屍王の帰還~元勇者の俺、自分が組織した厨二秘密結社を止めるために再び異世界に召喚されてしまう~

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プロローグ

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 悪魔王。
 悪魔族の王にして世界を脅かし、人類を蝕み、崩壊の足音を踏み鳴らす万物の怨敵。

「はあ……はあ……ぐ―――――おおおおおおおおおおおおおお!!」

 そんな悪魔王は、自分に迫る濃密な死の予感に喉が裂けるほどの慟哭を放った。

 死ぬ、死んでしまう。
 志半ばで、こんなところで……。

 異世界から喚ばれた勇者たちは全滅したはず。
 勇者たちを喚んだ国の戦力も、もう残っていない……だと言うのに。

 悪魔王の眼前では数名の男女が道を作るように並び、ただ一人の人間のために傅いた。

「――――屍王《しおう》」

 悪魔王の軍勢は、全滅した。


 一人の人間が率いる、謎の集団によって。

 『屍王ヘル』。

 いつの間にかこの世界に現れ、力を得て、部下を率い、蹂躙を開始した。
 そしてその手は、遂に悪魔王の喉元に凶刃を押し当てた。

「―――――――我が名は、屍王。貴様に、怨讐の刃をくれてやる」

 骸骨の面を顔に張り付け、色彩を消した灰色の外套に全身を包む、まだ歳を重ね切っていない声音の少年だった。
 
 カツ、カツ、と悪魔王の下に足を進める屍王。
 屍王の進む道の両脇に傅く部下たちは、恍惚、尊敬、畏怖、様々な視線を送りながら彼の歩みに歓喜する。
 
「屍王……素晴らしいお姿ですっ……」

「静粛に、御前だ」

「王、疾くせよ。時間がない」

「ヘル様に命令するな。殺すぞ」

 

「―――――黙れ、すぐ終わる」

『はっ』
 
 屍王は好き勝手に言葉を溢す彼らを一言で黙らせると、疲労困憊の悪魔王に目を合わせた。
 悪魔王の髪を乱雑に掴み、引き上げる。

 骸骨の仮面の下に隠された瞳を覗けば、濁り切った黒の瞳が悪魔王の結末を見つめていた。
 
「ぐ、ああああああっ!」

 恐怖からか、悪魔王は自身の中に残る魔力の全てを発露させ―――――


「―――――死ね」


 絶命した。

 
 崩れ落ちる悪魔王を見下しながら死体を踏みつけた屍王は、哀愁を込めてぽつりと呟く。

「終わったよ、みんな」

 
 屍王ヘル。今はそう名乗る彼は、日崎司央ひざきしおう
 異世界から召喚された勇者だ。

 クラスメイトと共に異世界に喚ばれ、皆と支え合い、成長し、一人また一人と仲間を失い、心を壊した少年。

 クラスメイトはもう一人も残っていない。全員死んでしまった。
 等しく、悪魔王の手によって。
 
 復讐のために彼は孤独に歩き続け、その力でこの状況を作り上げたのだ。
 悪魔王に対抗できる戦力を掻き集め、気づけば世界で有数の戦闘集団が完成した。

 秘密結社、『ヘルヘイム』。
 構成員は比類なき力を振るい、屍王に傅き、それ以外の全てと決して相容れない。
 名前以外のその全てが謎に包まれた目的不明の集団だ。

 悪魔王を討伐したと言うのに感慨などはなく、淡々と撤収の用意を行っている。

 そして、屍王の合図一つで、

「――――『ヘルヘイム』、帰還する」

 
 忽然と姿を消すのだ。


 こうして世界は守られ――――――役目を終えた日崎司央は、元の世界に強制送還された。




■     ■     ■     ■




「あー…………」

 朝。カーテンの隙間から差し込む光に照らされ目を覚ます。

 ヘルヘイム、屍王。

 遠い夢のように感じるそれは、

「―――――うぐおおおぉぉぉぉぉぉ…………」

 ベッドの上で頭を抱えて悶えてしまう程には過去の現実だ。

「あああああああああああ! 忘れさせてくれぇぇぇぇぇ…………なんだよ『ヘルヘイム』って! 神話図鑑の読み過ぎだバカ! バーカバーカッ!!  死ねッ、悪魔王を殺してお前も死ねえええエェェェェェ!」

