千尋くんは、可愛いでねじふせる!?

月塔珈琲

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なまはいしん!?

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 エレベーターから降りると、チヒロくんはわたしの手を引きマンションの廊下を早足で歩いた。

 たどり着いたのは、角の405号室。

 チヒロくんはカギを開けて、勢いよくわたしと一緒に部屋へと入った。

「ちょ、ちょっと! 本当になんなんですか!?」

 わたしの手を握りしめたままのチヒロくん。わたしは強引にその手を振りほどこうとしたけれど、思いのほか力が強くって、振りほどけなかった。

「マシロ、ユキシロが今日は来れないから、こいつに新作着てもらうことにした。急いで支度させて!」

 チヒロくんが玄関先でそう叫ぶと、奥から慌てた様子の女の人が出てきて言った。

「ユキシロやっぱりだめかぁ、それでこの子が代わりをやってくれるのね?」

 わたしはその女の人を見て驚いた。金髪縦ロールの豪奢な美人。チヒロ君もかなりの美形だけど、このスーパーモデルのように背が高くてすらりとした姿勢のいい女性は一体!? 現実にこんな人いるの!? ていうか、金髪の縦ロール現実世界で初めて見た!

「おい名無し! 今すぐ顔を洗ってその辛気臭いほくろ消してこい! あとはマシロにまかせるから!」

「ちょちょちょちょーっと待ってください! 何が何だか情報整理できなくて頭パンクしそうなんですけど! なにしようってんですか一体!」

「今日の生配信で俺のデザインした新作ドレス着てもらう予定だった兄貴が来れなくなったから、代わりにお前が着て生配信に出るんだよ! 髪もメイクも姉貴がやるから、お前は黙って指示に従えばそれでいい!」

 ええー!! 意味が全然分からないんですけど!? なまはいしん? ドレス? メイク?

「時間がないから早くやれ! 洗面所そっち!」

「チヒロ、この子頭から湯気出てるけど、大丈夫なの?」

「問題ない。ドレスのサイズも多分ユキシロと一緒だ」

 ようやく手を放してくれたと思ったら、チヒロくんは洗面所に無理やりわたしを押し込んだ。わたし、どうすればいいの? これは一体、何が起きてるの? って、ドアが開かない!?

「ちょっと出して! ねえ! 本当に何が何だかわたし」

「顔洗ったら出してやる」

「ええええええええー!!!!」

「早くしろ! 時間なくて忙しいんだよ!」

 頭がパニック状態なわたしは、とりあえず洗面台に向かった。正面の鏡には真っ赤な顔したブスなわたし。

 自分の顔を見たら、急速に頭が冷えていった。

「おい、顔洗ったか?」

「……り、です」

「何? 聞こえないんだけど?」

「無理です」

「顔洗うまでドア開けないよ」

「良いですよ。何時間でもここにいますから」

 わたしがそう言うと、しばしの沈黙が流れた。チヒロ君、諦めてくれたかな?

 かと思えば、今度は勢いよく洗面所のドアが開いた。

「おまえさ、さっきも言ったけど、そんな恰好で生活してて楽しいのかよ? 現状を変えたいとは思っていないわけ? そんなダサい自分でいいの?」

「わたしにとって、この恰好は武装なんです! こうじゃなきゃ、わたしは現代を生きられないんです!」

「はぁ? ふざけんな。武装っていうのは戦うためのものだ。おまえのその恰好は単に『わたしはブスだから敵ではありませんから無視してください』って白旗掲げてるのと同じなんだよ。武装して勇気出して戦いに赴く奴らと同じわけねぇだろ!」

 チヒロ君が、鬼の形相でわたしに怒鳴った。

「そんなこと……そんなことわかんないです! わたしが、ブスが生きていくには仕方がないことだったんだから!」

 気が付くとわたしはチヒロ君の前で泣いていた。そこにマシロさんがやってきて、チヒロ君の頭にコツンと小さくげんこつを落とした。

「こんなふうに泣かせてどうするの。あんたは本当に優しさが足りないわね」

「うるさい。オレは努力もしないで自分をブスだって陥れる奴が大嫌いなんだ」

「この子がここまで自分をブスだっていうのには何か理由があるんじゃないのかしら。まあ大抵は誰かにブスって言われたとかだろうけど……」

 マシロさんは手に持っていたタオルをわたしの顔に当てた。ぽかぽか暖かい蒸しタオルが、少しだけ悲しい気持ちを吸収したような気がした。

「……そうですよ。わたしは馬鹿だから、人に言われなきゃ自分がブスだって気が付かなかったんですよ。わたしがブスなせいで周りに迷惑かけたし、どうすれば可愛くなれるかなんてわからない。もうこれからは誰にも迷惑かけたくないんです。だからもう放っておいてください」

 蒸しタオルの下で、わたしは泣きながらチヒロ君に言った。

「ブスじゃないだろ」

「……えっ」

「可愛くなる方法がわからないだけで、おまえはブスじゃない」

 突然の言葉に、わたしは驚き蒸しタオルを落とした。

 それをチヒロ君が拾い上げ、握りしめながら言う。

「だったらオレが教えてやるよ。本当の武装を。おまえが全力で戦える最高の武装を」

 チヒロ君のそのまっすぐな視線を、わたしはそらすことができなかった。



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