させたくせに、その美しさに己が苦しくなり遠のけ、終いにはアレの忘れ形見だと言う姫さえ満足に愛してやることも出来なんだ。
 愛したくとも愛せぬのよ。
 アレは我を厭うておるゆえ。
 それにあれは母親と等しく身体が弱く、満足に陽の光を浴びることも適わぬ。

 お主が誰に心を寄せておるかは知ってはいる。
 が、ここは頼む。


 と、誰にも下げてはならない、屈してはならない陛下が長い独白の末に俺に頭を下げた時、俺は自分の中の恋情を一度殺し、殿下を出来るだけ大切にすると陛下に誓ってしまった。


 翌日から俺は出来る限り殿下の姿を視線で追うことにした。
 相手を知ることには観察が必要であり、一番重要なことだと思うからだ。
 両親にはいくら国王からの命だとはいえ、あんな不気味な娘は我が家の血には混ぜられないと言われたが、約束してしまった誓いは、騎士の矜持に掛けても破れなかったが、そんななによりも、日々姿を追うごとに判明してゆく不器用で、寂しがり屋な殿下を放っておけなくなっていた。

 明らかに侍女らによって陰湿ないじめを受けているのに(これは立派な王族への侮辱罪にあたり、職務怠慢でもある為、後日報告書を纏めた)、表情を変えずに俯き、異母兄である王太子殿下に頭髪を掴まれ引き摺られても声すら発することなく、ただただ耐えていた。(こんな思いやりの欠片もない王子が未来の主かと思うと胃が煮えくり返り返った)

 そして何よりも一番衝撃的だったのは、微かに想いを寄せていた第二王女の幼いが故の酷さと無知と憎悪だろう。
 幼いとはいえ、彼女も王家の一員であり、常に民と貴族の手本ではならなくてはならない。
 民は血税を治める代わりに、王家や貴族らに敵国から守って貰えるのであり、王族や貴族は血税を使う代わりに、義務を第一に心掛けていなければならないもの。

 なのに、何故、どうして。

 パリン、と高く細い音を立て割れたのは、ルフィミアス殿下が愛用していたティーカップであり、それを割ったのは、何ら悪いことをしたと思っていない妹殿下であった。

 彼女はくすくすと笑い、――否、嗤って

『あら、手が狂ってしまったけれど、妖は四つん這いでモノを食べたり飲むのでしょう?』

 ――遠慮はなさらなくともいいのですわよ?


 嘲りを浮かべた口元が信じられなかった。
 愛らしいと思っていた仕草が全て虚像だったことの遣り切れなさ。
 自分勝手な自己嫌悪だと誹られようとも、信じていた方々の真実の姿は、あまりにも醜悪で哀しかった。
 変わりに沸き上がってきたのは第一王女への保護欲と謎の優越感。


 とは言え、俺と殿下の距離は長らくさほど変わることは無かった。
 原因は侍女や女官の職務怠慢や、妹殿下による陰謀である。


 婚姻の宴で疲れたのかすやすやと深く眠る、今では妻となり、一国の君主となることになった妻のルフィミアスの美しい髪に指を絡め一度掬い、口付けを落とす。

 彼女が俺に送ったと言う手紙と時間をかけて刺したと言う刺繍入りのハンカチは、第二王女派の侍女、及び元王太子付きの侍従らにより隠匿及び焼失、配達業務請負人による意図的な破損(後に第二王女の子飼いであると判明)であると判明し、各々は国家反逆罪の名のもとに厳しく処罰され。

「――どうやら娘は寝てしまったようだな。婿殿、少し寝酒に付き合ってはくれぬか」


 気配もなく、開け放たれていた寝室の扉の前に、先日退位し、妻に譲位した陛下が年代物の酒と酒杯を持ち、扉に靠れながら微苦笑を浮かべていた。


 その求めに頷き、腰を上げ


 うん...と、微かな寝息を漏らしたこの国を背負いゆくこととなった妻の額にもう一度口付けを落とし、義父となった陛下との囁かな宴に移った。

 宴の場は多くの星が煌めいている夜空が広がる、居室から通じる中庭で、そこは妻との思い出の地であった。

 俺は酒を飲みながら確信に似た思いを持っている。
 今はまだぎこちないが、近い将来、妻と義父となられた陛下の仲は氷塊するだろう。
 新たな吉報と共に。
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