 中学三年の夏に異世界に召喚された、クラスメイトと一緒に。ここまでは良い。
 いや良くないけど、人に言っても信じてもらえない程現実感の無い話だけど、実際に起きてしまったんだから仕方ない。

 そして俺は、クラスメイト達を失った。
 仲が良かった奴も、好きだった子も、いがみ合ってたアイツも、喋ったことすらなかった人も、全員。

 召喚されて、約五年。
 三十二名、俺を除いた全員が悪魔王の魔の手に掛かった。
 その時にはもう、復讐のことしか頭になかった気がする。少なくとも正気じゃなかったな。

 当然だ。正気だったらあんな恥ずかしすぎる秘密結社なんて作らない。
 悪魔王を討つために全てを犠牲にした結果があれ。

 目的を果たした俺は、何事もなく元の世界に返された。
 身体も召喚された当時の状態に戻って、現実世界の時間も召喚されてから約一カ月しか経っていなかった。

 一カ月の行方不明。クラスメイト達の消失。
 世間では取り沙汰されたが、俺が未成年だったこともあり報道規制とかいろいろな配慮が行われた。
 警察に厄介になったり、精神病院に通ったり、当時は忙しかったけど……まあ、高校生になってからは以前と変わらない生活を送れている。

 クラスメイト達を失ってボロボロに折れ切った心は、時間を掛けて今の状態まで漕ぎつけた。

 今日は高校の卒業式当日。
 あれから三年だ……長いようで短かったな……。

「忘れることなんて無いんだろうな……」

 あの世界のことも、クラスメイト達のことも。

 なによりあの気が狂ったとしか思えない秘密結社のことも、決して忘れることなんてできない。
 
 俺は一生、あの出来事を背負って生きていくんだ。

「よっし! 起きるか!」


 部屋を出て、家族に挨拶をして、顔を洗って、飯食って、高校に行く。

 日常のようで、かけがえのない生活を送るために、上体を跳ね上げる勢いでベッドから飛び降りた。
 








 ――――――白。

 四方八方を白の壁に囲まれた一室に、俺は立っていた。

 ああ、知ってる。

 この光景を見たのは、あの日。

「久しぶりだね、日崎司央。いや――――屍王、かな? 私のこと覚えてるかな」

 俺の前に立っている顔の良い女がニコニコと俺の肩を叩く。
 覚えてるも何も、女が着ているTシャツにでかでかと書いてある。

『神』

 俺とクラスメイト達が召喚された時、会ったのが最後。
 もう二度と、会うことなんて無いと思ってた。

「…………なんの、用だ」

 自分の声が震えてるのが分かる。

 神は言った。

「なあ、ウチの世界で『ヘルヘイム』ってのが暴れてるから、何とかしてよ」

「――――は?」

 突然すぎる勧告に間の抜けた声が出る。
 軽い雰囲気に芳しくない内容。

 なにより、神が口にしたその名前に鳥肌が立つ。


「……いや、俺が作った組織なんですけどぉぉっ……!」


「大きい声出さないでよ…………。世界的にも、あの子たちが暴れるのって相当マズイんだよ……だから、止めて」

 あっけらかんと言った神は、疲れた様子で座り込んだ。

「いろんな世界の中から君をもう一回見つけるの苦労したんだよ? あの組織を作ったの君なんだからさ、責任持ってよ」

「……んなこと言われても、強制送還されたんだから仕方ないだろ…………」

「わかってるよ、だからこうして私が直々に召喚したんだよ」

 有無を言わせない眼光は、寸分違わず俺を射抜く。


「――――『屍王』の帰還だ。ぬるま湯から出る時間だよ」

「その名前で……呼ばないでくれぇぇぇぇ……」

 神の見る前で、俺は黒歴史に悶えた。
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