目に映った光景すべてを愛しく思えたのなら

ひかる。

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―――平成五年

26

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「なあなあ」

 昼休み。

 図書委員の活動ではなかったけれど、借りていた本の返却日だったことを思い出し、図書室に来ていた。

 カウンターには倉橋が座っていた。

 今日が担当の日だったようだ。

 本を返却して教室に戻ろうとすると倉橋に呼び止められた。

 図書室には三人の生徒がいるだけで閑散としている。
 おしゃべりしていたからと言って咎めるような者はいない。

 映子は足を止めて振り返った。

「なに?」

「こないだ言ってた安藤先輩の話覚えてる?」

「別れたとかいう話?」

「その安藤先輩に昨日偶然会ってん。同じ沿線やったみたいで昨日電車でばったり。私服やから最初わからんかったんやけど安藤先輩が声かけてきて」

「それで?」

「そんな素っ気ない言い方すんなよ」

 倉橋が不満を口にする。

 映子は普通に答えたつもりだったけれど自分の言い方は時に相手に誤解を与えることも知っている。

「ごめん。気をつける」

 素直に謝ると倉橋はすぐに気を取り直した。下手に出た相手には寛容だ。

「大学のこととかいろいろ聞いて。俺も安藤先輩の行ってる大学も視野に入れてるって話したら、今度学内案内してくれることなって。学食安くて旨いらしいで。鷹取も一緒にどうかって」

「え?」

 そこで初めて映子の思考が倉橋との会話へと完全に向いた。

 それまではどこか話半分に聞いていた。

「もうすぐ夏休みやろ。オープンキャンパスもあるし、そのとき来たらいろいろ案内してくれるって。安藤先輩テニスサークルに入ってるらしくて、そこもちらっと体験させてくれるって言ってたで。悪くない話やろ」

「わたしテニスはちょっと」

 スポーツは大の苦手だ。

「やらんでも見に来るだけでもいいって言ってたで。鷹取もぜひ一緒にって安藤先輩が言ってた」

「大学か」

 映子はまだ具体的に高校の先については考えていなかった。金銭的な問題もある。

「なに? 鷹取は大学は行かへんの?」

「そんなんまだ決めてない。倉橋くんはもう決めてるん?」

「決めてるというかそら行くやろ、普通」

 普通の基準も人それぞれだ。それをあえて倉橋に言ってもたぶん通じないだろう。

 もう一生会うことはないだろうと卒業式の日に安藤を見送ったが想像以上に現実は不思議だ。

 会いたいような会いたくないような複雑な心地がした。

「ま、考えといて」

 倉橋は乱れる映子の心中を知ってか知らずか。白い美肌の頬を意味ありげに傾けた。



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